第76話 黒騎士、襲来


 玉座に座った運は、久遠や五十鈴、ダイナ、ルーテシア、ゾエらから様々な報告を受けていた。


「お兄ちゃん。電線等のインフラ整備、終わったよ」


「大量の電柱とかどうしたんだ?」


「絶対に姿を隠せる電柱ってスキルを持った記者さんに協力してもらったの」


「凄ぇスキルだな……ま、大儀であった」


「ご主人様。ホンダ工務店社員のギルティ伊東氏がカクーの格闘大会で優勝したんだって。賞金を蹴って次回のシード権を選択したらしいよ。アタシも知ってれば出場したのに」


「ほう、本当なら凄いじゃないか。大儀であった」


「運殿。ミューやフィリーの研究施設からですが、研究員のオカボタ博士が魔力ロスを抑制するSTOP粒子なる物質を発見したとの報告がありました」


「うむ、大儀でありまぁす」


「ご主人様! 奈治くん達がトランスフォームできるトラックを開発したんだって! スゴイぞー! カッコいいぞー!」


「うーむ、大儀かなぁ」


 運は国王と言う名の機械であるかのようだった。


「アンの花もね。母さんの魔力が宿ってて、お守りとして大人気なんだっ!」


「父、ギガからは運殿を全面的に信頼して、ブースターエンジン供給再開の打診です」


「お兄ちゃん。各国との貿易についてだけど、一言でいうと絶好調だよっ」


「ご主人様、アタシがいる限り治安上の問題無し。アンの国は今日も安心安全よ」


「近頃は各国とも飛空挺発着場を用意してくれたので、ワシの空路も捗っておるぞい」


 次から次へと国中の報告が運の耳へと届く。


「うむ、大儀であった……」


 運はとうとう項垂れてしまった。


「どうしたの? お兄ちゃん?」


 心配した久遠が下から顔を覗き込む。


「トラックの運転席に座ってるのと、玉座に座ってるの、どっちが疲れると思う?」


「あはは……お兄ちゃんの場合は玉座の方が大変そうだねぇ」


「それでは運殿、たまには街に視察に出掛けませんか?」


「ボクも五十鈴さんに賛成ー! みんなで遊びに行こうよー!」


「ぽよぽよ~っ!」


 周りがワイワイ騒いだところで運の表情は一向に冴えない。


「……みんなは、何処か遠くに行きたいと思うことはないか? 俺は思う」


「本当にどうしたのご主人様? 封印されしトラック乗りの血が暴れ出しそう?」


「悔しいがルーの言う通りかも知れん。動かないでいるのはどうも苦手だ」


「ぽよぽよ?」


「お兄ちゃん、サフちゃんがボクと遊ぶ? って言ってるよ」


「それも良いな……が、俺にはやることがある」


「「やること?」」


「カヨタ獣王国にいるトラ仙人に会いに行く……俺はもっと強くならなきゃいけない」


「確かに……お父さんに会いに行くためには必要なことだったもんね、お兄ちゃん」


「それもあるが……実はもう一つ、気掛かりもあるからな」


「運殿、それはもしや黒騎士スーパーグレートのことではないでしょうか?」


「そうだ五十鈴。黒騎士の存在だけは忘れてはいけない。俺もあれから強くなっているはずなんだが……正直、あいつの強さは底が知れなかったからな」


「なんと。ご主人様にそこまで言わせる者がおったとはのう」


「大丈夫だよ! ボク達だっているんだし、負ける気がしないよ!」


「ご主人様、それでその黒騎士って言うのはどんな奴なの?」


「全身真っ黒な鎧に覆われた重騎士で、三菱紋の斧槍を持っている男だ」


「お兄ちゃんと同じトラックドライバーで、噂によると大陸中の戦場に神出鬼没に現れると言われているんだって」


「しかし、今や運殿やキャンター殿が大陸から戦争を遠ざけましたから……戦場に現れるという奴が今何を考えているのか、解らない故に恐いところですね」


 運、久遠、五十鈴が厳しい表情をしている裏でルーテシアが目まぐるしく邪眼を光らせていた。


「あれ? ご主人様、それってもしかして、こんな奴じゃない?」


「は?」


「ちょっと待って。今眷属の視界を共有するから……邪眼・視覚共有」


 その場にいた誰もに共有されるルーテシア眷属の視界。


 そこには荒野をゆっくりとアンに向けて歩み寄る黒騎士の姿があった。


「久方ぶりだね」


 緊張の面持ちで久遠が発言した。


「ああ、間違いない。黒騎士だ」


 そう続く運は組んだ手で口元を隠していた。


「なんだ、ご主人様が言うからどんな凄い奴かと思えば……隙だらけじゃない。これならアタシが殺っちゃうよ!」


 言うが早いか、視界の主である眷属の蜘蛛が黒騎士に襲い掛かったが、共有されていた視界はそこで途絶えた。


「ウソ……何をされたのか全く見えなかった。アタシの眼でも……」


「黒騎士に対し通常攻撃では役に立たんよ」


 抑揚の無い声で運が言う。


