第87話 トラックドライバー


「ちくしょう、一体どうして……」


 運はトラックに乗り込み、急いで裂け目の出口に向かって飛び出そうとした。しかしその空間内にあって運は思うようにトラックを動かすことができなかった。


「やべぇ。これ脱出できねぇと相当やべぇんじゃねーか?」


「ま、そうなれば命の保障はできんのう」


 トラ仙人は笑って言った。


「じゃが、お主の目的を考えれば、これは避けては通れんだろうよ」


「確かに。黒騎士も五十鈴に異空間に叩き落されながら脱出して来やがったしな」


「なぁに、そう身構えることはない。言うたであろう? ただの気付きじゃと」


 トラ仙人は自身の顎鬚をさすりながら言った。


「トラック気とはトラックに流れる気。じゃが、それを捉えようとする前に、お主には知っておくべきことがある」


 そう言ってトラ仙人が手を動かすと、その空間から不思議な光を放つ欠片が剥がれ落ち、運の身体に取り込まれて行った。


「ホーム? 切り替え? 何だ? 良く解らない情報みたいなものが勝手に俺の中に流れ込んで来る……」


「それは真理の欠片。この時空を超える空間には様々な時代、色々な場所、そして数多の人々の想いや記憶が集っている。それらは総合してみれば世の真理とさえ呼べるもの」


「凄ぇ。色んな情報が溢れて来やがる」


「流石じゃ。早くも自ら真理に手を伸ばし始めるとは……しかし、油断は禁物じゃ」


「どういうことだ?」


「お主も知っているであろう? トラック気は異世界に続くトンネルにおいて、自分自身を守る役割を持つ。ところが今のお主はどうじゃ? その空間に身を置きながら未だそれを発現していない……お主、背中がすすけとるよ」


「嘘だろ!? 煤けてると言うより、身体が透けて来ちまった」


「当然じゃ。膨大な情報の海にあっては、ひと一人など取るに足らん存在。お主がお主以外の情報を得れば得る程、相対的に元々のお主自身は薄まっていく」


「ど、どうすりゃいいんだ」


「真理を知れ、日野運。その上で自分自身を知れ」


「俺自身……?」


「そうじゃ。お主とは一体、何者なのじゃ?」


「俺……俺か……?」


 運は自分の手を見つめて暫く考えを巡らせ、やがて一つの答えに辿り着いた。


「俺は、トラックドライバーだ!!」


 その瞬間、黄金に輝くオーラを放ちながら、瞬時に時空の裂け目から飛び出す運。


「おお。どうやら気付いたようじゃの」


「そうみたいだ。……気付いてみれば単純な話だったんだな」


「そうじゃ。己をトラック乗りだと自覚できんような奴にトラック気など掴めるはずがないのじゃからな。そしてその強い自分自身の認識は、例えどんな状況にあっても揺るがぬ力となって輝くじゃろう」


「これだ。この力があれば俺は……」


「こりゃ。調子に乗るでない!」


「いて」


 勇む運を嗜めるように、トラ仙人は手に持った杖で運の頭を叩いた。


「いくらトラック気が使えるようになったところで、それではただ腕っ節が強いだけのこと。お主の目的を考えれば、まだまだ道のりは長いのじゃ」


「だけど、この力があれば不死の魔王だって倒せるんじゃないのか?」


「甘いのう。実に甘い。高々それしきのことで解決が図れるならば、とうにワシや弟子が何とかしておるわ」


「一体何がそんなに問題になっているんだ?」


「ふむ……」


 トラ仙人は顎鬚に手を当てて考えた。


「それにはまず、世界の真理について話してからにしようかの」


「世界の真理……って、さっき俺の中に流れ込んで来たものか」


「左様。しかし、そうじゃの。ここから先はトラハウスに戻って奥方様を交えての話にしようかの。ずっと立ちっぱなしじゃとワシ、腰が痛くなってしまってのう」


「歳取ってから不老って言うのも考え物だな」


「女性陣による戦争の行方も気になる頃じゃしのう」


「げぇっ……ろ、老師、もう少しゆっくりしていかないか?」


「ほっほっほ。さてはお主、家に帰りたくない系の夫じゃな?」


「そ、そんなことはねー。俺は愛妻家だ! ……て言うか、口ぶりからしても何か変だし、老師は本当に60年前の人間なのか?」


「ほっほっほ。それが真理を知ると言うことじゃ。遠い過去から、人類が未来に手にするであろう技術まで、全ての情報があの空間には漂っておるのじゃから」


「あ~……仙人とは良く言ったものだなってのがようやく解ってきたよ」


 2人は揃ってトラハウスに足を向けた。

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