第5話 黒猫の剣豪と、"焔の民"の少女(前編)
十代半ばに見える小柄な
女子の右肩を見ると飼い鳥だろうか?
全体的にはふんわりとした印象。
だが、落ち着きのある
背は小さくも、大人の風格を有した見知らぬ女人と言えた。
「そうだが……、お主は一体?」
「クラソルと言います。キロさんの協力を得ながら[始まりの山]へ向かっています」
「キロの協力者……、ということは、キロが護衛している女子とはお主のことか?」
朱鷺常の問いに、小さな顔を縦に振るクラソル。
キロも口にしていた[始まりの山]が、どうやらクラソルを送り届ける終着点のようだ。ともあれ。
「この黒猫の姿は、いったい
「人から猫に変わっている事は、キロさんから聞いています。もっとも、今初めてあなたを見たから、信じられないというのが正直なところよ」
「そうか……」
どうやらクラソルとやらは、詳しいところまで説明を受けていないようだ。
肝心な部分を教えぬあたりが、実にキロらしいと思った。
情報が交錯して混乱しかけてきたため、朱鷺常は一つずつ尋ねることにした。
「第一に
するとクラソルは一瞬口をつぐむも、ほどなく真剣な表情をこちらに向けた。
「
「魔竜?」
「数百年前にこのエレバス大陸全土に
似たようなことは、確かキロも言っていたか。
話が大きすぎて想像がつかないものの、真剣な眼差しのクラソルからは虚言の色は見られない。
「わたしは、かつて魔竜を封じた一族"
「仮にその
不意を打つように朱鷺常はくぐもらせた声で、クラソルの言葉を遮る。
すべては彼女の覚悟がいかなるものかを試すために。
心の底で、朱鷺常は『使命』という言葉を嫌悪していた。
それは"極東"の戦乱時、無理矢理に使命や大義を背負わされた同胞や敵兵が命を散らすのを見てきたからだ。
それゆえに多くの若輩者や子供が大人たちから使命を押し付けられ、本人の望まぬまま戦の道具にさせられたのだ。
クラソルの使命が自らの意思によるものか、あるいは誰かが彼女を利用せんとして仕組んだものか。朱鷺常は気がかりでならなかった。
「わたしは絶対に逃げない」
クラソルは目を逸らさず、さらに口にした。
「わたしには叶えたい夢がある。その目的のためにも、"焔の民"として必ず魔竜の封印を
正面に佇むクラソルに、朱鷺常は思わず息を呑んだ。
薄暗闇でも煌めく彼女の青い瞳は力強い
むしろ、深い海のごとく澄んだ瞳の奥に垣間見たのは、愛らしい女子には似つかぬ確かな意志だ。
何がなんでも自らの目的を果たさんとする決死の覚悟。
そんな彼女の姿に、朱鷺常は一瞬自分の姿と重ねずにはいられなかった。
師匠と平穏な日々を過ごしたい。その夢を胸に"
「どうしても、拙者の力が必要か……?」
「キロさんから聞きました。あなたは異国で
「………………」
「今の"焔の民"は、謂れのない罪によって魔導国から罪人扱いを受けている。魔竜を封印したくても、わたしとキロさんだけじゃ魔導国の魔術士たちを対処しきれない。[始まりの山]へ向かう上でも、今は一人でも仲間が欲しいの」
深々と頭を下げてくるクラソル。
自分の力を必要としてくれていることは、朱鷺常としても素直に嬉しかった。
同時に、不安も込み上げる。
信念を貫くあまり、朱鷺常は多くの者を殺め、取り返しのつかぬ罪を背負った。
クラソルもまた自身の使命を果たす上で、自分と同じ
朱鷺常の意は決した。
「分かった。護衛の
そう告げると、クラソル頭をゆっくりあげながら、満面の笑みを咲かせてみせた。
「本当! ありがとう! それでかまわないわよ、トキツネさん」
「
「分かった。トキツネさん……、いや、トキツネ」
笑顔のまま名前を告げてくるクラソル。
それを耳にした朱鷺常は一瞬鼓動を乱し、むず痒さからクラソルより目を背けてしまう。
拙者は何を緊張しているのだ?
自身の心境に戸惑いながらも、朱鷺常は話を進める。
「では早速だが拙者を人に戻してほしい。これでは武器が扱えぬからな」
「え? トキツネには目的地までその姿でいてもらうつもりだったんだけど?」
「そうか、この姿で……。にゃ?」
今なんといった? 一瞬聞き流しかけたるも、すぐさまクラソルに振り向く。
「この姿でお主の護衛をしろというのか?」
「あれ? キロさんからその話はなかったですか? てっきりトキツネさんは理解した上で変身したのかと……」
「変装してもらうとは言われたが、了承したつもりはない」
青い瞳を円くして首を傾げるクラソルに、朱鷺常は猫の小顔を全力で左右に振ってみせる。
人間時の素顔が目立ちやすい事は認める。
が、まさか姿形までもが黒猫に変わるのは想像もしていなかった。
「そもそも、敵が立ちはだかってきたらどうする? 猫ののまま刀を振れというのか?」
「その点は心配ないよ、朱鷺常」
今のはキロの声……!
だが薄暗い室内をキョロキョロ見回すも、部屋のどこを見てもクラソル以外の人影はない。なら、今の声は……?
「ここだよ、ここ」
声の方へ振り向いた朱鷺常は目を疑った。
視線の先で、クラソルの肩で羽休めする黄色の雉が言葉に合わせて嘴をパクパク動かしていたのだ。
「鳥が……
「あははっ、鳥に見えるけど、これは〈
話によれば、キロの方にもこれと同じ黄色い雉の〈電話鳥〉があり、そこから声を送りつけているということらしい。
「大丈夫とはいうが、この姿では剣を振るうどころの話ではないぞ? それに拙者の〈
当たり前だが、十八年の人生で猫になった経験はない。
護衛役の剣士が猫に変えられた挙句、剣が扱えぬとなれば笑えない冗談だ。
そんな朱鷺常の懸念とは裏腹に、黄色の〈
「大丈夫だよ。〈
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