6話 背中の女の子は絶対守る
彼女の登場で一気に空気が凍り、背中に電撃が走る。
「まず、そいつら誰?」
蛇のような目で俺たちを睨む。その目の下にはクマができていて、なお一層怖さを際立たせている。
「俺は新入部員の
「私は…………
「あぁ? 聞こえねーよ」
彼女の睨みに咲希さんは俺の後ろに隠れた。女子こわっ。怯える咲希さんに無理させないためにも俺が答える。
「この子は咲希って子で、同じく新入部員です」
「で? 分かったから帰ってくんね?」
「は?」と言い返してやりたいところだけど可哀想なのでやめておく。怖いわけじゃない。足が震えてるのは武者震いだ。
「まぁ、まぁ、進学してクラスも変わったし登校しやすくなったんじゃない?」
つばき先輩は愛想笑いを浮かべながら話を続ける。どうやら帰らせてはくれないみたい。
「そんなんで変わるわけねーだろ。ふざけてんのか。どうせ今年は留年だ、クソが」
「じゃあ保健室登校とかさ、部活に来るだけでもどう?」
「お前は私のお母さんか? ちょっとクラスのムードメーカーだからって調子乗んなよ」
名前も分からない彼女は、理由もわからないままつばき先輩に当たる。どれだけわがままなのか。それに言葉だって棘だらけ。聞いてるだけで耳が痛くなる。
「ごめん、ごめん。私も
「チッ…………」
優ちゃんとやらはわざとらしく舌打ちして、先輩から目を逸らす。この優ちゃんのどこに優しさがあるのか。
「一回だけでも来てみない? きっと楽しいよ」
「黙れ、行かない。話は終わりだ」
「待っ…………待って、ください」
家に戻ろうとする優先輩に、咲希さんが俺の後ろから待ったをかける。
「その…………多分、留年したら……来年はもっと登校しにくくなると思います……。今はもう地の底って思ってても……まだ下があるから……不登校って、そうなんです。だから…………来た方がいいと思います」
その言葉に、優先輩は目を開いて咲希さんを見た。
「んなこと分かってんだよ! 知った口聞くんじゃねぇ。お前、ツラ貸せや。あんまり調子––––」
「もういいでしょ」
こちらに一歩近づく彼女に太い声で牽制する。俺が遮ると思っていなかったのか、優先輩は足を止めた。
「図星なら、彼女を傷つけるのは許さない」
他人から言われたくないことなんてあって当たり前だ。けれど、それを少し言われたぐらいで人を傷つけていいわけじゃない。我慢するのだって当たり前。
咲希さんは優先輩のことを思い、恐怖心に打ち勝って声を出したんだ。今度は俺の番。彼女は変わらず俺を睨む。
「喧嘩なら買うぞ」
「貴方が俺に勝てるんですか?」
元々男女の差があるのに、俺は運動神経は悪くない。ガタイだけなら運動部と変わりは無いし。それに気づいたのか、優先輩は口を噤む。
「ほらほら、すーぐそうなる。奏くん、私たちは喧嘩しにきたわけじゃないでしょ」
「すいません」
つばき先輩に正論を叩きつけられ、俺はシュンと縮こまる。
「その、色々あると思うけど、少なからず私は待ってるからね」
「チッ…………知らねぇよ」
優先輩の悪態のあと、つばき先輩は「帰ろ」と来た道を引き返していく。去り際に見た優先輩の悲しげな顔が、心に僅かな引っ掛かりを残して。
「ごめんね、怖い思いさせちゃって。でも、こうでもしないと、もっと登校しにくくなるはずだからさ」
つばき先輩がポツリと呟く。
「分かってます。咲希さんも大丈夫?」
「うん…………ありがとう」
そう言って、彼女は俺の制服の裾をそっと握る。可愛すぎ、可愛すぎ。めちゃんこ可愛すぎパラダイス。
「あの感じ、先輩と麻耶先輩ぐらいしかまともに話せないですよね?」
誰とでも分け隔てなく話せそうなのは、この部活じゃ今あげた2人ぐらいだろう。
「結衣ちゃんは毎回2秒ぐらい喋って終わりらしいよ。莉里ちゃんはどうなんだろ?」
「どう考えても水と油ですよね。二つ名つくほどの有名人ってだけで噛みつきそうじゃないですか」
俺の言葉につばき先輩は笑いをこぼす。
「でも、あの子にも二つ名あるよ」
「マジですか……」
いや、あのキャラの強さならそりゃあるか。王道のヤンキーだもんな。
「哀愁の獅子だったかな? 誰が付けたかは分かんないけど、かわいそうだよね」
哀愁という言葉を聞いて、胸の奥が少しチクリと痛む。哀れまれた獅子、矛盾しているようで、的を射ているようにも思えた。
「そうですね」
口に出した言葉は後味が悪い。不名誉な渾名も、きっと彼女が学校に行きにくい理由なんだ。
乗り換えのため、地上勢のつばき先輩と別れ、咲希さんと2人きりになる。
「さっきはありがとう、カッコよかったよ」
「そう? 咲希さんだってカッコよかったって。多分、優先輩にも響いてるはずだから」
「そうだといいな」
会話していて、ふと気づく。咲希さん普通に話してるじゃん。いつもの「その……」的な沈黙がない。心を開いてくれた証だろうか。
カバン一つのこの距離で、俺たちはそっと互いの顔を見つめ合った。
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