第83話 獣王国と魔王国への道のり


 獣王国へと向かうトラックの中はいつも通りの3人で和気藹々としていた。


「トラックの旅も久しぶりだな」


「それもお兄ちゃんと五十鈴さんの3人でね」


「遊びではないですが、楽しみですね」


「抜け駆けのチャンスだもんね、五十鈴さん」


「? 何のことです久遠殿?」


「五十鈴さんは何人くらい子供欲しいの?」


「へわっ!? なな、何をいきなり?」


「私はね~。お兄ちゃんと2人兄妹だったし、やっぱり2人かな~」


「そんな……それなら私は1人っ子で、ミューやフィリーが姉妹のようにいてくれたから嬉しかったこともありまして……やはり3人くらいが……ごにょごにょ」


「そっか~。そうすると妻は8人だから、子供は全部で20人位になるのかなぁ」


「な、何て話してんだお前ら」


「明るい家族計画だよっ」


「眩しんだが」


「ふふふ。浮気なんかしたらもっと大変ですね、運殿?」


「げぇっ……し、しねーよ俺は!」


 運は窓の外に視線を逃がした。


「ぽよ?」


 その時、静かになった車内に小さな声がした。


「今何か聞こえなかったか?」


「聞こえた。もしかしてサフちゃん?」


「ぽよっ!」


 サフランが急に久遠の足元から飛び出して来た。


「わ! ビックリした!」


「おい久遠! 飲み物こぼれてる!」


「わ~! ゴメーンお兄ちゃん!」


 トラックは荒野をフラフラと蛇行する。


「ったく……シートに染みが残っちゃうだろ。ちゃんと拭いとけよ~」


「ゴメンてば~」


「にしても、こいつ、さっきまで見送る側にいなかったか? 一体いつの間に?」


「どうしたのサフちゃん? 寂しくなっちゃったの?」


「ぽよ~……」


「仕方ないな~。お兄ちゃん、連れて行っても良い?」


「ん~。ま、平気だろ。それにそいつメチャクチャ強いから戦闘じゃ頼りになるしな」


「それなんだけど……駄目だよお兄ちゃん。サフちゃんは戦えないよ?」


「どうしてだ?」


「強いとか弱いとかじゃなくって、敵意を向けられるのが恐いみたい。この間、黒騎士にやられちゃったのがトラウマになっちゃったみたいで……遊びだったら平気なんだけど」


「最強の能力に、最弱のメンタルだな」


「いいの! サフちゃんは私が守ってあげるんだから」


「ぽよ~」


 サフランはその言葉に安心しきったように久遠の膝の上で垂れた。


「ま、なんにせよ、そいつがいる分には癒されて良いよな」


 運はそんなサフランの様子を一目見て軽く笑いながら視線を前方へ戻した。


「ところで、カヨタ獣王国とレソツ魔王国ってどんな所なんだ?」


 運の問いに久遠と五十鈴は一度目を合わせて答えた。


「それが、私も五十鈴さんも一度も行ったことが無いんだ」


「特にカヨタ獣王国はイロハニ帝国との国境が緊張していましたからね」


「カヨタ獣王国ってのは好戦的なのか?」


「好戦的だったのはイロハニ帝国側。今はお兄ちゃんに手酷く無双されて大人しいけど」


「獣人族は元々おおらかな性格の方が多いとも聞きますしね。それでもイロハニ帝国が侵略してくれば応戦せざるを得ない、カヨタ獣王国側はそんなところでしょうか」


「なるほどな。それなら今は割とノンビリしてんのかな」


「そうだと良いですね」


 そこで運は思い出したように続けた。


「そう言えば、かつて勇者パーティはカヨタ獣王国を通ってレソツ魔王国へ行こうとしてたんだよな?」


「お兄ちゃん、良く覚えてたね」


「まぁな。しかし、イロハニ帝国とカヨタ獣王国がそんな関係なら、良くカヨタ獣王国はイロハニ帝国側の勇者を通そうとしたよな」


「それだけ、カヨタ獣王国にとってもレソツ魔王国は脅威なんだよ」


「世界の理を超越するもの、と社長は言っていたが、結局はただの不死なんだろ? 二度と喧嘩する気が起きない程にボッコボコにすれば済むんじゃねーのか?」


「そう言えば運殿は30年前の出来事を知らなかったのですね」


「30年前? 教えてくれ五十鈴」


「私も聞いた話なのですが、それ以前のレソツ魔王国は主に魔族の住む普通の国であったと聞いております。多少カヨタ獣王国とのいざこざはありましたが、人語も理解し、人々に友好的な、明るい魔族も多かったようですよ」


