第2話 刺客
「……師匠のバカ」
リエナは一人、そう呟きながら森の中を歩いていた。
時々、鼻を鳴らしながら――けれど、向かうべき場所もない。
だって、ルヴェンを助けたい一心だったからだ。
「それなのに、全部諦めて……。別に、私はお金が欲しいなんて――」
そこまで言ったところで、リエナはふと気付いた。
今まで、ルヴェンは財産の話などしたことはない。
それが、戻ってきた途端に縁起でもないことを――と、あまり聞く耳を持たなかったが、
「師匠……今日は体調、悪そうだった」
思えば、顔色は相当に悪かった――今更気付いて、リエナは急いで家に戻ろうとする。
瞬間、肩にわずかな痛みが走った。
目に入ったのは短剣――リエナの肩を掠める。
かろうじて、気配に気付いたから直撃は免れた。
振り返ると、フードを被った五人ほどの人影に、もう一人――見覚えのある顔があった。
「全く、どこへ逃げたかと思えばこんな山奥にまで……。面倒をかけてくれる」
「……! わざわざ、こんなところまで追いかけてきたんですか?」
「当たり前だ! お前は我々の商品を盗んだ。それが例え小物であったとしても――逃がすつもりはない」
「盗んだ? あなた達だって、盗品を扱っていると聞きましたよ。今回、私が奪った物だって、正規のルートから手に入れた物ではないはず」
そう、リエナが手に入れた万能薬――あれは、買った物ではない。
彼女はある人物にその薬の情報をもらっただけで、リエナは薬を持っている商人から盗んだのだ。
さらに言えば、薬の入手ルートまでまともではないという話だった。
実際、まともな商人であれば、怪しい刺客達に頼るようなこともしないだろう。
明らかに、訓練された手練れの暗殺者のような者達だ。
「我々が商品をどう手に入れたかなど、それを欲する人間には関係のないことだ。それに、お前の盗んだ万能薬――残念ながら、それは俺が真っ当なルートから仕入れた代物。さっさと返すなら……そうだな。二度と歩けなくなるくらいで済ませてやる」
「……誰が返すもんですか!」
リエナは腰に下げた剣に手を触れる――瞬間、身体の力が抜けた。
(まさか、毒……!?)
先ほどの短剣に何か塗ってあったのか。
やはり、只者ではない――気付けば、眼前に短剣が迫っていた。
「っ」
ギリギリのところでかわし、リエナは剣を抜き放つ。
だが、立っているのも難しいくらいだった。
そんなリエナを追い詰めるように、四人の刺客が動き出す。
一人は商人の傍に待機している――リエナの動きを観察しているようだった。
(逃げるのは無理そうですね……。なら、やるしかない――)
先に動き出したのはリエナの方から。
毒が回り切る前に、敵を全員倒す。
刺客もまた、リエナと距離を保ちながら動き出した。
短剣による投擲――毒を扱っているのは一人だけだ。
まずは毒使いに狙いを定め、距離を詰める。
それを守るように、別の刺客がリエナの前に立った。
交差するように一撃――リエナの剣撃は速く、あっという間に一人を斬り伏せる。
「!」
刺客が驚いた反応を見せた。
リエナはルヴェンに剣を教わっている。
並みの剣士ではリエナに勝つことなど到底、不可能だろう。
問題は、毒に冒された身体――油断していたと言われれば否定できない。
ルヴェンのことが、常に彼女の頭から離れなかったからだ。
(……こんな奴らすぐに片付けて、師匠のところに戻らないといけないのに……!)
リエナは焦りながらも、二人目の刺客を斬る。
残りは二人――そこで、背中に痛みが走った。
「……っ! しまった……!」
毒使いに気を取られすぎた。
もう一人もまた――短剣による投擲を仕掛けてきたのだ。
激しく動いたことで毒の回りも激しくなり、いよいよリエナはその場に膝を突く。
「はっ、はっ……」
呼吸は荒く、視野を定まらない――迫りくる二人の刺客。
(……師匠、ごめんなさい。わたし、もう家には帰れない、かも)
――本当なら、ルヴェンの最期を看取るのがリエナの役目だったはずだ。
それなのに、相手が悪徳商人であったとはいえ――盗みを働いた。
天罰が下ったのかもしれない、リエナは静かに目を瞑る。
次の瞬間、耳に届いたのは誰かが倒れる音だった。
「……?」
ゆっくりと目を開く。
そこには、長い白髪の女性の姿があった。
黒いコートを羽織り、赤色の瞳をしている。
長身で、定まらない視界の中で見えたその女性の顔は――どこまでも凛々しかった。
「さて、どういう状況か分からないが――これ以上、この子に手を出すな」
女性は静かに、けれど――怒りに満ちた声でそう言い放った。
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