16話 同級生と遊べる青春は神

「イェーイ! 一年全員でボウリング対決だヨ!」


 一人、大きな胸を揺らせて飛び跳ねるアイラ。銀髪混じりの黒髪も、蝶の羽のように続いて舞い上がる。


 「あはは」と愛想笑いを浮かべる咲希さんに、スマホをポチポチしながらツインテールの先っちょをいじくる配信者の茜。今日は一年生組でボウリングに来ていた。


「ソウも! イェーイ!」


「いっ、いぇーい!」


 波長が違いすぎる。フットワークの軽さはイギリス産まれ、イギリス育ちの純外国産。末恐ろしい。そしてちょっと羨ましい。


「ほら、みんなも盛り上がろうヨ!」


「バカじゃないの? 女だけならまだしもコイツがいるのよ? こんな性欲オバケと遊ぶとか考えらんない」


「奏くんは性欲オバケなんかじゃないです。……茜さんこそ、そんな事ばっかり考えてこの部活入ったのに、人のこと言えないです」


 一向にボウリングが始まる気配の無い空気。1年ズの仲を深めるどころか、亀裂が深まりそうなんだが。


「まぁまぁ、とりあえずボウリングしよ。せっかくアイラが誘ってくれたんだし。お前もそんなカリカリせずにさ、今日ぐらい仲良くしよ?」


「あーっ、鬱陶しい! ちょっとこっち来なさい!」


 下手に出てやればこの暴君。コイツはどこまで行っても自分勝手なワガママお嬢様。ちょっとYoutubeで成功したからって、女王様気取りは好かない。


 アイラと咲希さんから離れたところで、コイツはコマのようにツインテールを回転させ振り返る。


「一個いい? どうして私だけ『お前』なんて呼ばれないといけないわけ? みんなは下呼びだったり、敬称付いてたりなのに私は『お前』って差別されてるみたいで嫌なんだけど」


「実際差別してるからな。お前、嫌いだし」


「アンタね……来て損した。アイラが、母親亡くなってアンタが悲しんでるって言うから着いてきてあげたのに、何よ。ピンピンしてるじゃない」


 ふと、その言葉に反論の声が無くなる。アイラもコイツも、俺を思って息抜きがてらに遊ぼうとしてくれていたのか。


 先ほどぶつけた鋭い言葉を飲み込みたくなる。そんなことを思ったところで手遅れもいいところなのだけど。


「分かったよ、ごめん。それに……ありがと、あかね


「敬称付けなさいよね。茜様よ、茜様」


「俺やっぱお前、嫌いだ」


「お前に戻ったし!」


 背中でキーキーと叫ぶどこかの国の猿みたいな奴は放っておいて、レーンに向かう。既にアイラと咲希さんが名前を打ち込んで設定してくれていたらしい。


 上についてるモニターには、[アイラ][サキ][ソウ][ペチャパイ]と名前が映し出されている。


「はあああぁぁ!? アイラ、ちょっと来なさい! この[ペチャパイ]は誰のことかしら? ねぇ、ねぇってば!」


 アイラはアヒャヒャーと笑いながらどつかれている。二人並ぶとその差は歴然。メロン一個とぶどう一粒。南無阿弥陀。


「奏くんは大きい方が好きですか?」


「えっ? ……いや、別に……どうだろ」


 ひょこっと顔を覗かせる咲希さん。しどろもどろで答えてしまう。ヒバリさんは……小さかったと思う。彼女と会った日はそれどころじゃなかったから確かではないけれど。


「あの、イジメの件、ありがとうございました。言えなくて……ずっと悩んでて。もうイジメられることも無くなったし、感謝しても仕切れません」


「俺は何もしてないよ」


 何もしてない。何も出来なかった。咲希さんがこなかったら、もっと酷くなっていた可能性だってある。感謝されることなんか、本当に一つもない。


「そんなことないよ。私のことそんな人じゃないって言ってくれたでしょ? それだけで、すごい嬉しかった」


 彼女はそう言って白い歯を見せる。見惚れてしまって、「そっか」なんて使い回しの返事しかできない。


「優先輩にも暴力振るっちゃって……いやっ、今の忘れてください」


「う、うん……」


 どうして咲希さんが優先輩を引っ叩いたのか、俺は知らない。訊きたいけど、咲希さんが知られたくないならそれでいい。


 暗い空気をかき消すように、球に指をねじ込む。


「しゃあー! 一発目からストライクじゃあ!」


「先に始めるなんてずるいヨ! ペチャパイも早く行こ!」


「ペチャパイ言うなし!」


 なんやかんやで感嘆符の飛び交うボウリング対決。ストライクが出たらハイタッチ、逆転されたらヘッドバンキング、ガターに落ちれば大爆笑。なんかこれ、すごい楽しい。


「ペチャパイさん、選手交代です」


「咲希もデカくないでしょ!」


「茜さんよりは大きいです」


「喋りかけるからガター落ちちゃったじゃない!」


 2人も紆余曲折あったけど仲良いなぁ。現在進行形で紆余曲折してるのは見て見ぬ振りしてそんなこと思う。


「アイラさ、俺のために集めてくれたんでしょ? ありがと」


「感謝なんていいですヨ。たまにはこうやって、みんなで遊んでみたかっただけ。1人で抱え込まないでくださいネ」


 フワフワしたパーマを意味ありげに撫でて、彼女は立ち上がる。


「次はワタシカナ? 見とけヨー、デッドボウリングが火を吹くのですっ!」


 お見事。綺麗なフォームで投げられた球は左端を2本倒して姿を消す。


「1番面白くないヤツだヨ!」


「見てて滑稽だから面白いわよ」


「ペチャパイパイパイはお口チャックパイパイしててください」


 「アンタねー!」なんて、これも青春の1ページ。アイラの思いも、咲希さんの秘密も、茜様の我儘も、どれもこれもかけがえのないものか。いや、アイツのわがままは聞くに耐えん。


 俺の次の一球は、ストライクだった。

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