第94話 事故の真相
「今こそ話そう。30年前、レソツ魔王国で起きた事故の真相を」
頼みを聞くことにした運達は口を閉ざしてトラ仙人の言葉を待った。
「まず先に話すべきは、今なお死城において1人生き続ける魔王についてじゃな」
「魔王ヴェルサティスのことだな?」
運の問いにトラ仙人は首を横に振る。
「魔王ヴェルサティスとは、既に30年前に死した魔王の名。今の魔王の本当の名はカスケディア、ワシの孫娘じゃ」
「なんだって!?」
「暗黒王よ、お主には話したであろう? ワシが転移することとなった原因を。花を愛で、歌を歌うことが大好きな子じゃった……そして60年前、ワシが誤って撥ねてしまったその孫娘こそ、このエヒモセスにて魔族の子として転生を果たしたカスケディアだったのだ」
一同は言葉も無かった。
「エヒモセスに転移し、目的も行き先も死ぬ術さえも無く彷徨っていたワシの耳に、ある日不思議な記憶を持つ魔族がいるとの情報が入った。その情報を集めるうちに、どうしても気になるようになったワシはその魔族とやらを尋ねてみることにしたのじゃ」
トラ仙人は抑揚の無い口調で続ける。
「その魔族は5才の少女で、既に孤児の状態であったよ。そして驚くべきことに、一目見ただけのワシをこう呼んだのじゃ、幼司お爺ちゃん、と」
「俺と久遠みたいに、こっちで会えたんだな」
「ワシがエヒモセスに転移してから5年程の月日が経った頃じゃった」
「良かったじゃねーか」
「死ぬに死ねないワシに希望の光が射したようであったよ。この子を元の世界に連れて帰る。そう心に決め、ワシはカスケディアを引き取ってその方法を探す旅に出た」
「私とお兄ちゃんと同じだね」
「しかし、その方法は見つからぬまま、ただただ25年の歳月が流れてしまったのじゃ……」
運と久遠は言葉も見当たらず顔を伏せた。
「更に異変も重なった。転生後5才まで成長したカスケディアは、ワシと旅をした25年の間、全く成長しなかったのじゃ」
「まさか、その子も不老不死の力を持っていたのか……?」
「この25年という長い年月は、そもそも死を望んでいたワシを絶望させるには十分過ぎる時間じゃった……ワシは自身と孫の永遠の時を悲観し、共に果てることを望むようになってしまった……」
「無理もねぇな」
「そんな時、オーバーズを使い不老不死の力を求める魔王ヴェルサティスから声が掛かった……ワシは喜んで自らの命を差し出そうとし、孫を見送った後にワシも死のうとした」
「そんな、酷い……」
久遠は悲しみの表情を見せた。
「それが、悲劇の発端じゃ」
一同は固唾を呑む。
「不老不死と思われていた孫の能力は、実は不老不死ではなかったのじゃ……元の世界でまだ5才という無限の可能性を残して無念の死を遂げた孫は、『なにものにもなれる力』を持って転生していたのじゃ。それ故、転生後5才までは普通に成長し、ワシと旅を始めてからは、ワシとずっと一緒にいられるよう、共にいたワシの不老不死の力を活用していたに過ぎなかった」
「それに気付かず、魔王ヴェルサティスに命を捧げようとしたのか」
「左様。そして自分が知らぬところで祖父が自分共々死のうと考えていたこと、今まさに魔王が自分を殺そうとしていること。それを直前で知った孫はどれ程傷付いたことであろうか。孫の能力は暴走し、自らに用いられようとしていたオーバーズの力を借りて逆に魔王ヴェルサティスを吸収してしまった。その『なにものにもなれる力』を用い、新たな魔王になってしまったのじゃ」
「それで魔王カスケディアか……」
「もちろん暴走した孫にオーバーズの力を制御できるはずなどなく……」
トラ仙人はラグナとダイナに深く頭を下げた。
「私が暴走を抑え込まなければ、間違いなくエヒモセスは消滅していたでしょう」
「それでママ、ボクに一言もなく急にいなくなってしまったんだね……」
「ごめんなさいダイナ。あの時は、本当に一刻の猶予もなかったの……」
ラグナは涙ぐむダイナの頭を自分に招き寄せた。
「しかし、私の力を以てしてもオーバーズの力を完全に抑え込むことは出来ず、レソツ魔王国は滅び、その力の影響を受けた魔族は全てアンデッドと化し、その中心でオーバーズと同化し1人命を吸い続ける魔王カスケディアには、ドラゴンゾンビとなった私がいる限り誰一人近付けない状態となってしまった……」
「これが、30年前の事故の真相じゃ」
シンと静まり返った一同を見て、トラ仙人は締めくくった。
「とんだ
運の言葉にトラ仙人は再び深く頭を下げた。
「全てはワシの責任。こんな自ら死を望むようなワシの命で済むのであれば、幾らでも使って貰って構わない……それでも、本当に、本当に身勝手ながら、改めてお願いしたいことがあるのじゃ……」
「魔王を、孫を、救ってくれってことで良いんだな?」
「ああ。その形はどうあっても異論は唱えん。カスケディアを、解放してやって欲しい」
「解った」
「……暗黒王よ、礼を言う」
トラ仙人は涙を流して跪いた。
「ダイナ、お前はラグナを連れてアンに戻ってろ。流石にもう大丈夫だとは思うが、何があるか解らねーし、念のためミューやフィリーにラグナを良く診てもらえ」
「ご主人様いいの? この後、魔王のところに行くんだよね?」
「聞いた限りじゃ魔王に戦意は無いようだし、大事にはならんだろ。大丈夫だ」
「うん。でも気をつけてね。絶対に気をつけてね」
「おう」
そして運、久遠、五十鈴の3人はトラ仙人を伴って果ての地の中心、死城へと向かうこととなった。
その別れ際のことである。
「運ちゃん」
ラグナが運を1人呼び止めた。
「どうしたラグナ?」
「ちょっと気になったことがあって、念のためなんだけど」
「何でも言ってくれ」
「その……ね、皆が私と戦ってた時のこと、私は当然に覚えていないのだけれど、それでも、本来私が使えない技や魔法は使えるハズが無いと思ったので話しておくわ」
「……どういうことだ?」
「運ちゃんとの会話で、一つだけ違和感があったの。……私が最後に使ったと言っていた白と黒の円環の光」
「ああ、あれか。あれは一体どんな技だったんだ?」
「知らないの」
「は?」
「おかしなことに、そんな技や魔法は私自身使えない。いえ、知らないものなの」
そしてラグナは声を押し殺して告げた。
「気をつけて。もしかしたらその技は、何かが私に使わせたものかも知れない」
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