第75話 戴冠式


 その日は雲一つ無い良く晴れた日だった。


 複数の種族をまとめ、数多の魔物を配下とし、日々新たな文化を生み出し続けるアンが地理名実共にエヒモセスの咽喉を扼し、王国となる日がやってきた。


 周辺諸国からも多くの来賓を招き、新たに完成したアン城で戴冠式は盛大に行われた。


「では、王冠を授けるにあたり、殿下より神々への誓いを賜ります」


 運と共に大衆の前に立ったキャンター枢機卿が発言する。


「汝、アンの王として、この国と民の安寧のために尽くすことを神々に誓うか」


「誓います」


「汝、独善を廃し、人々の意を汲んで国を治めることを神々に誓うか」


「誓います」


「汝、王たる責任と義務の全てを負うことを神々に誓うか」


「誓います」


「……確かに、神々への誓いを賜りました」


 運、キャンター共に些かの緩みも許されぬ荘厳な雰囲気の中、式典は進行された。


「それでは、私が主ラムウの代理人として、ここに王冠を授けます」


 運はキャンターの前に跪き、その頭部に王冠を戴いた。


「立派だぞ、運」


 キャンターはたった一言、運にだけ聞こえるように言った。


 運は目線で答えるのみ。


 それを微笑みで受けたキャンターは何事も無かったかのように役割に戻る。


「神々の祝福とご加護がありますように」


 運は立ち上がり、大衆の方へ向き直った。


 そこでキャンターが枢機卿として高らかに宣言する。


「ここに、新しき王、新しき国が誕生いたしました」


 大歓声が湧き起こり、多くの人の祝福を受けて戴冠式は恙無く全ての工程を終了した。




 各国が新たな国の誕生に沸く中、帝国内にある酒場では昼間から飲んだくれた男達が円卓を囲んで尾びれ背びれのついた噂話の花を咲かせていた。


「お前ら、アン王国についてどう思う?」


 一人の男が顔を中心に寄せて控えめに発言した。


「聞いたところじゃあ、夢と魔法の王国キングダムだって話だな」


「だが、国全体が蜘蛛の魔物に監視されているって話もあるぞ?」


「「魔物っ!?」」


 周囲の男達は驚きを隠せない。


「ああ。そしてその魔物達を統べる邪眼の蜘蛛は国王の妻の一人でもあり、同時にペットでもあるらしい」


「「ペット妻!?」」


「ウチの近所のフェミニーナおばさんが聞いたら発狂しそうなパワーワードだな」


 男達は苦笑いだ。


「しかし、魔物まで妻に迎え入れちまうってのはどうなんだ?」


「ああ……だから国王は魔物を統べる魔王なんじゃないかって噂もある」


「「魔王!?」」


「しかも国民は洗脳されているのか、そこらじゅうに居る蜘蛛の魔物に守られていると思い込んでるらしく、家族のように可愛がる国民も多いらしい」


「監視に洗脳……そいつは穏やかじゃねーな」


「だからいくら夢と魔法の王国だっつっても、あんまり羽目を外しすぎると、人目が少なくなった頃に何処からともなく、アハハッ! と甲高い笑い声が聞こえてきて……」


 男達の固唾を呑む音が響く。


「消されるって話だ」


「「ヒエッ……」」


「そしてその笑い声の主な。どうも謀略の魔女と呼ばれる王妃なんじゃないかって噂だ」


「「謀略の魔女!?」」


「何でも転移転生者、魔物を問わず言葉一つで屈服させちまうって話さ……」


「おっとそこまでだ。深追いして、知り過ぎてしまった者の末路を辿りたくはあるまい?」


「う……」


 男達の間にしばしの沈黙が訪れた。


「「……ま、魔女様バンザーイ」」


 男達は小さく両手を挙げたが、それは降参のポーズのようでもあった。


「しかし真に忌むべきは、やはり国王だろう」


 男達は矛先を変えるように話題を逸らした。


「どうも人智を超えた強さらしいぞ。今まで人類が束になっても倒せなかった荒野のドラゴンを倒して開拓したって話だからな」


「公国内の領土が一つ、一瞬のうちに消失したのもその国王のせいだと言われてる」


「ヤバすぎだろ……」


「何でもその強大な力を振りかざして多くの美女をはべらせてるって話だ」


「「リア充爆発しろ」」


「しかも美女達の中には年端も行かない美少女までいるらしい」


「「まさに鬼畜の所業」」


