3話 清楚な女の子が1番そそる

 夕焼け小焼の帰り道、一体全体どういうことか、俺は自称美少女の麻耶まや先輩と並んで帰っていた。


「いやー、地下鉄勢が私しかいなかったからさー。部活帰りに一緒に帰るの憧れてたんだよねー」


「他の人たちは一緒に帰ってましたもんね」


 電車にも地上勢と地下勢があるようで、駅が逆方向ということもあり、必然的に分かれてしまう。帰宅中も狐の面をつける彼女と歩くのは少し恥ずかしいが、気にしないでおこう。


「あっ! あの子見学に来てた子じゃない?」


「そうっぽいですね」


 カバンを持って少し先をトボトボと歩く少女。名前を聞きそびれたが、猫背のあの子で間違いなさそうだ。


「ちょっと話しかけちゃおっか」


 小走りで追う彼女について行く。そのコミュニケーション能力はどこで培われたものなのか。


「初めましてー、私のこと知ってる? ほら、さっき部活にいたんだけど」


「えっ…………あっ、知ってます」


 体をビクッと震わせ、風に運ばれたのかと思うほどスッと素早く二歩下がる。街中で急に狐のお面を被った人に話しかけられると誰でもそうなるよな。


「こっちの子は?」


 麻耶先輩が俺の方を呼び刺す。さっき返事をもらえなかったのを思い出して、会釈で留めておこう。


「知ってます…………優しい人」


 照れてるとかでは無さそうだが、小さな声でそう言う。大したことしてないのに優しい人認定とか、俺の人間らしさが出ているとしか言わざるを得ない。


「私は3年の麻耶。よろしくね」


「俺はそう。同じ1年生だし仲良くしよう」


「はい……私は、つばめ 咲希さきって言います…………」


 小さくてぷるんとした唇を噤む。あまり自分から話す方じゃなさそうだ。


「咲希ちゃんも地下鉄?」


「はい……」


「じゃあ一緒に帰ろっか」


「……分かりました」


 淡々と答える咲希さんを、明るい包容力で包み込む麻耶先輩。いつのまにか彼女の隣は咲希さんになっていた。してやられた。


「あの……私より、奏……さんと話した方が楽しくないですか?」


「どうして?」


「いや、あの……私、あんまり人と話すの得意じゃなくて…………つまらないかなって」


 カバンを抱き抱えて眉を下げる。歩くスピードが遅くなる2人と距離が縮んで、無意識に足を止めた。


 けれど、麻耶先輩は何もなかったかのように速さを元に戻してコロコロと笑う。


「そんなことないよ。奏くんは普通につまらないし」


「どうして俺に飛び火が!?」


「ほらね、日本語喋ってないもん」


「バリバリにジャパニーズなんですが!?」


 俺が後ろから声を上げると、咲希さんは声を出して笑う。「あははっ」なんて口を開けて笑う彼女につい見惚れてしまった。


「話すのが苦手ってさ、きっと当たり前だよ。普通にしようとしてるから、自分を殺しちゃってぎこちなくなるの。だからさ、もっと肩の力抜いてこっ」


 狐の半面から覗かれる瞳がキラリとウインクを放つ。


「そう……ですね。頑張ってみます」


 ニコリと笑うその笑顔は眩しくて、素直だなぁと感心してしまう。


「……結衣さんも私に『自然体でいろ』って言ってくれたんです。最初は乗り気じゃなかったんですけど…………入りたいなって思っちゃいました」


 「へへっ」と笑って、俺と麻耶先輩を見つめる。本当に可愛いなこの子。


「いいじゃん! 入って、入って。ここで言うのもなんだけどね、去年はみんなで旅行したんだよ。すっごく楽しかった。どう? 入りたくなったでしょ?」


「旅行とかあるんですね。意外です」


 あれだけ結束力のない部活なのにそんな恒例行事があるのか。女の子を何人も連れて旅行とか夢がある。


 想像と妄想を膨らませていると気づけば駅に着いていて、電車が逆方向の麻耶先輩と分かれる。2人きりで気まずい中、なんとか会話と連絡先を繋いだ。手は繋いでない。繋ぎたい。




 家に帰ると珍しく物音がしていて、食卓に並ぶご馳走に目を見開いた。


「お母さん……帰ってたなら連絡してよ。それに、またご飯作ってるの? 俺が作るって」


「いいの、いいの。私が作ったご飯を食べてくれる奏を見てるのが1番幸せなんだから」


「それでも……せめて買い出しぐらい俺が行くって。無理しないでよ」


 箸を出しながらお母さんは泣きそうな顔になる。そんな顔しないでくれよ。こっちまで泣きそうになる。


「ごめんね、でも、無理させて。いつまで無理できるか分からないでしょ」


「そうだけど……」


 言い返せなくなった俺に、お母さんは「ほら」と口を開く。


「ご飯冷めちゃうから、さっさと手を洗っていただきますしよ」


「うん」


 お母さんのご飯はやっぱり美味しくて、そのせいでまた泣きそうになった。1番泣きたいのはお母さんだろうに。


 食べ終わって食器を洗っていると、ソファに座るお母さんが声をかけてくる。


「今日遅かったじゃない。何かあったの?」


「部活行ってた」


「何部?」


 親としては当然の問いに、洗剤だらけの手が止まる。ここでヤリ部とか言ったら家族会議もの。


「おしゃべり部」


「最近はそんなのあるのねー」


 あるわけない。いや、ヤリ部よりかは遥かに現実的なんだけど。


「お母さんは? 退院ってわけじゃないよね」


「うん、また明日から病院。何かしたいことある?」


「じゃあ……映画見ようよ。お父さんも一緒に」


「そうしよっか」


 タイミングよく皿洗いが終わって、俺もお母さんの隣に座る。お父さんが仕事から帰ってくるのを待ちながら、どんな映画を見ようか話し合った。


 でも、結局アイツは帰ってこなかった。

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