17話 そんな人もいましたね

 女の子の部屋に女性2人と俺1人。今日は前々から約束していた葵先輩の家にお邪魔していた。意識すれば微かに匂う獣臭と、それをかき消すような甘いリンゴの香り。


「先輩たちって家近いんですね」


「そうだね。歩いて10分ぐらい?」


 襖の奥でガサガサしている葵先輩にすみれ先輩が声を飛ばす。


「いやー、葵から奏くんが家に来るって聞いてね。あんまり私たち絡みないじゃん? どうせなら仲良くなっておこうってことで!」


 妹ながらにもポワポワオーラを放ちながら近寄ってくる。ショートの髪を後ろで可愛らしく結ぶ姿は年齢より相当幼く見えた。


 すみれ先輩とは本当に何もしたことがない。唯一あるとすれば、グループを変えた親睦会の時に少し話したぐらい。


 印象としては普通の女の子。印象っていうのかなこれ……。


「よーし、よしよし……。これがコーンスネークのタロウ。大人しいから触れるよ」


 そう言って戻ってきた葵先輩。腕には黄色い蛇が巻き付いていて、飼い主と揃ってつぶらな瞳がこちらをのぞいている。


「バカっ! 無理無理無理っ……蛇は無理、蛇は無理、これのどこがいいの? 男ってバカなの!?」


 すみれ先輩はゴキブリのような動きで壁の方に逃げていく。ただ、俺はそんなこと気にしていられないほどにタロウに興味深々。


「カッコいいってより可愛い寄りの子ですね。どこ触ると喜ぶんですか?」


「蛇はハンドリングしかできないんだよね。ストレスになっちゃう。やってみる?」


 慣れた手つきで巻きついていない方の手のひらに乗せる。正直、そこまでの勇気はない。噛まないとはいえ、噛まないとはいえど。


「いえ……遠慮しておきます」


「そっか……。うーん……あとは、サソリとか見る?」


「サソリもいるんですか?」


 小さな動物園としか思えない。蛇にサソリ、この前はコウモリやトカゲなんかも飼ってるって言ってたし。この人、実は病弱って嘘なんじゃないのか。


「ダイオウサソリのコノエちゃんだね。他にもタランチュラとかいるけど、どうする?」


「誠にお恥ずかしながら……虫系は遠慮させていただいてもよろしいでしょうか?」


「あははっ、いいよ、いいよ。コウモリみる?」


「はいっ!」


 蛇を片手に葵先輩は襖を全開に開けた。タロウを家に帰し、カーテンを開けると……出てきたのはイメージ通り逆さまで、目を瞑るコウモリ二匹。


「やばい、やばい、やばいっ! ねぇ、ここ日本だよね!? 襖の奥はジャングルが何かなの!?」


「左がシラユキで右がコノエだよ。フルーツコウモリっていう、飼育が許されているコウモリの数少ない一種だね」


 すみれ先輩の阿鼻叫喚な感想を物ともせず、細い目の奥を光らせて紹介してくれる。一人一人名前を覚えられているところに愛を感じる。


「餌やりしてみる?」


「します!」


 もはや即答である。寝ているのに、長い爪楊枝に小さく切ったリンゴを近づけると、ペロッと吸い込まれていく。コウモリなのに獣臭がしないのは、果物を食べているからだろうか。


「あと虫系いがいとなると……お爺ちゃんがペンギン飼ってたぐらいかな。僕の家には流石にいないけど」


「はぁっ!? ペンギン用意しなさいよ! どうしてサソリがいてペンギンがいないわけ? ありえないんだけど」


 いやいや、ペンギンって飼えるんだってところからでしょ、なんて心の中でぼやく。葵先輩一家はどうやら先祖代々、ペットを飼ってきているらしい。敵に回したらいろんな生物が襲ってきそう。


「なんかもう言葉が出てこないです」


「ははっ、だろうね。ペンギンは飼える気しないなー」


 サソリとかタランチュラも同レベルだと思うんですが。まぁ、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべる彼女にそれを言うのは野暮だろう。


 タロウやシラユキたちを2時間ほど眺めたり戯れたりして解散となった。今はすみれ先輩と2人並んで帰っている。


「その……さ、一つだけお願いがあるんだけど聞いてもらっていい?」


「どうしたんですか?」


 駅まで送ってくれるって言ったのは俺に話があったからなのか。「人を助けられる人になる」なんて大層な夢抱えた以上、突っぱねることはできない。


「私……葵のこと好きなんだ」


 空が茜色に染まって、彼女の耳を紅く照らす。少女漫画のようにわかりやすく恥ずかしがる彼女。なんか……先輩方の恋ほどニヤニヤできるものはない。


 ヒバリさんへ同じ想いを抱える俺として、なんとか力になりたいけれど。


「いいですね。幼馴染からずっと一緒って。応援しますよ」


「応援してくれる? なら、ならさ、葵に好きな子いるかどうか聞いてくれない? お願いっ!? 手伝ってくれたら……うん、私も手伝ってあげるからさ! どう? 女の子のスパイ欲しくない? どう? どう?」


 圧がすごい。煮込まれそう。小柄な体だけど、やはりどこかに圧を感じる。小悪魔的な何かじゃなくて、もっと簡潔な何か。


「わかりました、わかりました。でもいいんですか? 俺が聞いたら返って意識させたりしません?」


「そこは大丈夫。葵は君なんて眼中にないからね」


「手伝いませんよ」


「ごめん! 嘘、嘘!」


 彼女もつばき先輩と一緒で話しやすい。すみれ先輩はお姉ちゃんの下位互換なんて言っていたけど、血を争わない平和主義ってだけで、その実は同じに見えた。


 そんなことを考えていたら駅に着く。


「前金として、君には特別に情報をあげましょう! 夏休みの四日間、ヤリ部みんなで海に旅行に行くらしい。三年生たちで決めたってお姉ちゃん言ってたから間違いないよ!」


「マジか!」


 海ってことは……結衣先輩のモロっぱいが見れるわけだ。俺以外全員女子で三泊四日とか夢じゃんか! 何か起こるんじゃないかと心は浮かれてる。


 どれぐらい浮かれてるって、逆の電車に乗るぐらい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る