「どれだけ綺麗事を並び立てても、やってることが悪役じゃねーか」


「だが、意外と国民からの評判は良いらしいぜ?」


「バカ言え! じゃあお前、悪評なんか流せるかよ? 噂じゃドラゴンやベヒモスの顎の下をゴロゴロして飼い慣らすような人物だぞ?」


「「完全に魔王じゃねーか!」」


 男達は戦慄した。


「しかし参ったな。魔王って呼称じゃ北の果てレソツ魔王国の魔王と被っちまう」


「じゃあ何て呼べば良いんだ」


「そのまま呼べば良いんじゃね? アン国王と」


「「アン国王あんこくおう……」」


 男達は顔を合わせて沈黙した後、再び口を開いた。


「「暗黒王あんこくおう、だと……?」」


 男達の顔は青ざめる。


「なんだよそれ……暗黒王に謀略の魔女、絶望的な組み合わせじゃねーか」


「くうぅ、こんな時に勇者様や聖女様がいれば……」


「嗚呼。勇者様に聖女様。あなた方は今何処に……」


 男達は勇者や聖女に祈る他なかった。


 ただし、彼らは今、自分達が誰に祈っているのかを知らない。




 式が終わり、城のバルコニーから街並みを見ていた運に久遠と五十鈴が声を掛けた。


「お疲れ様お兄ちゃん! 戴冠式、すっごく立派だったよ!」


「運殿……ではなくて陛下。私はもう感無量です」


「ありがとう2人とも。だが五十鈴、陛下はやめて普段通りにしてくれ」


「はい……はこ、ではなくて、だ、旦那様……」


「無理に呼び方変えようとしなくたって良いぞ。そのうち自然に変わるだろうし」


「そ、そうですね……運殿」


 そんなことを話しているうちに城の窓側からは妻達が、空からはダイナが詰め寄る。


「運さん、とっても格好良かったです~!」


「もう、運には惚れ直すしかない」


「私など、運様に惹かれ過ぎて精霊の身であることを忘れてしまいそう……」


「わ、私、運お兄ちゃんを見てたら嬉しくって涙が止まらなかったですぅ」


「さっすが、ボク達のご主人様だね!」


「ア、アタシのご主人様なんだから、凄いのは当然よね」


 口々に褒め称える妻達に運は一人ひとり謝辞して回った。


 そんな様子を少し離れた場所からゾエがサフランをその背に乗せて見ていた。


「サフランや。今日のところはワシらは脇役じゃのう」


「ぽよぽよ」


 ゾエもサフランも体から力の抜けきった穏やかな雰囲気であった。


 そして運は瞳を輝かせて言った。


「みんなのおかげで、とうとうアンも国になったな」


 再び街並みに、そして遠くの地平線を見通すように、運は妻達に背を向けた。


「俺、みんながいれば何でも出来るような気がしてきたよ」


 その背を見つめながら妻達は力いっぱい頷く。


「よーし、俺はアンのみんなを幸せにするぞー!!」


 運は大きな声で叫ぶ。


「ふはははは! 新・日野伝説の始まりだー!!」


「「あっ!!」」


 声を上げて驚く妻達。


「全くお兄ちゃんは……節目になると打ち切りワードを発するんだから」


「でも、運殿の言霊は力強いですよね!」


「力強く打ち切られてもたまらないよ五十鈴ちゃん……」


「運の次回作に期待」


「いっそのこと、運様の常套句としてしまいましょう」


「わ、私は運お兄ちゃんと一緒なら何でも良いよ?」


「平気平気! ボク達のご主人様ならどんなフラグだってトラックで圧し折るよ~」


「ア、アタシの伏線は回収させないわよ!」


 妻達はみな思い思いに呆れたり無理に肯定しようとしたりしていた。


「大丈夫。みんなで力を合わせれば、きっと何事も上手くいくさ」


 運はそんな妻達の様子を笑って受け止めながら言った。


「俺には皆が必要だからさ」


 妻達は運の笑みに当てられ、困ったように視線を合わせた。


「良き夫、良き国王になれるよう、俺も全力を尽くすよ。だからみんな……」


 妻達は続く言葉を待ち、運は満面の笑みで言った。


「これからもよろしく頼むぞ」


「「おおおーーーっ!!」」


 一同の大きな声は青空に溶け込んでいく。


 アン王国は、順風満帆である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る