第91話 VSドラゴンゾンビ(2)


「五十鈴ーーーっ!!」


 すぐさま五十鈴を追って地上に降りた運は五十鈴を車内に収容するべく、一時トラックを収納した。


「五十鈴っ! しっかりしろっ!」


 横たわる五十鈴を抱き上げるも、既に五十鈴の意識は無かった。


「安心して。五十鈴ちゃんのダメージは僕達が抑え込んだから」


「だが、残念なことに私達はもう、しばらくは戦えんのう」


 シルフとノームが姿を現して言った。


「五十鈴の命があれば十分だ。ありがとう2人とも」


 そう言っているのも束の間。


「お兄ちゃん! ブレスが来るよっ!!」


「解ってる!」


 運は倒れた五十鈴をトラックに収容し、即座に上空から降るブレスをかわした。


「久遠、早く五十鈴にヒールを」


「解ってる。でも、意識までは戻らないよ」


「それでも良い。とにかくヒールを」


「解った。けど、もうこれ以上は保たないよ! 一度撤退しよっ!」


 しかし運は撤退の素振りを見せず、ラグナの攻撃をかわしながら反撃の隙を窺っていた。


「どうしてお兄ちゃん? 3人で戦っても無理なのに、状況は悪くなる一方なのに!」


「撤退の猶予はねーかも知れねーんだ」


 悲痛な面持ちで運は言った。


「どうして? どういうことなの?」


「五十鈴の、身体を良く見てやってくれ」


「五十鈴さんの? ……なに、これ……」


 久遠が持ち上げた五十鈴の腕には黒いアザがまるで何かの紋章のような形となって浮かび上がっていた。


「お兄ちゃん、これ、私のヒールでも治らない……」


「ヤベー気がすんな……もしかしてこれが命を吸われるって現象じゃねーのか?」


「うそ……どうして……」


「解んねー。もしかしたら五十鈴だけトラックの外で戦っていたからかも知れないし、さっき撃ち落された時に死の大地の灰に塗れたからかも知れねーし……」


「うそっ!? じゃあさっき五十鈴さんを収容する時に大地に降りた私達は……?」


「残念ながら、ご名答」


 そう言って持ち上げて見せた運の腕には徐々に広がりを見せつつあるアザがあった。


「シルフや。これは、まさか……」


「ああ、間違いない。僕も昔、風の噂で聞いたことがある」


 ノームとシルフが声だけで言った。


「僕が聞いた話では、30年前の事故の時、辛くもレソツ魔王国からカヨタ獣王国に避難してきた魔族の中に、同じような症状が現れる者が多くいたという」


「それはどんな症状なんだ?」


「もう君は言わなくても解っているんじゃないか。命を、失う病気だよ」


「……どうやって治すんだ」


「方法は……ないよ。致死率100%、身体を蝕むように広がる黒いアザがまるで紋章のように見えることからこの名がついた。黒紋病こくもんびょう、死の宣告さ」


「うそ……うそ、嫌だよ、こんな終わり方……」


 慄く久遠の身体にも小さな黒点が出現し、広がり始めた。


「諦めんな。方法が無いとは言え、それは誰も試せていないだけかも知んねぇ」


「そんな。一体どんな方法があるって言うのお兄ちゃん!」


「解らない。ただ、あのドラゴンを倒す。そうすれば何か可能性が見つかるかも知れない」


「そんな! 五十鈴さんがいたのにあんなに押されていたんだよ!?」


「だが見ろよ。五十鈴はラグナの腕を切り落とした。ダメージが無い訳じゃない」


「それは……」


 トラックはラグナの攻撃をかわしながらその隙を探した。


「見ろよ、腕を失ってバランスでも悪いのか? さっきまでの動きと違うぜ! これならっ!」


 ようやく掴んだ切り口から、ついにトラックはラグナの胴体に渾身の突撃を加えた。


「おらあああぁぁぁぁっっ!!」


 叫びながら全力でアクセルを踏み付ける運であったが、それでもなおラグナは押し切れず、残された手で払うように再び地面に叩き落とされた。


「くそっ! 今のは完全に決まってただろ!」


 必死に上空をにらみ返す運に、ナヴィが車内のオーディオ機能を用いて誰もに聞こえるように言った。


「マスター……そのことでお伝えしないといけない事態が生じました」


「ナヴィ、悪いが今それどころじゃねー」


「いえマスター。それが、今まさに戦っているラグナについての情報なのです」


「ラグナの? 一体どういうことだ」


「先程マスターが与えた有効打の際、ラグナ側に発生していたエフェクトについてです」


「一体何だよ? 物理無効化か? 魔法無効化か? 悪ぃがそんなモンとばっかり戦って来たもんでよ、そんな程度じゃ俺様は止まらねぇぞ」


「残念ながらマスター……ラグナの発動した効果は無効化スキル等の類ですらありませんでした」


「なに……?」


「ラグナは五十鈴嬢の一撃を機に……権限を発動し、破壊不能物質となりました」


「つまりどういうことだ?」


「これによりラグナは、高次元体もしくはそれに準じるものの機能を用いることでしか倒せない存在へと昇格しました。またこれは権限による効果であるため、魔力等の数値によって有限化されていない永続効果であることを申し添えます」


