第108話 新しい旅路と帰り道


「負けた……か、このオレが……」


 大破した漆黒のトラックと共にサキユ大聖堂に墜落したキャンターの鎧は砕け、運達にその素顔を晒しながら渇いた笑みを浮かべて呟いた。


「オレは禁じ手まで使った……お前はただそれを指摘するだけで勝てていたハズだった。しかし、お前はそれをせず、ただ、実力だけで捻じ伏せてきやがったのか……」


「そうでなきゃ、アンタを乗り越えたことにならねぇ」


「インパクトアース・イノセント……オレじゃあ敵わねぇ訳だ、完敗だよ」


 戦う意義を失った久遠や五十鈴、エアロスター夫妻も駆け寄って、天を仰いで寝そべるキャンターを囲んでいた。


「「グランドマスター……」」


 クロノスとゼウスは運の後ろに立ってキャンターを看取っていた。


「よせ……オレはもうお前達の主ではない……お前達の主は、そこにいる運だ」


「「……かしこまりました」」


 2人の精霊は深く礼をした後、1つの光の玉となって運の胸に吸い込まれて行った。


「おめでとう運。これでお前は晴れて、元の世界とエヒモセスを行き来できるようになった……いや、それだけではなく、他の好きな世界をも自由に旅することが出来るだろう」


「ああ。それにアンタを倒したお陰で俺も遂にレベルカンストに達したよ……図らずとも究極のトラック完成だ……たまには遊びに行っても良いか?」


「フ……どうだろうな。幾ら運の能力で吹っ飛ばされるとは言え、極振りではないオレのトラックで神なる座標まで辿り着けるだろうか……」


「何言ってるんだよ社長。アンタ、自分のステータス、確認して見たのか?」


「見る意味は無い……なにせオレは究極のトラックを求めて、長年穴が開く程自分のステータスと向き合って来たのだからな……そんな動かない数字を見ても、嫌な気持ちになるだけだ」


「そうか? アンタ、本気本気と言いながら、俺と戦ってる途中にも明らかに強くなっていったぞ?」


「ははは……そんな馬鹿なことが……」


 そう言い掛けたキャンターは自らのステータスを表示させ、続く言葉を失った。


 その代わりに流れ出る一筋の涙。


「嘘、だろ……? オレはレベルカンストだぞ……? 余剰ポイントも無いんだぞ……? それなのに、それなのに、何でステータスの数値が伸びているんだ……?」


「やっぱりな。そんな気がしたんだ」


「……お前と限界まで競り合ったことで、引き上げられたとでも言うのか……?」


「良く解らねぇ。でも、限界なんて自分で決めることでも、数字に決められることでもないだろう?」


「くそぉ……お前に、お前に、教えられちまうのかよ……」


「少しは恩返し、出来たか?」


「返し過ぎだ、バカヤロウが……」


「良かった……これなら何とかアンタの目的地までは辿り着けそうだな」


 キャンターは目頭を押さえて更に涙を流した。その身体は徐々に透けていく。


「久遠、社長のトラックを直してやってくれないか……ちゃんと送り出してやりたい」


「うん、解ったよ。ヒール」


「ありがとう。運、久遠ちゃん……オレは、オレは……」


「「良いってことよ」」


 運と久遠は得意げに腕を組んで応えた。


「それに五十鈴さん、だったね。オレは、エルフ族の森に酷いことをした……詫びて許してもらえるようなことではないと解ってはいるが……消える前に謝っておきたい」


 五十鈴は少しばかり視線を逸らしたが、やがて深く頷いてからまたキャンターを見た。


「思うところはあります……が、運殿がいますから。ひとまずはエルフ族を代表して謝罪を受け入れましょう……貴方も、自分の目的のために行動をしたのでしょうから、それを無駄にしないためにも、必ず目的地へ辿り着いてください」


「ありがとう……ありがとう……」


 いよいよキャンターの身体は消え行きそうになっていた。


「「キャンターさん!」」


 続いてエアロスターとローズが声を上げた。


「2人共、嫌な役を押し付けてしまい悪かったな……少し形が違ってしまったが、オレがいなくなった後のことを頼んだぞ……そして、その力を運達に貸してやって欲しい」


「「わかりました」」


「運……本当に勝手だとは思うが、エアロスター夫妻は……」


「解ってるよ、みなまで言うなって」


 そうぶっきらぼうに言う運を見てキャンターは笑って目を閉じた。


「流石はオレをも超えた男だ……器がデケェ……」


 そう言うも、キャンターは少し呼吸を乱し始めていた。


「もう少し、伝えたいことも、あるんだが……ぐぅっ、もう、身体が保たんらしい……」


「無理すんなって。たまには遊びに行くからよ。何かあればその時でも良いだろ?」


「ふ……まったく。お前という奴は……」


 キャンターはそう言いながらもその手を伸ばし、運はそれを力強く握った。


「じゃあな、社長」


「ああ……お前達の行く道に幸多からんことを……ぐっ! トラック……」


 キャンターがその言葉を言い終えた時、運の手は、ただ一つ自分の拳だけを握っていた。


「お兄ちゃん……」


「運殿……」


 キャンターが消え去った後の床を前に、無言で蹲る運に久遠と五十鈴が声をかけた。


「ああ……心配ない。俺は大丈夫だ」


 運は立ち上がった。


「終わったんだ……乗り越えたんだよ、全部。俺達は」


 そして控えめな笑顔で久遠や五十鈴の方へ振り返り、言った。


「帰ろう、俺達の家にさ」

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