第84話 ホーリー


「着いたな。ここが久遠が育った孤児院か」


「うん。メミ孤児院だよ」


「辺境の孤児院にしては、思っていたより綺麗な施設ですね」


「今考えれば、キャンター枢機卿のご厚意だったんだね。私達は少しも飢えたりしなかったもん」


「社長らしいな」


 トラックが孤児院に近付くと警戒を露わにした大人が数人、教会から出て来た。


「降りるぞ。みんなが恐がっちまう」


 運がトラックを収納し3人が地に降り立つと、孤児院内の子供達も物珍しさに色めき立って窓から顔を覗かせ始めた。


「クオン姉ちゃん?」


 その中にいた一人の男の子が言った。


「間違いない! クオン姉ちゃんだっ!」


 それがきっかけとなり、中から沢山の子供達が飛び出し、大人達を余所に3人に駆け寄った。


「「クオン姉ちゃ~ん!!」」


「ミラ! ミゼット! ルクシオ! ……他のみんなも、大きくなったね~」


「クオン姉ちゃんこそ! 心配させやがってコノヤロー!」


 最初に久遠に気付いたルクシオと言う名の男の子が久遠に拳を当てた。


「あちゃ~。その様子じゃ勇者パーティ全滅の話は知っているんだね」


 それを聞いてルクシオは涙を堪えた。


「グス……心配したんだからな……勇者様達と一緒にいたクオン姉ちゃんも行方が解らないって聞いて……一体どうしちゃったんだよ!」


「聞いてのとおりだよ。勇者さん達は皆やられちゃったんだ」


 運はバツが悪そうに顔を逸らした。


「魔王だなっ!?」


 ルクシオが怒りを露わにした表情で言い放った。


「「えっ!?」」


「敵は魔王だったんだろ? 勇者様がやられちまうなんて、絶対に魔王に決まってる!!」


「いや……それは……」


 久遠が言葉に詰まったところで隣にいたミラと呼ばれた女の子が言った。


「クオン姉ちゃんは、よく助かったね」


「私はそのぉ……戦わずに済んだから……」


 久遠は視線を逃がすように運を一目見た。


「ああ。あの時は一歩間違えれば久遠ごとぶっ飛ばしちまうところだったな」


「だー! お兄ちゃんそれ今一番言っちゃダメなやつ!」


 と久遠が制止しようとしたことが逆に不自然となったか、ルクシオは少しの間呆然とした後に叫んだ。


「お、お前が魔王だなーっ!!」


「ち、違うぞ。俺は断じて魔王なんかじゃ……」


「運殿は何気に傷付いているんですよね、例のウワサ」


 五十鈴は横で軽く笑うが、ルクシオはそれを聞いて震えながらも顔を真っ赤に染めて身構えた。


「くそー! きっとクオン姉ちゃんは可愛いから、生かされて洗脳されちまったんだな!」


「あら? うふふ、可愛いですねルクシオ殿は」


「魔王めっ! そんなことが許されると思うなよ! お前は必ず俺が倒して、それで……クオン姉ちゃんは俺と結婚するんだっ!!」


「あ、ルクシオそれ無理」


 久遠はキッパリと断った。


「だって私もう結婚しちゃったもん、この人と」


 と紹介された運を見て更に顔を真っ赤にするルクシオ。


「ま、魔王! 貴様ぁーっ!!」


「それにルクシオ間違ってるよ? お兄ちゃんは魔王なんかじゃなくて、もっと恐ろしいかの暗黒王なんだから~。あははっ!」


 言葉も無く口をパクパクさせるルクシオに人知れず凹む運。


「俺、みんなを幸せにしたいだけなのに……」


 そんな運を少し心配げに見て五十鈴は久遠に言った。


「久遠殿? それはこの場で言っても良かったのですか?」


「ん~。まぁこうなっちゃったら仕方ないでしょ」


 とケラケラ久遠が笑っていたところに子供達の後ろから1人のシスターが近付いてきた。


「クオン。その話、詳しく聞かせてもらえる?」




 孤児院内に通された運、久遠、五十鈴の3人は子供達とは別室でこれまでの経緯をシスター、クオーレに話した。その過程でクオーレは帝国民が期待を寄せる勇者と聖女こそが実は暗黒王と謀略の魔女であることを知る。


