第4話 それでも構わない

 ルヴェンは踵を返して、残った商人に視線を向ける。


「ひ、ひぃっ」


 商人は小さな声を上げて、怯えた様子を見せた。


「さて、支払いの件だが――」

「た……」

「た?」

「助けてくれぇ!」


 商人は慌てふためいた様子で、わき目も振らずに逃げて行ってしまう。

 引き止めることもできたが、ルヴェンはすぐにリエナの身体を抱きかかえて、その場を去ることにする。

 息のある者達もいるが――おそらく、ルヴェンが斬った男が実力的にリーダー格だったに違いない。

 放っておいても、大きな問題にはならないだろう。

 倒れていたうちの一人から、小瓶を奪い取る。

 彼女が何らかの毒を受けたことは分かっている――仲間同士とはいえ、万一に備えて解毒剤くらいは持っているだろう。

 幸い、症状を見る限りは麻痺毒の類であり、命に別状はなさそうだ。

 ――とはいえ、意識を失っている以上は、なるべく早く安静にさせた方がいいだろう。


「……まったく、世話の焼ける」


 ルヴェンはまた、小さく溜め息を吐くと同時に――安堵した。

 もしもルヴェンが若返っていなければ、リエナはどうなっていたか分からない。

 ただ、『万能薬』という存在にも疑問が残った。

 てっきり、リエナが何かしらの詐欺にでもあったのかと思ったが、彼女は商人から奪い取った物のようだ。

 実際、ルヴェンが飲んだ結果――若返りという事象が発生した。

 商人は、どういう経緯でこの薬を手に入れたのか。

 リエナはどうやって、その薬を商人が持っているという事実を知ったのか。

 ――何にせよ、リエナが目覚めなければ分からないことばかりだ。


「……しかし、なかなか便利になったものだな」


 ルヴェンが感心しているのは、若返った身体のことだ。

 もはや、ベッドから起き上がるのもままらなかったというのに、今はリエナを抱えたままに走ることも容易だ。

 髪の色は白髪のままで、以前は黒髪であったが――それ以外は特に大きく変わりはない。

 見た目的には、二十歳前後といったところか。

 ちょうど、ルヴェンが最も活躍していた頃――間違いなく、最強と言われた時代だ。

 もし、この薬が一時的なものであったとするのなら、効果が切れれば、ルヴェンは途端に動けなくなるだろう。


(別に、それでも構わないが)


 ルヴェンは達観していた――どのみち、もう死ぬ覚悟はできていたのだから。

 これがちょっとした寿命の延長であったとしても、それでいい。

 そんなことを考えながら、ルヴェンは森の中を駆けて行った。

 

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