第5話 黒猫の剣豪と、"焔の民"の少女(後編)
「なに?」
キロの言わんとする事が理解できす、朱鷺常はムッと〈
すでに〈叢雲〉を有しているだと? 宿部屋のどこにも見当たらぬのにか?
「普段刀を扱う自分の姿を具に思い浮かべるんだ。刀の握り方や構え方、引き抜く時の所作、人間の時の動作の一つひとつを。魔術の基本は"
「想像すれば刀が出てくるだと? そんな馬鹿なことが――」
「そんな馬鹿げたことを可能にするのが、魔術なのさ」
〈電話鳥〉越しでキロがはっきり制してくる。
ためらいのないまっすぐな物言いに、朱鷺常はそれ以上の糾弾を収めた。
こういう時のキロは決して嘘をつかない。"極東"で共に過ごしたが故の経験則だ。
「……分かった。試してみる。クラソル。少し離れていてほしい」
「う、うん。分かったわ」
危険が及ばぬように念のためクラソルに注意を促したのち、黒猫の朱鷺常はその場にじっと佇む。
物は試し。朱鷺常は雑念を捨て、刀を扱う自分を鮮明に"
黒い鞘から〈
体の中央に握りしめた刀を構える、自分の姿を。
いつでも剣を振れるよう前屈みに腰を落とす、自分の姿を――。
「にゃ?」
「えっ?」
クラソルと共に、間抜けた声を漏らす朱鷺常。
目を疑った。何ら前触れもなく、黒猫の口元に刀があったのだ。
刀の柄を口で咥えるような形で。
感覚的には、『現れた』というより『既にあった』と表現するべきだろうか。
そして、年季の入った黒塗りの鞘や白糸で菱形模様の描かれた柄は、紛うことなく朱鷺常が愛用する〈叢雲〉そのものだった。
「馬鹿な……。先程まで何処にも剣の姿はなかったはず……」
しかも口に剣を咥えているにも関わらず、朱鷺常は何不自由なく言葉を話すことができた。
どうやら剣を口で咥えている風に見えて、実際は猫の口に刀柄が引っ付いているらしい。
「魔法の世界じゃ、先入観や見た目にとらわれないこと。人であった時の感覚を常に忘れずにいれば、自然と刀を扱えるはずだ」
「軽々しく言ってくれるな」
「ちなみに刀をしまう"想像"をすれば、口元の〈叢雲〉は自然と消えるはずだから試してみてね」
「そう、なのだな……」
腑に落ちないことだらけだが、要は実践あるのみということらしい。
幸い[シュダール]周辺は森に溢れている。明朝にでも一度刀を扱えるか確かめてみよう。
「今日はもう遅いから、詳細は明日伝えるね。あっ、それと朱鷺常。ひとつ言い忘れてた」
「なんだ?」
「君とクラソルは今"使い魔契約"で結ばれている。君かクラソルのいずれかが死ぬと、もう片方も道連れになるから注意してね」
「にゃ!?」
突きつけられた事実に、朱鷺常は黄色い猫目を大きくして〈電話鳥〉に抗議する。
「おい、契約とはどういう事だ! というより、そんな重要な情報を軽く流そうとするな!?」
「命は大切にだよ、朱鷺常。それじゃあ、クラソルとの旅路を楽しんでね♪」
「おい、ちょっと待て! まだ拙者の質問が終わってない!」
朱鷺常が呼び止めるも、〈電話鳥〉は「ケン、ケーン」と雉の鳴き声を発しながらクラソルの肩から宿の廊下へ素早く飛び去る。
朱鷺常が廊下へ出た頃にはすでに雉の姿もなかったので、諦めて自室に戻った。
「キロめ……、あとで覚えていろよ」
「なんかごめんね、トキツネ」
「……いや、お主が謝る必要はない」
薄暗い室内でクラソルが申し訳なさそうにするのを、朱鷺常は
悪いのがキロなのは言うまでもないが、何より、女子の悲しげな顔を見たく無い。
クラソルは「ありがとう」と再びを笑顔を取り戻すと、すかさず、床に佇んでいた朱鷺常に手を差し伸べてくる。
「なんだ、この手は?」
「何って、握手よ。大陸では相手と交流を深める時、こうして互いに手を握りしめるのよ」
「手を握ったら、またぐったり寝転ぶなんてことはあるまいな?」
酒場でキロに薬を守られた時のように。
「大丈夫よ、トキツネ。わたしはキロさんみたいに根暗で捻くれてなんていないわ」
「それがキロに対するクラソルの認識なのだな」
もっとも、その裁定は大いに賛同する。昔も今も、キロはやはり性格が変わらないみたいだ。
「ともあれ、よろしくね。トキツネ」
窓から差し込む月光がクラソルを照らし出す。
潤んだ薄紅の唇を。きらびやかな金色の髪を。邪気のない温かな微笑みを。
月光に輝く彼女の姿に、朱鷺常はこそばゆさから猫の瞳を逸らしてしまう。
なんとなく、優しく接してくれた師匠と面影が重なった。
「……よろしく頼む」
「もしかして、照れてる?」
「……照れてない」
猫になったにも関わらず心なしか、頬のあたりが熱い。
そんな様子を、クラソルがどこかいたずらっぽい微笑みで眺めてくる。
「ちょっと素直じゃない、っていうキロさんの言うことは本当みたいね。でも、そこも可愛げがあるかも」
するとクラソルは童顔をほころばせたまま、朱鷺常を両脇を抱き上げ始めた。
「何を、している?」
「いやー、わたしって、あんまり動物に寄りつかれないから、生きている動物に触れるのは久しぶりなのよね」
なにか嫌な予感がする……。
そう感じた頃には遅すぎた。気づけば黒毛が覆う猫の腹部に、クラソルが自身の顔をすりすりし始めてきたのだ。
「こら。だき、しめるな……。すりすり、するな……」
「いいじゃん。可愛いわよ、トキツネ」
「や、やめろ……、か、かわいいなんて、言うな」
ほんのりとした花の香りに全身の力が解れ、彼女の腕から離れる気力を
やがて降参するように、朱鷺常はしばしクラソルの抱擁を受け続けるのだった。
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