第80話 VS黒騎士 次戦(4)


「どーだ。そんな衝撃を受けりゃ中の生身は助かんねーぞ……っと、ヤベ、流石に俺様ももう限界だ……」


 動けなくなった漆黒のトラックを睥睨していた運もとうとう力尽き、トラックは消え、運の体はただ上空から地面に向かって落下した。


「うそっ! お兄ちゃん!!」


 見ていた久遠は叫ぶが、それを救う術を持たない。そしてそれを庇える仲間達も全員倒れたままだった。そのまま生身で地面と激突すれば間違いなく即死。


 だが、そこへ駆け抜ける一陣の風に運は優しく包み込まれた。


「……う、この豊かでハリのある良い匂いの胸は……五十鈴?」


「何で胸で判断するんですかっ!」


 運は風を纏った五十鈴に抱かかえられていた。


「に、匂いと胸だけで当てるとは……妻としては喜ぶべきなのでしょうか……?」


 五十鈴は複雑な心境だった。


「五十鈴さん、もしかして飛んでる?」


 地上から久遠が呆気に取られるとおり、五十鈴は宙に留まっていた。そして抱かかえた運をゆっくりと地上へ降ろした。運の身体はガクリと崩れた。


「運殿。漆黒のトラック撃破、お見事でした。あとは私が」


「待て五十鈴、それは一体どういう意味だ?」


「大精霊が告げています。黒騎士はまだ生きていると」


「何だと!?」


 驚いた運が横に倒れた漆黒のトラックの方へ目をやると、そこにあったはずのトラックは姿を消していた。そして代わりに地に膝を付きつつ立ち上がろうとする黒騎士の姿が。


「なん……だと……?」


「恐らく奴はトラックに極振りしている訳ではなく、幾らかを身体強化に回しているのでしょう。そうでもなければあの衝撃で生きていられる訳はありません」


「ちくしょう……こっちはもうボロボロだって言うのに」


「大丈夫ですよ運殿。あのトラックさえ何とかなれば、先程申し上げたとおり、あとは私が何とかしましょう。奴は、私にとっても故郷の森を焼いた因縁の相手」


「無茶だ。黒騎士はあの状態でさえ、以前の俺のトラックを片手で止めるような奴だぞ」


「そうですね……確かに私の攻撃も赤子の手を捻るように返されました」


「危険だ。俺が何とか時間を、ぐっ……」


「大丈夫ですよ」


 五十鈴は運の手を両手で握って微笑みかけた。


「運殿こそ、今は身体を休めてください。私なら大丈夫。何せ、新しい味方がついていてくれますから」


「味方?」


 運が首を傾げると、五十鈴の後ろに現れる2体の大精霊。


「やっほー! 初めまして闇の暗黒王! 僕は風の大精霊シルフだよ~」


「シルフ……? それに闇の暗黒王って誰だ?」


「えっ!? 嘘でしょ? 風の噂で暗黒王って呼ばれてるの知らないの? 君」


「ガーン……俺、そんな風に言われてんのか……?」


 運は両手を地に付いて項垂れた。精神的ダメージは甚大だ。


「ホッホッホ。それはお主の庇護下に入っていない者のやっかみじゃよ」


 もう一体の方のノームが顎鬚をさすりながら言う。


「あんたは……?」


「私は地の大精霊ノーム。お主達のことはずっと見ておったよ。噂など気にすることはない。自信を持ちなさい、このノームとシルフが力を貸そうと言うのだから」


「大精霊が?」


「もっとも、僕達が力を振るうのは、この五十鈴ちゃんを通してだけどね~」


「お主のことは気に入ってはおるが、適性がどうものぅ」


 そう言ってシルフとノームは五十鈴の後ろに付いた。


「と、言う訳で運殿。運殿は休みながら見ていてください。私だって、以前のままの私ではありませんよ」


「そりゃ、四大精霊を2体も従えてりゃそうだろうよ……」


 実感の伴わない運の呆けた顔に微笑んで五十鈴は立ち上がった。


「それでは運殿、行って参ります」


 力強く背中で語って五十鈴は地を蹴り空を駆け黒騎士に向かって行った。


 黒騎士の前に立った五十鈴は言った。


「久しぶりだな」


「……」


「相変わらず話す気は無いか」


「……」


「ならば言葉は不要、行かせてもらうぞ」


 五十鈴は鞘に納められた剣に手をやって構えた。そして幾ばくかの沈黙の後、黒騎士に向かって飛び出した。


「!!」


 大地の反動を利用したそのスピードは黒騎士の知覚を超えて一瞬でその距離を詰め、懐に潜り込んだ。


「居合い・閃!!」


 風の魔力を宿した剣が抜かれるのに応じ、三菱紋の斧槍で受ける黒騎士。


「!!」


 しかし剣と斧槍がぶつかり合う直前、黒騎士は斧槍を捨てて後ろに引いた。五十鈴の一閃はいとも簡単に黒騎士の斧槍を二つに割っていった。


「その重そうな鎧で何というスピード……この一撃をかわしましたか」


「……」


「しかし良かった。これで私にも貴方が切れることが解った」


 斧槍を失った黒騎士は大きく後ろに飛んで五十鈴の間合いから離れた。


「何処に逃げると言うのです? 貴方にはもう、私の一撃を受ける棒切れはありませんよ?」


 そんな黒騎士を相手に五十鈴は剣の切っ先を向けて言った。


「次の一撃が最後です」


 五十鈴は再び剣を鞘に納め、黒騎士との間合いを詰めた。


「!!」


 圧倒的な五十鈴の速さに為す術無く懐に潜られた黒騎士はその身体にトラック気を纏ってそれを受けようとする。それでも五十鈴は躊躇わずに剣を抜き、一気に振り切った。


 その剣の軌道は黒騎士の身体の中心を通り、完全に振り切った五十鈴の真後ろまで続いた。


「斬った!」


 五十鈴は叫んだ。


「いや違う! 回避だ五十鈴ちゃん!!」


 しかしその刹那、シルフが声を上げた。


「えっ!?」


 驚く五十鈴であったが、既にその眼前には黒騎士の拳が迫っていた。


「きゃああああっ!!」


 咄嗟にノームが大地を隆起させ、その直撃こそ防いだものの、五十鈴の身体は大きく後ろに吹き飛ばされていた。


「五十鈴!」


「五十鈴さん!」


 運や久遠の声に応えるように土煙の中から立ち上がろうとする五十鈴。


「心配には及びません。ダメージは精霊が和らげてくれました。それより……」


 その手には刃の無い剣が残されていた。


「どうやら、私の剣の方が大精霊の力に耐え切れなかったようですね……」

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