第86話 仙人
「老師、こちらはキャンターさんの紹介でやってきた勇者さんと聖女さんニャ~」
「お初にお目にかかります、日野運と申します。社ちょ……枢機卿より手紙を預かって来ました」
運はトラ仙人に手紙を渡し、トラ仙人はその場でそれに目を通した。
「ふむ……お主、なかなかに面白い人物のようじゃの。そうか、お主がかの悪名高き暗黒王であったか」
「ニャ? 暗黒王とは聞いてなかったニャ~」
「すまん、完全にタイミングを逃していた。アクトロスが王女とか言うものだから、下手したら外交問題とかに発展するんじゃないかと変に考えちまってな」
「アクトで良いニャ~。それに多分それ、私じゃなかったら大騒ぎニャ~」
「重ね重ねスマンな。正規に申し入れようにも、お前らまともに国交しねーから。正直、黙ってりゃスッと通り抜けられるとさえ思ってたよ」
「ニャハハ~。正直過ぎてむしろ清々しいニャ~」
「後で獣王にも正式に詫び入れっからスマンが許してくれ」
「あ~、そういうのも要らないニャ。獣王も面倒なのは嫌がる質ニャ」
「聞いてた以上に大らかなんだな、カヨタ獣王国は」
「気に入ってくれたかニャ?」
「ああ。出来ることなら国同士でも仲良くしたいぜ」
「ニャ~! それは丁度良かったニャ~」
「ちょうど?」
「運にゃん、それなら私と政略結婚するのニャ~!」
そう言ってアクトロスは屈託なく笑顔を向けた。
「!! 五十鈴さんっ!」
「了解ですっ!」
その瞬間、運の首筋の裏に素早い何かの影が通り過ぎ、運は気を失った。
「ニャッ!? 恐ろしく早い手刀だったニャ~」
「アクト殿、まさかこれを見抜きましたか」
「これは私じゃなきゃ見逃しちゃうニャ」
五十鈴とアクトロスはニヤリと視線を合わせた。
何故か会話中に気を失った運が目を覚ますと、そこはトラハウスの中だった。
「いきなり倒れてしまってすみません。俺、長距離の旅で疲れが溜まってたのかな……」
不自然に咳払いをする五十鈴を不審に思うことなく運はトラ仙人に頭を下げた。
「良い。それに変に気を遣った言葉遣いも不要じゃよ。お主、暗黒王じゃろう? 敬語を使われると全身がムズ痒くなるわい」
「そうか? それなら仕方ないな」
運は開き直った態度でこれまでの経緯をトラ仙人に説明した。
「魔王を倒してやれ、太一の奴がそう言っていたか」
「確かにそう言った。まるで魔王を知っているかのようにな」
「そうじゃな。じゃが、結局は奴にも魔王を救ってやることは出来なかった……お主が望むのであればトラック気の扱い方を教えることも吝かではない……が、お主ならその魔王を倒せるとでも言うのか?」
「そんなことは解らねぇ。だが、乗り越えなきゃ先へ進めねぇなら踏み越えて行くまでだ」
「良かろう。ではお主はワシについてまいれ。アクトや。その間、奥方様の話し相手を頼んでも良いかな?」
「了解ニャ~。ちょうど奥さんズに嫁入り相談がしたかったところニャ~」
「「!?」」
突如不穏な空気を醸し出す女性陣。
「ろろろ、老師。早く修行を始めてくれ」
「そそそ、そうじゃの。早速ついてまいれ」
運とトラ仙人は急いで外に逃げ出した。
「どれ、女性陣の戦争が激しくなる前に済ませようとするかの」
「トラック気の修行って言うのはそんなにすぐ済むものなのか?」
「それは人によるがの。言ってみれば自転車の練習のようなものじゃ。出来る人間には一瞬で出来る、ちょっとした気付きのようなものじゃからな。特にお主の場合は既に何度か発動しているのじゃろう? ならば余計にすぐに済むじゃろうて」
「なら有り難いんだが」
「なぁに、転んで大怪我することは稀じゃ」
運はトラハウスから離れていくその道すがらに問うた。
「老師は社長にもトラック気の使い方を教えたんだろ?」
「そうじゃな」
「乗ってる軽トラもかなり年代の古いものに見えるが」
「ワシの可愛いベビー号か? 確かに最初期の軽トラじゃな」
「一体どれほど前からエヒモセスにいたんだ?」
「ふむ、かれこれ60年は滞在しておるかのう」
「それじゃあ、随分と若い頃に来たんだな」
「そうでもない……5才の孫もおったでの」
「孫!? ……ん? それじゃあ一体今、何歳なんだ?」
「さてのう。まだ140には達していないと思うが」
「どうしてまた、そんな歳になってからエヒモセスに来ちまったんだ?」
「自殺じゃよ」
「うわ」
「農作業中にバック操作を誤って孫を撥ねてしまっての……ワシを恨む嫁の視線に耐え切れず、トラックの中で練炭自殺を図った。そして気が付けばここに」
「笑えねぇ……免許返納制度の無い時代の弊害だな」
「その上、自ら死を選んだくせに、いざ死ぬとなった時には醜くも死にたくないと願っていたようじゃ……ワシに与えられた能力は不老不死じゃった」
「予想外に重い話だな」
「じゃが、ここに至って不老不死とは、最早ただの罰、呪いじゃな」
「不老不死か。確か魔王ヴェルサティスがそんな力を求めていたと聞いたな。そんなに長く生きていたのであれば、レソツ魔王国で30年前に起きたとされる事件についても何か知っているんじゃないのか?」
「ふ。魔王ヴェルサティス。ヴェルサティスか……」
「?」
「さて、この辺りで良いかの」
運が不穏に笑ったトラ仙人の方へ目を向けると、そこにはかつて黒騎士が見せたものと同じ時空の裂け目が口を開いていた。
「老師?」
運が疑問を呈した時、スッと音も無くトラ仙人の姿は消え、次の瞬間には運はその背中を時空の裂け目に向かって押されていた。
「うわっ! 何する……」
為す術無く時空の裂け目に落ちて行く運が振り返ると、その淵に立って見下ろすトラ仙人は緩みの無い表情で言い放った。
「悪いが、お主には時空の裂け目に落ちてもらおう」
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