第81話 VS黒騎士 次戦(5)


「ミスリルの武器でさえ五十鈴の力に耐え切れなかっただと?」


 運は呆然とこぼした。


「そのようですね。先祖から継いだ大事な剣でしたが……仕方ありません」


 柄のみとなった剣を五十鈴はそっと地に置いた。


「剣が無くて大丈夫か?」


「ええ。武器を失ったのは相手も同じ。しかもここからは私の得意な魔法戦ですよ」


「なんつー戦いだ」


「トラック同士の激突に比べれば何の……ですが、主人公が強すぎるが故に後半は実質の戦力外となるヒロインにはなりたくないですからね」


「いやお前……最近、妙な知識を身につけてんな」


「あなた色に染められているのです!」


「いや待て俺はそんな風にした覚えは……それより五十鈴、奴が動こうとしているぞ」


「大丈夫ですよ。運殿にやられてだいぶ疲れている様子ですからね、ひと思いに楽にしてあげましょう」


 そう言って五十鈴は呪文の詠唱を始めた。


「ひと思いって……一体どんな魔法なんだ?」


 運は首を傾げる。


「土魔法と言えば地面を尖らせて突き刺すとか礫を飛ばすくらいしか思い浮かばんし、風魔法にしても真空の刃的な?」


 運の呟きにノームが姿を現して答える。


「なぁに、私がついているからの。奴を地の底へ落とす事など容易い……見てみい」


 そうこう言っている間に黒騎士の足元の大地に巨大な扉が出現した。その大きさはとても走って抜け出せるような大きさではない。


「土へ還れ! 冥界の門!!」


 五十鈴が手を振りかざすと、その門は大きな音を立てて開き始める。その先にはどこまでも暗黒の奈落が広がっている。


「あそこへ落ちたら一巻の終わりじゃよ」


「うげ……しかし、奴もそう簡単に落ちるような奴じゃないだろ」


 足元が割れ始めたのを見て黒騎士は上空へ跳躍する。しかし五十鈴は余裕を見せた。


「まさか僕からそんなに簡単に逃がしてもらえると思ってないよね~?」


 五十鈴の傍らに現れるシルフ。彼が繰り出したのは上空から奈落に吹き付ける突風で、抗う黒騎士を大地の門に叩き込もうとする。


「あっは! 僕もオクヤの里ではお世話になっているからね~。お返しだよ!」


 シルフは更に突風に込める力を強めた。


「……」


 黒騎士もこれには堪らず体勢を崩し奈落に落ちそうとなる。しかし、渾身の力を振り絞って所々破壊された漆黒のトラックを呼び出し、その力を以て再び上空へ抗い始めた。


「トラックスキル、エアデフレクターを使ってやがる! 風属性に抵抗があるぞ!」


 運が叫んで五十鈴達に伝えた。


「くっ! 五十鈴ちゃん。既にガタガタでも流石にトラック相手となるとキツいね」


「そう、ですね。もの凄い力です」


 ジリジリと大地の門から離れていく漆黒のトラック。


「くっ、僕の力でも抑え込めないなんて……」


 シルフは苦渋に顔を顰めて見せたが。


「ホッホッホ。シルフや、お主も悪ふざけが過ぎる。地と空を統べる我等を相手に一体何処へ逃れられると言うのか」


「てへっ。つい苦戦風味を出してみました~」


 シルフはペロっと舌を出した。


「シルフ殿、ノーム殿。お二人とも遊んでないで、そろそろトドメ、行きますよ!」


「「了解!!」」


 五十鈴の呼び掛けに応じ、シルフとノームは表情を引き締める。


「さて……上空に向かえば大地の門から逃れられると思っているようですが、甘かったようですね。貴方が落ちようとしているのは地上だけでは無いのですよ?」


「……」


「逃げ道は与えません! 天地反転! スカイフォール!」


 その瞬間、漆黒のトラックの上空への動きは一気に加速した。と言うよりも空に向かって落下していると言った方が適切に見える程、トラックの体勢は乱れていた。


「……!!」


 そしてその落ちる空の先には新たに出現した2つ目の門。


「空が割れたぁ!?」


 運は叫んだ。


 黒騎士は堪らずブレーキを踏み込み抗うも、大地に向かって落ちているのか、空に向かって落ちているのか、平衡感覚を失ったように身動きが出来ない状態となっていた。


 天と地の2つの門の狭間で辛うじてどちらにも寄らず踏み止まる黒騎士であったが。


「流石の黒騎士も、その疲れ切った身体で大精霊を2体も相手にするのは無理だったようですね」


 そう言いつつも五十鈴はその体勢を崩す。


「とは言え、これ以上はこちらも魔力が保ちません……そろそろ幕を、いえ、門を閉ざしましょう」


 そうして五十鈴が上下に広げた腕をゆっくりと狭めると、それに応じて2つの門の間隔も狭まっていき、やがてそれは黒騎士の姿を飲み込んで、空中で1つに合わさった。


「閉門!」


