第3話 満足したか

「あなた、は……」


 リエナは意識を失い、その場に倒れ伏す。

 女性はちらりと、倒れたリエナに視線を送った後、残った二人に対峙した。


(……本当に、どういう状況だ?)


 女性――ルヴェンは困惑していた。

 まず、自身に起きた出来事について何よりも驚きを隠せないが、まずは今の状況を確認しなければならないだろう。


「な、何者だ、お前!?」

「私は――この子の保護者みたいなものだ。見たところ、襲い掛かった男達は何か訓練を受けていたように思うが……何故、この子を狙った?」

「そ、それは――そいつが盗みを働いたからだ!」

「!」


 ルヴェンは少し驚いた表情を見せる。

 そして、何となく状況は理解した――どうして、リエナが『万能薬』などという薬を持っていたのか。

 おそらく騙されたのだとしても、かなりの高額だったに違いない。

 つまり、買ったのではなく――盗んだのだ、と。

 ルヴェンは小さく溜め息を吐くと、


「それは悪いことをした。盗んだ物はいくらだ?」

「な、なに?」

「だから、盗んだ物の値を聞いている。私が言い値で買い取ろう」

「か、買い取るだと? あれはオークションに掛けようと思っていた代物だ! 買い取るというなら、それ相応の額を支払ってもらわなけらばならん」


 男――商人はそう言って悪い表情を見せる。

 相当な額を吹っかけるつもりなのだろうが、ルヴェンは支払うつもりだった。だが、


「――待て、俺の仲間を斬った件はどうするつもりだ?」


 口を開いたのは、商人の後ろに控えていた男だ。

 服装から見ても、仲間だというのは分かる――真っ当な仕事をしていない、ということも。


「悪いことをした、と言っただろう」

「……それが謝る態度か?」

「複数人で武器を持っていた――だから、動きを止めるしかなかった。殺してはいない」


 ルヴェンの言う通り、倒れ伏した刺客達は全員――生きている。

 リエナも、追い詰められた状況でも相手を殺してはいないようだった。


「殺してはいない――か。別に、生死についてはどちらでもいい」


 仲間のことを心配しているのかと思えば、男はそう言って腰に下げた剣の柄に手を触れる。


「金を払って終わり、では困るんだよ、俺は」

「どういうことだ?」

「俺がここに来た理由は――ある女を斬るためだ」

「……ある女?」

「ルヴェン・フェイラル――この辺りで暮らしていると聞いている」

「――」


 噂程度には、どうしても流れてしまうのだろう。

 ルヴェンの活動の機会が減ったのは、リエナを拾ってからだ。

 だから、まだ彼女の名を覚えている者は多い――最強と謳われた傭兵の名を。


「女……お前もかなりの手練れだ。よく分かる――最初はそっちの小娘がルヴェンの弟子かと思ったが、お前か? それとも、その血縁者か」


 悪くない洞察力だ――もっとも、目の前にいるのが本人とまでは気付けないだろう。


「ルヴェンはここにはいないし、この子も関りはない」

「なら、別にお前でもいい。せっかくこんなところまで来たのだから、ただ帰るだけではもったいない」

「お、おい! 何を勝手に話を――ひっ」


 商人が男に文句を言おうとすると、剣を抜いて商人の首元に当てた。


「邪魔をするな」


 男の言葉に商人は従って、引き下がる。


「さあ、始めようか」


 そう言って、男は構えを取った。

 ルヴェンも男の言葉に応じる。


「先に言っておく。お前は私に勝負を挑んだ――だから、他の奴らとは違う。斬って捨てるが、構わないな?」

「斬り合う前から勝ったつもりでいるのか? 俺は初めから、殺し合いを所望している!」


 先に動き出したのは男の方だった。

 地面を蹴って、一気にルヴェンとの距離を詰める。

 そして――ルヴェンの姿が消えた。


「……!?」


 男が驚きの表情を浮かべ、すぐに後ろを振り返る。

 そこには、剣を鞘に納めたルヴェンの姿があった。


「何を……」


 そこまで言って、男はようやく気が付いた。


「……まさか、俺は――斬られた、のか?」


 認識したところで、ようやく出血する。

 すでに身体を深く斬られ、傷は心臓にまで達している。

 致命傷――ルヴェンは小さく溜め息を吐き、


「満足したか? お前の望みは叶ったが」

「がふっ、はっ、はっ――まさか、お前、が……」


 血を吐きながらも、男はルヴェンを見据え――やがて満足したように笑みを浮かべて脱力した。

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