第88話 オーバーズと守護者
トラハウスのドアを潜った瞬間、運の身体は再び外へ吹き飛んでいた。高い身体能力を持つ獣人族のアクトロスが飛び付いてきた衝撃によって。
「ニャ~ん! これから末永くよろしくニャ~、運にゃ~ん!」
「お兄ちゃんおめでとう。念願の可愛いネコ耳奥さんをゲットだよ」
「運殿。これを機にアンとカヨタ獣王国はめでたく国交が始まることになりそうです」
少しやつれて見える久遠と五十鈴が顔を覗かせて言った。
「そんなことより久遠。早くヒールしてくれ、今ので骨が何本か逝った」
「ニャ~!! 運にゃん酷い怪我! 老師様、そんなに激しい修行だったニャ~!?」
「「お前だよ」」
と言った茶番を経て一同はトラハウスで一休み、更なる情報の共有を図った。
「さて暗黒王よ。お主はあの空間で何を見てきた」
「色々見えたな。俺達が元いた世界に良く似た世界に、見たこともない生物が住む世界も」
「そう、それも真理の一つじゃ」
トラ仙人は深く頷いた。
「この世界は、言わば一つのホーム画面に存在する幾つものゲーム群。ワシ等がいた世界も、ここエヒモセスも、その中の一つに過ぎんと言う訳じゃ」
「マジか……」
「何のスキルやレベルが存在しない世界もあれば、剣や魔法の世界もある。異世界転移とは、即ち主人公をそのままに別のゲームソフトに切り替えて遊ぶようなものじゃ」
「なんか、それって……」
久遠が気付いたように言った。
「薄々とは気付くじゃろう? その存在に」
「このゲームを遊んでいる誰か……ってことですね?」
五十鈴も神妙な面持ちで続いた。
「神、創造主、プレイヤー……まぁ呼び方等どうでも良いじゃろう。どうせワシ等には知覚すら出来ん高次元体、気にするだけ無駄じゃ」
「まさか老師、俺達はそんなのを相手にするのか?」
「お主はアホか。そんなの敵う訳ないじゃろう。確かに身の程も弁えず神に挑む系ゲームやマンガ等は良くあるがのぅ。中には
「トラ仙人さん……本当に真理を見てきた仙人さんだったんだね……」
久遠が関心したように言った。
「ただし、相手にするのはそんな高次元体の遺物と言っても良い」
「「遺物?」」
「お主等とて、例えばゲームやマンガを楽しむ時、主人公だけが特別な力を授かり悦に入る気持ちは解るじゃろう?」
「そりゃあな」
「高次元体とて同じなのか、この世界において理を超越するための存在を幾つか残して行ったのじゃ」
「それ、社長が言っていたな。そうか、世界の理を超越するものとは、高次元体がこの世界で遊ぶ時に俺ツエーするためのツールみたいなもんだったのか」
「そう。そしてその世界の理を超越する存在をワシ等はこう呼んでおる、オーバーズと」
「「オーパーツ?」」
「オーバーズじゃ」
トラ仙人は譲らぬ語気で訂正した。
「いよいよオーバーテクノロジーとかロストテクノロジー的な枠が出てきたな」
「しかもお兄ちゃん、メタフィクション要素まで含まれてるっ!」
「流石は異世界なんでもありのエヒモセス。細かいことは気にせず楽しみましょう運殿!」
「お主等、もう少し緊張感を持たんかい」
トラ仙人はため息を吐いた。
「オーバーズは元々高次元体が用いるために作られた物。それ単体で途方も無い力を発揮する訳でもあるが、そんな物をワシ等が使おうとすれば例外無く手に余るのじゃ」
「だろうな」
「じゃが、オーバーズには他にも共通した機能があることが判っておってな」
「「共通した機能?」」
「そう、それは高次元体が用いるべきコンソールとしての機能じゃ」
「解って来たぞ。つまり異世界転移にはオーバーズのコンソール機能が必要って訳だな?」
「左様。しかし、そんな力を持ったオーバーズを高次元体が野放しにしておく訳はないじゃろう? 当然のようにそれを守護する存在をこの世界に残していた」
そこで心当たりに至った五十鈴が発言した。
「レベル、スキル、魔法……そんな次元ではなく、人間がどうこう出来る存在ではない……それはドラゴンのことですね?」
「そうじゃ。ワシも聞き及んでおるよ、暗黒王が倒したドラゴンの話を」
「だけど結局後で解ったんだが、その時ダイナはまだ完全な力を持っていた訳じゃなかったんだ」
「じゃろうな。じゃが、実はそれすらもまだ見誤っておる、本来のドラゴンの力を」
一同は固唾を呑んだ。
「高次元体によって破壊不能『設定』されている存在……それもまた、一つの不死よな」
「設定……されている?」
その意味を理解していながら、それを拒むように思考停止した表情で運が零した。
そしてそれに追い討ちを掛けるようにトラ仙人は続けた。
「それがエヒモセス原初のドラゴン、ラグナ」
「「ラグナ!?」」
「その反応。どうやらその名くらいは倒したドラゴンから聞いているようじゃの」
「聞いてるも何も、その名はダイナの母親の名前じゃねーか」
「そうか……それは大変辛いことじゃの」
トラ仙人はその表情に暗い影を落とした。
「じゃが、いずれ解ることじゃ。この際言っておこう。お主等が倒すべきは不死の魔王ではない。オーバーズを手に入れるため、真に倒すべくはその守護者。高次元体により絶対に倒せぬ存在として設定された原初のドラゴン、ラグナ」
