14話 やはり、俺の恋の行く末は

 母が死んだ。呆気なかったと言えば、あっけなかったのかもしれない。二日間、目を覚すことなく、そのまま他界した。


 言い残したことなんてなかったし、今から話せるとして、すぐに何を話したいなんて出てこないけれど、それでも、まだ話したかった。空は、今日も青い。明日も、明後日も空は青いだろう。何も変わらないんだ。


 燃え尽きて、泣き疲れて。4日ぶりに外に出た。お葬式でも、火葬でも泣いていた。涙を出し切って、空っぽになった心と身体。軽くなった足で力なく道を進む。目的地なんてとっくの前になくなってる。


 泣かなくなって、外に出て。太陽の、活気の溢れる街の明るさで目がやられる。少しの間、学校も休むつもり。前々から心配してくれていたアイラには、まだ心配をかけるだろうか。


「んんっ、おお……、一層面が酷くなってる」


 懐かしい声。振り返るとそこには、いつかの救世主が。


「やっ、ヒバリ姉さんだ。久しぶりかな」


 相変わらずの顔面偏差値の暴力。ふわっと舞うセミロングの髪に見惚れながら、笑いかける。


「数週間ぶりですかね。まさか会えると思ってなかったです」


 乾いた声は萎んでいって、空気の抜けた風船のよう。今は誰にも会いたくなかったし、誰かに会いたかった。


 ツラがひどくなっている……か、そりゃそうだと思う。食欲もいつもみたいにないし、もう母に会えないってだけで、心が荒む。


「相談、聞いてくれますか?」


 相談だろうか。愚痴だろうか。


「いいよ。なんでも聞くさ」


 近くの公園のベンチに腰掛けて、二人横並び。何を言いたくて、何を言って欲しいのだろうか。それも、分からない。そんなむちゃくちゃな感情ごと吐き出した。


「少し前、母親が他界したんです。いくら前々から分かってたとしても……あんまりじゃないかって。まだ何も返せてなかった。なんとかなるなんて……お母さんの嘘だったんだ」


 何もなんとかなってない。当たり前のように母は死んだ。嘘、嘘、嘘。上手くいかないことばっかりで嫌になる。父親だってあんなのなんだ。もう、めちゃくちゃじゃないか。


「私はこの前、後悔のないように君の母を見送れと言ったのを覚えているか?」


「覚えてます。全力を尽くしたつもりです。でも、それでも、後悔なんて消えなかった。あれもしたかった、これもしたかったって溢れ出てきて。したあげたかったこととか、見せられなかった姿とか、結局……不可能だって思いました」


 「後悔のないよう」なんておかしな話。一緒にいられない時点で後悔しか残らないじゃないか。


「そうだろうな。後悔なんて、どう行動しても残るもんだ」


 彼女は沈んだ声で言葉を吐く。


「じゃあ……どうして?」


「後悔したくないって全力でぶつかったらさ、相手だって分かるだろ。コミュニケーションってそんなもんだ。自分からしたら全部が全部割り切れた話じゃないと思うけどさ、相手はその本気の思いっての全部受け入れられる。相手の受け入れられない事実とか後回しにして」


 彼女の視線は空の方で、俺を見る気配は露ほどもない。ただ、ヒバリさんの言葉がぐるぐると頭の中を掻き回す。


 俺がお母さんの死を受け止められなかったように、お母さんだって生きたかったに違いない。それに、俺の成長だって見たかったはずなんだ。見れたはずなんだ。


 そんな受け入れられない真実に、俺が目を背けることを許してあげられたなら、きっと支えになっていたはず。願望かもしれない。希望的観測かもしれない。


 けれど、その可能性があるってだけで、何も返せなかったなんて思いは薄くなる。


「私が言った、君のやるべきこと3つ。覚えているか?」


「はい。母を見送ること、父を殴ること、俺を生きること……」


「そうだ。どうだ? 親父さん殴ったか?」


「思いっきり、一発だけ」


 ヒバリさんと初めて会った日。帰ってきたお父さんに思いっきり殴りかかってやった。思い返していると、彼女は声をあげて笑う。


「ははははっ! よくやった。思いっきりってところが最高だ。それで、だ。己を生きる。それが一番大切なことだと思う」


「でも、己を生きるって……よくわからないです」


 ただ生きてるだけじゃない。でも自分を生きるってなんだろう。周りの人で自分を生きている気がするのは……部長で周りに流されることのない結衣先輩とか、一匹狼の優先輩とか、お色気を隠す気のない莉里先輩とかだろうか。


 悩む俺の目の前に立つと、彼女は俺の顔を指差して一つの質問を投げかける。


「簡単だ。どう生きたい?」


 グルンとひっくり返りそうになるほどの迫力。瞬時に、一つの答えが脳裏をよぎる。


「人の助けになれるように生きたいです。俺、誰かのために生きたい。それが俺の生き方です」


 お母さんは俺に「人のために生きられる子」と言ってくれた。今の俺がどうであれ、そうありたいと思う。なら、道はただ一つ。


「いいじゃないか。顔つきが変わったよ。もうそろそろ、お暇させてもらおうかな」


「待ってください。また……会えますか?」


「私が生きてたら、会えるんじゃないかな」


 何故か、俺は去っていくヒバリさんの姿を追うことは出来なかった。本当に人のために生きたかったのなら、彼女を眺めているだけじゃダメなのに。


 胸の奥がジンワリとして、燃えるように熱くなって。気づけば惚れていて。



 今、一つの片思いが熱を帯びた。

 空は今日も青い。

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