第19話 初めてのレッスンと挫折
それから数日後、俺たちは町中のレンタルスタジオに集まっていた。ハルヒのアイドルプロジェクトは思った以上に本格的に動き始め、とうとうダンスレッスンを受けることになったのだ。ハルヒが突然、スタジオを予約してきたのには驚いたが、まさかここまで本気だとは思っていなかった。
「さあ、今日から本格的に私のアイドル活動がスタートよ! みんな、しっかりサポートしてちょうだい!」
ハルヒはダンスウェアに身を包み、気合い充分にスタジオの真ん中に立っていた。彼女の瞳はいつにも増して輝いている。
俺はというと、スタジオの端に置かれた椅子に座り、腕を組んで彼女を眺めていた。俺の役割はマネージャーだ。といっても、今日のレッスンでは特にやることはなく、ハルヒがダンスを覚える様子を見守るだけだが、これが案外骨が折れそうだ。
「ハルヒ、本当にやるのか? ダンスなんてお前が得意だとは思えないんだが…」
「何言ってるのよ! 私がやれば何だってできるわ。見てなさい、すぐに覚えてみせるんだから!」
ハルヒは自信満々に言い放ち、早速レッスンを始めようとしていた。そんな彼女に、プロのダンスインストラクターが近づき、挨拶を交わした。
「初めまして、涼宮さんですね。今日からアイドル活動に向けてのダンスレッスンを始めます。まずは基本のステップから練習していきましょう。」
インストラクターは慣れた様子でハルヒに説明を始めたが、ハルヒはそんな説明など聞く耳を持たないようだった。
「基本なんてすぐに覚えるわよ! さあ、どんどん教えてちょうだい!」
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レッスンが始まった。
最初は、簡単なステップの練習だった。足を交互に動かしながらリズムに乗る基本的な動作だが、ハルヒは思ったよりもぎこちなかった。普段は運動神経が良いハルヒだが、どうやらダンスは初めてらしく、動きが妙に硬い。
「うーん…これって意外と難しいのね。」ハルヒは額に汗を浮かべながら呟いた。
「だから言っただろう、ダンスはそんなに簡単なものじゃないんだって。」
「うるさいわね! こんなのすぐに覚えてみせるから!」ハルヒは言い返すが、その額からは徐々に疲労の色が見え始めていた。
インストラクターはそんなハルヒを見て微笑み、「大丈夫ですよ、最初は誰でも難しく感じます。無理せず、少しずつ慣れていきましょう」と優しく声をかけた。
しかし、ハルヒのプライドがそれを許さないらしく、彼女は更に気合を入れてステップを踏もうとしたが、結果はあまり芳しくなかった。リズムがずれ、足ももつれてしまい、バランスを崩して転びそうになる。
「くっ…こんなはずじゃないのに!」ハルヒは悔しそうに歯を食いしばり、再び立ち上がった。
俺はその様子を見て、少し不安になってきた。これまで、ハルヒは何でも自信満々でこなしてきたが、今回ばかりはそう簡単にいかないかもしれない。
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次に、少し難易度の高い振り付けに挑戦することになった。ステップだけでなく、体全体を使ってリズムに乗る動きだ。
「さあ、次は少し複雑な動きになります。手足を連動させてリズムに合わせて動かすことが大切です。」インストラクターが優しく説明する。
しかし、ハルヒの動きはぎこちなく、リズムにもついていけていない。焦りが見え始めたハルヒは、何度も同じミスを繰り返し、次第に息が上がってきた。
「こんなの…こんなの簡単じゃない!」そう叫びながら、ハルヒは何度も同じステップを試みたが、やはり動きがぎこちない。
俺は見ていられなくなり、「無理するなよ、ハルヒ」と声をかけた。
「うるさいわね! 私がこんなところで諦めるわけないでしょ!」
その強がりな言葉とは裏腹に、ハルヒの顔には焦りが浮かんでいた。普段なら何でもそつなくこなす彼女が、今回はどうしてもうまくいかない。それが彼女を追い詰めていた。
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レッスンが進むにつれて、ハルヒの動きはますます乱れていった。体力も限界に近づき、汗が額からポタポタと落ちている。それでも彼女は諦めずに続けようとするが、何度も同じミスを繰り返す。
「ハルヒ、今日はもう十分だ。無理しても意味がない。」俺はついに立ち上がり、彼女を止めようとした。
「まだ…まだよ! 私はもっと…できるはずなのに…!」ハルヒは息を切らしながら答えたが、その声にはいつもの自信が感じられなかった。
インストラクターもさすがに心配そうな表情で、「涼宮さん、無理は禁物です。今日はここまでにして、次回また頑張りましょう」と優しく声をかけた。
だが、ハルヒはその言葉に納得できない様子で、悔しそうに目を伏せた。そして、ついに彼女は膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。
「なんで…なんでこんなにうまくいかないの…?」ハルヒの声は小さく、普段の彼女からは想像もできないほど弱々しかった。
俺はその姿を見て、言葉を失った。涼宮ハルヒが、こんなに挫けるなんて。あのハルヒが、こんなにも打ちのめされることがあるなんて。
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ハルヒが膝を抱えたまま黙り込んでいるのを見て、俺はそっと彼女の隣に座った。
「ハルヒ、今日はもう休もう。無理しても仕方ない。」
「でも…でも、私は…もっとできると思ってたのに…」ハルヒは悔しそうに呟いた。
「お前は何でもすぐにできると思ってるかもしれないけど、何事にも時間がかかるもんだよ。ダンスだって同じだ。すぐに上手くなるわけじゃないし、何度も練習して、少しずつできるようになるんだ。」
俺は静かにハルヒに語りかけた。いつもは強気な彼女が、こんなに落ち込むなんて珍しいことだ。だからこそ、俺は彼女を励まさなければならないと思った。
「大丈夫だよ。お前ならできる。俺たちもみんな、お前をサポートするためにいるんだ。だから、焦らずにゆっくり進めばいいんだよ。」
ハルヒはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「わかったわ…今日はこれで終わりにする。」
そう言って立ち上がったハルヒの顔には、まだ少し悔しさが残っていたが、少しだけ前向きな表情に戻っていた。
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俺たちはその日のレッスンを終え、スタジオを後にした。ハルヒはまだ完全に立ち直ったわけではないが、少しずつ前を向き始めたようだった。
「明日はもっと上手くやるわよ、見てなさい!」ハルヒはそう宣言し、俺たちを振り返った。
「おう、頑張れよ。俺たちもサポートするからな。」俺は軽く笑って答えた。
ハルヒの挑戦はまだ始まったばかりだ。この先、もっと多くの壁にぶつかるかもしれない。しかし、彼女が諦めない限り、俺たちも彼女を支え続けるだろう。
こうして、涼宮ハルヒのアイドルプロジェクトは、初めての挫折を経験しながらも、次のステップに向けて動き出すのだった。
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