「……マジか」
「断言しよう、今の魔王には戦う意思すら皆無であると」
「倒してやれだの、救えなかっただの、不死の魔王に対する口ぶりがどうも変だと思ってはいたんだが、そういうことだったか」
「言っておくが、ワシや弟子は勝てなかったぞ、原初のドラゴンに。……お主ならできるのか?」
「ああ。できるね」
運は即答した。
「俄然燃えて来たぜ。社長が倒せなかった奴を俺が倒したとなれば……要するに俺の勝ちってことで良いな?」
そして運は不敵に笑って見せた。
「そそるぜ、これは」
「いやいやいやいや」
良いところで締まりそうな場面で久遠が割って入った。
「お兄ちゃん。何気にぶっ飛ばす宣言してるけど、ダイナちゃんのお母さんだよね?」
「そうですよ運殿。少し割り切り過ぎではありませんか? 今や運殿の義理のお義母様にも当たるお方なんですよ?」
「ま、そう思うところもある。が、聞いた話を総合すると少し事情が変わって来るだろ」
「「事情?」」
「前にダイナが言っていたよな、代替わりしたって。普通に考えて長命なドラゴン、しかも原初のドラゴンなんて奴が都合良くここ数十年のうちに死んだりするか?」
「「確かに」」
そして五十鈴が首を傾げた。
「一体、何が起きたのでしょうか」
「何言ってんだ。俺達はもうその爆心地の目前まで来ているんだぜ?」
「「!? レソツ魔王国の事故!?」」
「だと考えるのが妥当だろうよ。で、レソツ魔王国では30年前の事故以来、立ち入れば何かに命を吸い取られちまうんだったな?」
「「!?」」
驚く久遠と五十鈴を余所に、運はアクトロスとトラ仙人に視線を向けた。
「流石は運にゃん、獣人族以上に良いカンしてるニャ~。旦那様として申し分ないニャ~」
そう言ってアクトロスもまたトラ仙人に視線を向けた。周囲からの視線が集中し、トラ仙人はゆっくりと口を開いた。
「そうじゃ……原初のドラゴンラグナは今、ドラゴンゾンビじゃ」
それを聞いて久遠と五十鈴は言葉を失った。
「30年前、レソツ魔王国で起こった悲惨な事故……オーバーズの暴走から世界を守るため、守護竜はその力の全てを以てその暴走を抑え込んだのじゃ」
「破壊不能設定はどうなったんだ?」
「オーバーズも、原初のドラゴンも、言わば高次元体の遺物。即ち同格の存在じゃよ。しかもそのオーバーズが元々持っていた性能の相性が悪すぎたのじゃ」
「どんなオーバーズだったんだ?」
「あらゆる命のやり取りを可能にする装置じゃった……魔王ヴェルサティスが不老不死を望むようになった所以じゃな」
「……色々な法則ごとぶっ壊してんな」
「高次元体の遺物じゃからな。本来であればエヒモセスなど消滅して当然の暴走。それを同格の守護竜が封じたからこそ、高々一国程度の犠牲で済んだと言っても過言ではない」
「その代償として、ラグナは命を落としたんだな?」
「左様……そして、今なおレソツ魔王国には立ち入る者全ての命を吸い取るオーバーズと、命無き異形の者だけが残されていると言う訳じゃ」
「またいつか、そのオーバーズが暴走する可能性はあるのか?」
トラ仙人は力無く首を振った。
「解らぬ。立ち入れば命を吸われるばかりか、自我を失ったドラゴンゾンビが死してなおオーバーズを守ろうと立ち塞がっているのじゃ、誰にも確かめようが無い」
「……俺達は、そんな所に行こうってのか」
「臆するのも無理はない。お主等が目指していたレソツ魔王国は、最早かつてそう呼ばれていた国の姿ではないのじゃから。レソツ魔王国の首都レソツ。今やその名を失ったお主等の行く先を呼ぶならば、命有る者の辿り着く場所、最果ての地『シ』……」
「死の国かよ……絶望感しかねぇな」
「じゃが、ワシがお主等に光を見たのもまた事実。聖なる光が死を遠ざけ、積る灰を吹き払う風と大地に命を運ぶ大精霊すら従え、どんな困難をも薙ぎ倒して進む勇ましきトラックが、何の因果かこうして一堂に会しているのじゃからな……お主等なら、もしや」
トラ仙人は僅かに笑みを浮かべ、運達を見た。
「そう思うと不思議な縁だな、俺達は」
運が左右の久遠、五十鈴に目をやると、彼女らは力強く頷いて返した。
「お兄ちゃん。大型トラックなんだから、運転も運命も巻き込み注意だよ?」
「運殿。設定も何も、全部荷台に放り込んで最後まで運び切ってやりましょう!」
「……だな」
そんな2人の強い意志に背中を押されるように、運は固く拳を握った。
「いくら相手が破壊不能設定された不死のドラゴンだろうと、ゾンビになった母親の姿なんてダイナにはゼッテー見せらんねー。もちろんアンから援軍も呼べねー。呼べば真っ先に来るのが最有力戦力のダイナだからだ。……解るな?」
久遠も五十鈴も力強く頷いた。
「ここにいる俺達だけでやるぞ」
「うん……倒そう、私達で」
「せめて、安らかに眠れますように」
運、久遠、五十鈴は視線を交えてその決意を固めた。
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