第95話 不死の魔王様は寂しかった
トラックはレソツ魔王国の旧首都に入った。
崩壊しつつも建ち残る建物群には時折骨だけとなったスケルトンの姿が見えた。
彼らには気力が無いのか、トラック見ても何ら反応を示すことはなかった。
シの街を何ら障害無くトラックは進み、やがてその中心、死城へと辿り着いた。
城門の前には1人のスケルトンが直立しており、運達がトラックを降りて近付くと礼儀正しく一礼をした。
「お待ちしておりました、勇者様、聖女様。私は魔王の補佐を任されておりますアルカナと申します。以後お見知り置きを」
「話が早いようだな。俺は日野運、一緒にいるのは久遠に五十鈴、それから……」
「存じております。お久しゅうございます黒金様。心よりお待ちしておりました」
「遅くなり、しかも会いにも来てやれず申し訳なかった」
「とんでもありません。不老不死の黒金様のお命を魔王様がお吸いになれば、更なる苦しみとなることを慮ってのこと。今や魔王様もそれを理解していらっしゃいます」
「……そうか、解ってしまうようになったか」
「強く、美しく成長なさいました」
「辛かったであろうな」
「ラグナ様の反応が途絶えた時から、静かに最期の時を待っておられます」
アルカナは表情も表現できぬその骨の顔に影を落とし、暫く言葉を止めたあと、道を開け、城門の中に一行を促すように手を向けた。
「さ、まずは中へ。何分物資が無く、何らおもてなし叶わぬことが心苦しゅうございますが」
こうして一行はアルカナ案内のもと、死城内へと通された。
「俺が思っていた魔王城に乗り込む勇者パーティのイメージとは違うな」
「良くあるゲームの方が変なんだよ。普通、数人でカチ込んでもボコられるだけでしょ?」
「配下を勇者達が倒せるよう小分けにして、宝物も配置して、魔王様も大変ですね」
3人が小声で話しながらアルカナについて行くと、やがて大きな扉の前に着いた。
「魔王様はこちらにいらっしゃいます」
運達が頷くのを確認して、アルカナはその扉を開け放った。
広い玉座の間の一番奥。たった一つ置かれた豪華な玉座にて待つ、死の国で唯一肉体を持つ不死の魔王。
「わ~はっはっは! 待っていたのだ、勇者達よ!」
うら若き女性の姿をしながら、まるで幼女のように天真爛漫な魔王。
「我が名は魔王カスケディア! お前達には、お前達には……えっとぉ……」
「いけませんよ魔王様。こちらは助けていただく立場なのですから。もっと丁寧に言わないと」
歩いて魔王の傍に移り、優しい口調で嗜めるアルカナ。
「わ、わかっておるのだ」
アルカナに取り繕い、咳払いをして魔王は仕切り直す。
「わ、私は……30年も1人で、寂しくて、辛くて、腹ペコで、死にそうだったのだ……」
そう言ったきり、カスケディアはポロポロと大粒の涙を零し始めた。
「死にたかったのだ……」
「カスケディアや。長い間、すまなかった」
優しい微笑みを湛えながらも同じく涙を流したトラ仙人が語りかけた。
「お爺ちゃん……」
「ようやくその苦しみから解放してやれる」
「……うん」
それきり言葉を交わさなくなった2人を見て、運は言った。
「わり、俺ちょっとトイレ。暫くしたらまた来るわ」
「ちょっ、お兄ちゃん言い方! ……でも私も」
「うふふ。では私もご一緒に」
「それでは皆様、アルカナめがご案内いたします」
こうしてラストダンジョンさながらの死城最深部、魔王との邂逅は開始直後にトイレ休憩とされた。
「暗黒王よ、改めて礼を言う」
再び玉座の前に戻った運にトラ仙人が言った。
「俺達はオーバーズが必要なだけだ、礼には及ばねぇ」
「ならば差し出がましいことじゃが、一つ、頼みを聞いて欲しい」
「何だ?」
「オーバーズを手中に納めたあかつきには、ワシ等2人の命を、レソツ魔王国の国土、国民に還して欲しいのじゃよ。ワシ等は罪無きものの命を吸い過ぎてしまった……僅かでもそれを返したい」
「それにも及ばねぇだろ。オーバーズの暴走さえ止めてしまえばエターナルホーリーでこの地に命は戻るんだ。老師達がそこまでする必要はねぇ」
「じゃが、それには時間を要する……いや、これは方便じゃな。きっとそれすらお主等ならばすぐに成し遂げてしまうのじゃろう……正直に言おう」
トラ仙人とカスケディアは正面からしっかりと運を見た。
「ワシ等の本当の願いは、命を失うこと」
「……」
「長い時間を彷徨った果て、『生』に絶望したワシ等を救えるものは、最早『死』をおいて他には無い」
「カスケディアも、それを望むのか」
「良いのだ。私も、お爺ちゃんの気持ちが解るのだ」
「……仕方ねぇな」
運は頷いた。
「いいの? お兄ちゃん」
「ああ。だが久遠はオーバーズをカスケディアから引き剥がしてくれればそれで良い。そこから先、オーバーズを使って2人の命を奪うのは、俺の仕事だ」
「うん……わかった」
久遠はゆっくりと頷いた。
「それじゃあトラ仙人さん、カスケディアちゃん。始めるよ」
深く頷く2人を見て、久遠は唱えた。
「エターナル・ホーリー」
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