8話 俺のために争う女子が欲しい
コーヒーを見つめる者、ケーキをフォークでつつく者、その彼女を睨む者。放課後のカフェでの様子は三者三様。
そんな中、口を開いたのはチーズケーキを口に運ぶ葵先輩。
「いやー、男子ってだけで話しかけたくなっちゃってさ。僕、年下の男の子と仲良くなりたかったんだよねー」
「はあ……」
奢ってもらったコーヒーに吐いた息をかける。さて、どうしたものか。ヤリ部に入っているぐらいなのだから、葵先輩が莉里先輩ぐらいの性欲の権化でも不思議じゃない。
けれど、彼女の口から漏れたのは想像の斜め下の言葉。
「僕ね、昔から体が弱くてさ。昨日も一昨日も病院だったの。だから友達って言える友達作れなくて……」
「そうなんですね。俺の母も癌で入院退院の繰り返しなんで分かりますよ。周りも本人も辛いですよね」
「そう、それで、だよ。僕と友達になってくれない? 男友達欲しかったの」
俺はなんと答えようか迷って、ポカンと口を開ける。その口に、葵先輩はチーズケーキを突っ込んできた。えっ……間接キスっ!?
「ちょっ…………ちょっとっ!」
俺より先に声を上げたのは咲希さん。彼女からしたら、何を見せられてるんだって話。
「そうですよ……いくらなんでも急すぎます」
「そう? ごめん、ごめん、次からはちゃんと報告してからにするよ」
パッチリとした目を閉じ、にっこりと笑う。
「そうじゃなくて…………その、奏くんにそういうのは……やめてほしい……です」
咲希さんがスカートの裾を握りながら、震えた声で言う。咲希さんからしたら、先輩に物一つ言うってのも勇気がいるんだ。
「確かにちょっと色々吹っ飛ばし過ぎたね。申し訳ない。咲希ちゃんもごめんね。不快にさせるつもりは無かったんだ。でも、奏くんとは仲良くなりたいから」
「まぁ、仲良くなりたいのは俺もそうですが……」
距離の詰め方は少し強引だが、おそらくまともな人の部類。癖がなく仲良くなれそうだとは思う。
「でしょ? 今度また僕の家遊びに来てよ」
「いいんですか!?」
まさか、トカゲや蛇を近くで見ることができるなんて。冒険好きの男子高校生にとって夢のような話ではないか。
「えっ? あっ…………私も……行きたいです……」
「咲希ちゃんも蛇好きなの?」
「そのっ……やっ、やっぱり辞めときます……蛇はちょっと……」
先輩にはまだ思ったことを言いにくいのか、詰まりながら心を閉ざす。先ほどから咲希さんの行動がよくわからない。カフェに来たのは分からなくもないが、間接キスにいち早く反応したり、葵先輩の家に行きたいと言ったり。
「蛇とかって触れます?」
「うん、大人しい子は全然触れるよ。毒も無いし。来週とか空いてるからぜひ来てよ」
「行きます、行きます。いやー、すごく楽しみです」
苦手な人もいるかもしれないが、トカゲや蛇をかっこいいと思う男子は少なくない。俺も類に漏れず、興奮するタイプ。
「そう言えばさ、莉里とどんな感じ?」
「どんな感じとは?」
「あー、いやっ、まだなら良いんだ。ヤリ部に入る男子って正直下心あるでしょ? 莉里はそこらへんすぐつけ込んでくるから」
確かに。もし俺にもうちょっと勇気があって、もうちょっとイケてて、もうちょっと押しに弱かったら完全に堕ちてた。それ別人では?
「でもそう言うのって莉里先輩だけですよね。優先輩とか絶対にこの部活入りたがらないでしょ」
ヤンキーの貞操事情は知らないが、部活にはいってウハウハするイメージは無い。下心丸出しの男に蹴りを入れるタイプの女子だろう。
「優はそうだね。サボれる場所探してる時にたまたま入っちゃったらしいよ。そこから強制入部させられたらしい。本人は認めてないけどね」
「めちゃくちゃな話ですね……」
思い返すとやはり2年生はキャラが濃い。1年生が言えた話ではないんだろうけど。
「僕は入って来なくてもいいんだけどね。つばきさんが優のこと好きだから」
「みたいですね」
「私は待ってる」と優先輩に言っていたのを思い出す。そう言ったフットワークが優しさオーラの出る所以なんだろう。
「ずるいよね。僕もつばきさんに家に来て欲しいのに」
「蛇のせいじゃないですか?」
「だよね、僕もそう思う。写真見せたら『うひゃぇー』って言われるもん」
「こんなに可愛いのに……」と写真をスクロールしていく。うひゃぇーってわけわかんないけど、つばき先輩らしくて解像度高い。
「ご馳走様でしたっ! じゃあ帰ろっか。あっ、連絡先繋いだこう」
「そうしましょう」
アイコンは首に蛇を巻きつけた葵先輩の写真。どこまでも趣味に生きてる。カフェを出て、葵先輩と逆方向に歩いていく。後半は全く喋らなかった咲希さんに目をやった。
「ごめんね。付き合わせちゃって」
「いえいえ、私から言ったので……。でも、なんですか間接キスって! もう……」
「あれはびっくりしたよ。いきなりだったし」
あのアタックの速さ。「葵先輩ってもしかして俺のこと…………」と、会って1日目にして思ってしまうほど。健全な男子諸君ならわかってくれるはず。
「本当に家行くんですか?」
「まぁ、すぐにってわけじゃないないけど」
また機会があればお邪魔させてもらうつもりではある。
「そうですか…………奏くん、今週の土曜日、その……デート行きません?」
彼女の告白。脳が理解するまでたっぷり5秒を要する。デート……? 知らない単語だ。意味のない5秒だった。
「デートって…………男女2人がどこかでイチャイチャしながら遊ぶ?」
コクっと、咲希さんは首をふる。そうか、とうとう俺にもモテ期が来たらしい。意味のある16年だった。
「行こう。ぜひ行きましょう」
その後の小っ恥ずかしい無言の時間も、俺のニヤニヤが止まることはなかった。
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