「なん……だと……」


 それを聞いて、運のハンドルを握る手は力無く落ち、トラックはその動きを止めた。


「マスターの勝率は……0%です」


「ははは……例のパートリリオンとかですらねーのかよ」


「お兄ちゃん?」


「ははは……こりゃ無理ゲーだ」


「どうしたの? 諦めるなって、さっきお兄ちゃんが言ったんだよ?」


「悪ぃな久遠、こんな所まで連れて来ちまって」


「うそ。嫌だよ、そんなこと言って……ほら、最後まで抗えばきっと何かが起こるよ」


「悪ぃ……トラックも俺も、ガス欠で動けなくなっちまった」


「いや……お兄ちゃん、いや……」


 そしてそこへ高速で迫り来るラグナ。この世の何を以ても倒すことのできない存在がその剥き出しの破壊衝動のままにトラックを消し去ろうとしていた。


「だめえええええええっっっ!!!!!」


 久遠が叫んだその時だった。叫びと共に久遠を中心として広がっていく眩い光。


 そんな王道パターンで発動した力こそまさしくホーリー。


「ダメ、絶対!」


 激突不可避と思われたラグナはトラックにぶつかる直前、久遠から放たれた光に内包された瞬間にその動きを完全に止めていた。


「久遠、お前……何だよその力は……」


「解んない! 解んないけど! みんなは絶対に、私が守るんだっ!」


「おい嘘だろ? 俺や五十鈴、久遠の黒紋も消えちまった……まさかこれがホーリーって魔法なのか?」


「知らない! 解んないよ! でも、解んないままでも何でも良い! 私は戦うことが出来ないから! 治すことしか出来ないから! その代わり何が何でも治してやる! 仲間も、トラックも、黒紋病も、死の大地も、ドラゴンゾンビだって何もかもっ!!」


 やがてその光に当てられたラグナの肉体から、蒸発するように黒い煙が浮かび始めた。


「凄ぇ。もしかしてラグナ自身は破壊不能でも、死んだラグナの肉体を動かしてる何かはこの光に耐えられないんじゃないのか……?」


「いいよ別に攻撃魔法なんかじゃなくっても! 治して、治して、治しまくって! ラグナさんが暴走しなくても済む状態まで完全に治しまくるっ! 私には最初からこれしか出来ないから、もう私のホーリーはこれで良いっ!」


「ラグナの腐った肉体が修復されていきやがる……破壊不能とは言っても、治すことまで禁止設定されてる訳じゃねーんだ……こんな方法があったなんて……」


「もう少し、もう少しで完全に治せるよっ!」


「いや待て! ラグナの様子がおかしい、ドラゴンの形態から人間の女の姿に変わってきやがった! まだ何か残してんのかよ!」


 やがて完全に人の姿となったラグナはまるで石像のように無機質でありながらも、踊るように身体をしならせて天を仰ぎ、その両手を空に向けて制止した。


「気をつけろ久遠、何か来るぞ!」


「解ってる!」


 次の瞬間、荘厳な鐘の音が響くような音と共に、ラグナから波紋のように広がる円環の白い光が発せられた。その円環には黒紋病で浮かび上がった紋様に似た模様が呪文のように書き記されている。


「これ、触れたらやべー奴だぞ!」


 運は本能的に叫んだ。


「やああああっ!」


 それは久遠自身にも何をどうしたのかは解らない。それに対抗するための気迫をホーリーが形に変えたのか、久遠からも同じ円環の光が発せられ、両者が発した円環は互いにぶつかりあった所で中和されたかのように消え去った。


「次が来るぞ久遠!」


 ラグナから次なる漆黒の円環の光が発せられた。


「色を変えてきたってっ!」


 久遠も気迫で黒の円環を放ち、同じように互いに中和し合って消えた。


 その鐘の音と共に発せられる円環の応酬はやがて激しさを増しながら、陰陽織り交ぜて知覚すら追い付かぬような速度で目まぐるしくやり取りされた。


「絶対に負けないっ!」


 久遠はその円環の波を研ぎ澄まされた集中力で全て的確に中和し尽し、ラグナが最期の力の一滴を振り絞るかのように発した円環をも、見事に消し去った。


 そしてラグナの石像は天を仰いだまま、完全に静止した。


「今だ久遠っ! 全回復させちまえっ!」


「いけっ! 私のホーリー!! やああああああっっっ!!!!!」


 久遠の咆哮と共に放たれた眩い光がラグナの石造を完全に飲み込むと、やがて石造の表面は剥がれ落ちるかのように崩れ始め、その中から出て来た完全に人の姿をしたラグナの身体は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちたのだった。

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