「待って! 今別の眷属を向かわせてもう一度映像を出すからっ!」


 ルーテシアは一瞬にして緊張の面持ちとなって叫ぶ。


「これは総力戦だな……って、ダイナは何処行った? ゾエも」


「お、お兄ちゃん……ダイナちゃんとゾエちゃんなら、さっきサフちゃんを連れて飛んで行っちゃった……多分、黒騎士のところ」


「あいつら……黒騎士を舐め過ぎだ」


 運の心配を余所に、我先に手柄をとアン城から飛び立ったダイナ達。


 早くも黒騎士をその視界に捉えて攻撃態勢を取っていた。


「いっくぞー! 強靭! 無敵! 最強! アルティメット・バーニング!!」


「ふむ、ではワシも……スーパーノヴァじゃ!!」


「ぽっぽんっぽよぉーっ!!」


 ルーテシアの映像が回復するよりも早く、街の外で大爆発が起こるのが確認された。


「ご主人様、映像回復するわ!」


 回復した映像に映るのは倒れたダイナとゾエ、そして二つに裂かれ潰れたサフラン。


「サフちゃん! みんなっ!!」


 動かなくなった3人を気にも留めずに爆炎の中を歩き続ける黒騎士。


「我々の切り札が……」


 ただ棒立ちで戦慄する五十鈴。


「く……眷属を通して時空眼も試してみたけど、どういう訳か効かないわ。アタシが直接行けば違うかも知れないけど、多分アイツには効かない……絶望的ね」


 眼を二つ潰したルーテシアが苦しそうに言った。


「なん……だと……? 俺があんなに苦戦したあいつ等が、こうもあっさりと……」


 気付けば王座から立ち上がっていた運は再びその腰を王座に落とした。


「ナヴィ。お前から見て、俺が黒騎士に勝てる確率はどれくらいだ?」


「マスター、正直にお答えしても?」


「頼む」


「それではお答えします。前回の戦闘や先程噛ませ犬となったモンスターズから想定される黒騎士の能力値と、現在のマスターの能力値を比較しますと、マスターが勝てる確率は0.001パートリリオン程度です」


「パー……トリリ? なんだそれ」


「パーセントが1/100ならパートリリオンは1/1,000,000,000一兆,000です」


「そんな単位に、更に小数点以下つけて答える必要があるか?」


「マスターが正直にと仰いました故。正確な読み方としてはパーツ・パー・トリリ……」


「真面目かっ!」


 そう強く言いつつも、運の背中は更に王座に沈む。


「ですがマスター。今やマスターは一人ではありません。先程ナヴィがお伝えしたのはあくまでマスターがお一人で戦った場合の確率です」


「つまり総力戦なら?」


「勝てます。ただし、現状戦力の大部分であるモンスターズを失っている点をどうカバーできるかにもよるでしょう」


「始まる前からあいつらを無策で失っちまったのは俺の判断が遅かったからだ……だが、俺はもう引けねー。もう負ける訳にはいかねーんだ」


 運は王座に沈んだ背を引き剥がして両膝に手を置いた。


「しかし、俺に勝てるのか? あんな化け物みたいな奴に……」


「お兄ちゃん……震えてるの……?」


 久遠が心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫だ、俺にはみんなを守る義務がある」


 運の脳裏を過ぎる敗北の記憶。


(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだっ!)


「倒す。あいつは必ず、俺がここで!」


 運は気力を振り絞って王座から立ち上がった。


「久遠は俺と来い、倒れたあいつ等を回復させてやってくれ」


「了解!」


「ルーは国民に被害が及ばないように警戒! 場合によっては眷属に指示を出して国民の避難誘導だ!」


「解ったわご主人様!」


 駆け出す3人を見て、五十鈴は声を掛けられずにいた。


 声を掛ける間も無く窓からトラックと共に飛び出す運と久遠。


 全神経を国中の眷属に飛ばして神経を研ぎ澄ましているルーテシア。


「総力戦……。でも駄目……私では、到底運殿の力にはなれない……」


 五十鈴はただその場に膝を落とした。


 一方、トラックで飛び立った運と久遠にもそんな五十鈴を気遣う余裕は無かった。


「お兄ちゃん。もしかしたら、あの子達を回復するのに時間が掛かるかも知れないよ?」


「ああ、その間は俺が何とか持ち堪えて見せる」


「一人で大丈夫?」


「ああ。本当なら、俺一人で勝てるくらいでいたいんだけどな」


「任せて……構わないんだね?」


「もちろんだ。黒騎士を倒さぬ限り俺達に未来はない」


「お兄ちゃん。前みたいに、無理だけはしないでよ」


 そしてトラックは荒野を進む黒騎士の前に舞い降りた。

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