 そしてその合図を機に大きな音を立てて門は閉じていき、最後には最初からそこには何も無かったかのように消え去った。




「す、凄ぇ……五十鈴の奴、本当にあの黒騎士をやっちまった」


 門の消え去った後には静寂のみが残った。


「はぁ……はぁ……運殿。私、やりましたよ……?」


 そう言ってよろけた五十鈴を運は即座に駆け寄って支えた。


「ああ、見てたぞ。見事にオクヤの里での借りは返したな」


「はい。精霊達のおかげです」


「俺も危ないところを助けてもらったし、本当に良くやってくれたよ」


「私、妻としてお役に立てたでしょうか……?」


「バカ言え。それどころじゃねー。大助かりだ!」


「嬉しい……それでは今夜は、いっぱい可愛がってもらえますか?」


「こ、こんな時にフザケるなって」


「ふふふ……でも、本当に無理しすぎちゃって、ちょっと疲れちゃいました」


「ああ。うんと休んでくれ」


 運は五十鈴に肩を貸しながら仲間の姿を探す。


「さてと、あいつらは大丈夫かな?」


 その時だった。


 パキィ! と何かが割れるような音が辺りに響いた。


「ん? 何の音だ?」


 運が周囲を見渡すうちにその割れる音は再び鳴り響く。


「うそ……ですよね?」


 五十鈴が視線を上に向けてこぼした。


「運殿、空を見てください」


 空には殻を破ったような亀裂が生じていた。それは瞬く間に大きく広がって行き、やがて零れ落ちた欠片の向こう側にある、空とは違った異なる空間の色が見え始めた。


「おいおい……流石に冗談だろ……?」


 運がそうぼやいた瞬間、その亀裂の向こう側から空を突き破って飛び出して来る物があった。それは黒騎士の駆る漆黒のトラックであった。


「くそ……ちょっとキツいな、これは」


 漆黒のトラックは大破したままではあったが、悠々と空を駆け、地上に降り立った。


「すみません運殿、私、これ以上は……」


「解ってる……こうなりゃ無理でも俺が何とかするっきゃねー」


「そんな。運殿だってもう戦う力なんて……」


 しかし2人が絶望したその時、漆黒のトラックは消滅し、現れた黒騎士も立つことすら適わず肩で息をし、膝を屈していた。


「運殿? これって……?」


「ああ。流石に奴も限界だったってことだな。最後の力を振り絞って門の向こうから戻って来たに違いない」


「しかし、それでも此方も動けないことには変わりがありません……」


「大丈夫だよっ! お兄ちゃん、五十鈴さん!」


 2人が振り返ると、そこには竜化したダイナの背に乗る久遠がいた。


「久遠、ダイナ! 無事だったか」


「ごめんねご主人様、ボク、もう油断しないよぅ!」


 更にその後ろからゾエやルーテシアも姿を現す。


「ご主人様! アタシもいるわよ!」


「いやはや、妹君の回復魔法の効きには驚くばかりよのぅ」


「ルー! ゾエ! お前らも!」


「待って! 喜ぶのはまだ早いよお兄ちゃん! ヒール!」


 即座に運と五十鈴を回復した久遠はその視線を黒騎士に向けた。


「喜ぶのは、決着をつけてからだよっ!」


「そうだったな」


 一同は頷いて、未だ動けないままの黒騎士を包囲した。


「さて、俺一人で勝てはしなかったが……どうだ、これが俺達の国の力だ。どうだ? まだやるか?」


「……」


「なら、そろそろ負けを認めて、その素顔を晒すんだな」


 そう言って運が黒騎士の仮面に手を伸ばそうとすると、黒騎士はそれを拒むように手を突き出した。その手に握られていたのは二つに折れた三菱紋の斧槍。


「テメェ。まだやんのか」


 しかし黒騎士がその斧槍を振るったのは自身の真横の空間に向けてだった。運達一同はその行為を不審に思ったが、すぐにそれが何を意味しているのかを察した。黒騎士の真横の空間がまるで異次元に繋がるかのように裂けていたのだった。


「待て! 逃がすかよ!」


 運は再び黒騎士に手を伸ばすが、身体ごと倒れこむようにその裂け目に黒騎士が消える方が早かった。そして、その空間の裂け目は即座に消えた。


「くそっ! ……ここで逃がしちまった」


 悔しがる運をなだめるように、その背中から久遠が手を回して抱きしめた。


「良いよお兄ちゃん。私はもう、皆が無事だっただけで十分だから……」


 そう言われて、運は拳を緩めざるを得なかった。


「そう、だな……うん。そうだ」


 運が一同の方へ向き直った時には、また普段通りの運に戻っていた。


「サンキューな皆! ともあれ難は去った。一先ずは街に戻って休もうぜ!」


「「おー!」」


 そうして皆で仲良く街へと戻るその最後尾で、運は新たな旅立ちの決意を固めていた。

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