「今は違うのか?」


「ええ。今のレソツ魔王国には魔族は1人もいません」


「1人も!? 一体何があったんだ」


「それが30年前の事故です。辛うじてカヨタ獣王国に逃げ延びた魔族の生き残りの話によれば、レソツ魔王国は一夜にして滅びたとか」


「一国が一夜で!?」


「しかしそれを滅びたと言うべきなのか……生まれ変わり、いえ死に変わりとでも言いましょうか。その犠牲となった魔族の方々は1人残らずアンデッドとなってしまったそうです」


「酷ぇな。自然災害か? それともまさか誰かが?」


「確かめようもありません。しかし、無関係とは言えない人物がいるならば、誰もが1人の名前を挙げるでしょう」


 そう言って五十鈴は久遠の方へ視線を投げ、久遠は当然とばかりにその名を答えた。


「魔王ヴェルサティス」


「それが不死の魔王の名か」


「魔王も生前……と言うのが正しいかは解りませんが、元は普通の魔族の王でした。ただ、不老不死の力を求めていたと言うのは良く知られていた話でして……」


「それは無関係とは思えないよな」


「それを踏まえて、今なお灰の国となっているレソツ魔王国の風景を見れば、誰しもが思うことがあります。人も、草木も、大地さえも、命が吸い上げられているようだ、と」


「そんなもん、どうすりゃ良いんだ」


 車内に沈黙が訪れた。


「ただ一つ。方法があるとするならば、それは最上位白魔法ホーリー」


 久遠が静かに言った。


「「ホーリー?」」


「それがどんな魔法なのか、本当に存在するのかさえ解らない魔法だよ」


「どんな魔法かさえも解らないのか?」


「だってそれを使える人はもう長らくいないんだもん。ただのいにしえからの言い伝えだよ」


「雲を掴むような話だな」


「本当にそうだよ。一説によれば白魔法唯一の攻撃魔法。でも無属性とか聖属性とか伝わっている情報はバラバラ。時には黒魔法フレアの対極と言われたり……」


「少なくとも攻撃魔法ではあるんだな?」


「どうだろう? 退魔の剣を持った勇者と共に王女が厄災を封印したとか、巨大メテオに対して星を守る防御魔法なんて記録も……余りに長いエフェクトで処理落ちなんて意味が良く解らない記述すら残されているの」


「そのホーリーが無いとどうなるんだ?」


「聖なる力の加護が無い訳だから、レソツ魔王国に入って命を吸われ始めたら、魔王の元に辿り着く前に皆死んじゃうんじゃないかな」


「戦いようがないな……そう言や前にダイナが言っていたっけ。不死の魔王を倒すには聖女の力が必要だとか……もしかしてそれが」


「ホーリーのこと、だと思う」


「そうか……しかし、それを使える人がいないって言うのは、つまり……」


「初めから聖女なんて存在しないってことだよ」


「弱ったな」


 車内には再び沈黙が訪れた。


「ねぇお兄ちゃん。そのことも含めてなんだけど、ちょっと寄り道したいところがあるんだ。いい?」


「良いけど、何処だ?」


「イロハニ帝国内にある、メミって言う小さな村なんだけど」


「ナヴィ、位置は解るか?」


「はいマスター。メミはイロハニ帝国の辺境、カヨタ獣王国との境に位置する村のようです。荒野とカヨタ獣王国は直接面しておらず、元々一時的にイロハニ帝国を通過予定でしたのでルート上の問題はありません」


「良かったな久遠、問題なさそうだ……だが、そこには何があるんだ?」


「私が育った、孤児院だよ」


「そうか。それなら一度立ち寄っておかないとな」


「ありがと、お兄ちゃん」


 それきり、久遠は暫く口を閉ざした。

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