「何と言うことでしょう。それでは帝国の民は誰に祈っているのかを知らぬまま勇者様聖女様を待ちわびているのですね」


 クオーレは頭を傾けた。


「それよりもクオン? 貴女、どうして自分が帝国の聖女であることを皆さんに伝えていなかったのです? そんな大事なことを」


 運と五十鈴は顔を合わせた。


「そりゃ流石に薄々とは気付いていたがなぁ……」


「皆、久遠殿が何か言いたくない理由をお持ちなのだと思っていましたからね」


 それに対して然程驚いた様子も無く久遠は答えた。


「別に言いたくない訳じゃないよ? ただタイミングを失ってしまったのと、もう一つは……」


「未だホーリーを使うことができないから、よね? クオン?」


「うん。帝国の聖女なんて言うのはただの呼称。もしホーリーを使える者を聖女と呼ぶのであれば、最初からエヒモセスには聖女なんていなかったんだよ……」


「暗黒王様。どうかクオンを責めないであげてください。クオンはただ、何でも治せる能力を持て囃され、担ぎ上げられてしまっただけなのですから」


「その苦労、察するに余りありますね運殿」


「ああ。例えホーリーなんか無くたって、久遠は俺達に無くてはならない大切な仲間だ」


「みんな……ありがとう……」


 そんなやりとりを見てクオーレは優しく微笑んだ。


「良かった……どうやらクオンは本当に良い仲間に出会えたようですね」


「うんっ! 私、今とっても幸せなんだっ!!」


 久遠もまた、満面の笑みでそれに応えた。




 その日、3人はクオーレや子供達と談笑しながら孤児院に一晩泊まり、翌朝出発することになった。


 運と五十鈴は先にトラックに乗り込み、久遠が別れを済ませるのを待っていた。


「「クオン姉ちゃん、元気でね! また来てね!」」


「うん。みんなも元気でね」


 別れを済ませてトラックに乗り込もうとする久遠にシスタークオーレが声を掛けた。


「クオン」


「なぁにシスター?」


「貴女がずっとホーリーのことで悩んでいたのを知っているから……言うべきなのか迷ったのだけれど、そう遠くない未来に必要となる気がしたものだから」


「うん」


「ホーリーは伝記によって全く異なる効果があるからこそ、どんな魔法なのかイメージが沸き難いの。だから、誰もそれを具現化できないのね」


「うん」


「でもね、私はこうも思うの。それこそが本来のホーリーなんじゃないか……って」


「本来の、ホーリー?」


「きっと、それを使う人によって効果が違ってくるのよ」


「人によって……?」


「そう。だから貴女のホーリーは貴女だけのホーリー。気付いていないだけで本当はもう使えている可能性だってあるの。だって貴女は、もうとっくに特別な力を持っているんだもの」


「特別な、力……?」


「そう。貴女が心から望むものはなぁに?」


「望む……もの」


「きっと、それが貴女のホーリーの鍵」


 久遠はじっと自分の手を見つめた。


「ちなみに、私のホーリーはね……?」


 そう言ってシスタークオーレは久遠を抱きしめた。


「貴女を抱きしめてあげる魔法。またいつでも帰っていらっしゃい」


 それを聞いて久遠は涙を流し、シスタークオーレの背に手を回した。


「うん。うん。ありがとうシスター」


 シスタークオーレは久遠の頭を一度優しく撫でて、それからその肩を離した。


「さ、行ってらっしゃい。クオン」


「うん! 行ってきます、シスター!」


 久遠がトラックに戻る時、その表情には最早一辺の迷いも無かった。

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