第74話 次のヒントがご祝儀代わりってどうなのか


「そう言や、社長は自由に世界を行き来できるんですか?」


「当然だろ。オレも元はトラック乗りだからな」


「ならやはり、トラックスキルを極めた先に答えがあると思って良いんですね」


「それだけではないがな」


「それだけじゃない……?」


「知りたいか? ん? オレに聞くか?」


 キャンターは再び悪戯な顔になった。


「くそ……やっぱ良いです。社長に聞いたら負けた気がするんで」


「はははっ、そう言うなよ。なら今日のところは貸し借り無しでヒントくらいにしておいてやる。ご祝儀代わりだ」


「それならまぁ……有り難く頂戴しますが」


 大人しく折れた運を満足げに見ながらキャンターは言った。


「トラックから放たれる黄金のオーラのことを知っているかな?」


「はい。ですが、前に一度だけ発現したことがあるだけで、それきり使えていません」


「ならば帝国の北、カヨタ獣王国にいるトラ仙人を尋ねてみると良い」


「「トラ仙人?」」


 運と久遠は首を傾げた。


「そうだ。何をすべきかは会えば解る……と言っても話の流れから想像できるだろうがな」


「黄金のオーラに関すること、ですかね?」


「そうだ。実際にオーラが使えた時はどんな感じだったか覚えているか?」


「確か、とても強い力が湧いて来ました」


「そう。そしてそれはトラックで異世界へ渡る際に通る時空の狭間で、トラック自身を守る役割も持つ」


「そのオーラとは、一体何なんです?」


「簡単に言えば、トラックに流れる気だ」


「「気?」」


 運と久遠は首を傾げた。


「気……って、気、覇気、霊気、妖気、闘気、剣気、聖光気とか……とりあえず人気バトル作品には何かしら存在する要素の、あの『気』のことですか?」


「お、おう……久遠ちゃん、やけに詳しいね……」


「強さのインフレで収拾つかなくなった物語の中盤くらいに出て来て、設定をリセットせんがために使われることも屡々しばしばな概念の『気』が、とうとう……」


「久遠、お前は一体何を言っているんだ?」


「お兄ちゃん知らないの!? 何か1つくらい知ってたって良いでしょ?」


「いや、流石に幾つかは知ってるよ? 知ってるけど、いざこうして目の前に概念として出されて、すんなり受け入れられるかな、俺」


「とにかく、良く聞いてみようよ」


「そうだな」


 運と久遠はキャンターに視線を戻した。


 キャンターは2人の小芝居の後で少し困ったように咳払いをして続ける。


「要するに、お前はまだトラックの力を完全には引き出せていないってことだ」


「……まだ、この先の強さがあるのか」


 運は拳を握って見つめた。


「そう。そしてこのトラックに流れる気こそ、『トラック』」


「「ななな、なんだって!?」」


「トラック気だ」


「「トラック気!?」」


 運と久遠の声が重なったが、久遠だけは更にその後。


「なんて語呂の悪さなの……」


 と呟いた。


「未だかつてこれほどまでダサい『気』が……? 想像を絶するまでに酷い」


「「辛辣だな」」


「キャンター枢機卿……せめてトラックオーラとかに出来ないんですか?」


 久遠の問いにキャンターは首を横に振る。


「それはオレが決めた呼び方じゃねーからなぁ」


「ではもしかして、それを決めたと言うのが……」


 運は不安げに尋ねる。


「そう、トラ仙人だ」


「そこは獣王国に居ても亀とか虎とかじゃなくて、トラックの仙人なんですね……」


 久遠は肩を落とす。


「要するに、異世界転移に耐え得るトラック気をマスターするために、トラ仙人の下で修行をする的な流れなんですね?」


「流石は久遠ちゃん、飲み込みが早い」


「どうするお兄ちゃん? 元の世界に戻るには避けては通れないみたいだけど」


「なら行くしかないだろ……だがまずは建国後、アンが落ち着いてからだけどな」


 運と久遠は顔を合わせた。


「しかしそうだな……今の運では、それでもまだ足りないかも知れない」


 キャンターは顎に手を当てて言った。


「更にまだ!? 今でも結構強くなったと思っていたんですが」


「まだまだ坊やだからさ……時空を超えて異世界へ転移するためには、ただ強いだけじゃ駄目ってことだ」


「来る時は頼まずともアッサリ来てしまったのに……」


「不幸な偶然が重なればそういうこともある……が、それを意図的にやろうと言うのだから大変なのは解るだろう?」


「仕方ない……他には何をすれば良いんですか?」


「カヨタ獣王国の更にその北、レソツ魔王国にいる魔王でも倒してやれ」


「キャンター枢機卿、それには何か理由が?」


 横から久遠が尋ねた。


「不死の魔王……お前達は『死』の存在について考えてみたことはあるか?」


「「いいえ?」」


「『死』は誰もに平等に訪れるものだ」


 キャンターは真面目な顔をして続ける。


「不死というのは、世のことわりを超越している」


 運と久遠は固唾を呑む。


「時空を越えるのも同じことだ……時として世界の理すら異なる世界に飛ぶこともあるのが転移転生というものだからな」


「なるほど、それで世界の理を越える力が必要になると」


 運が問う。


「ま、必要な条件は他にもあるんだが……」


「「まだっ!?」」


「そうだな。だが、今は止めておこう……運、お前、トラックの旅は好きだろ?」


「……はい」


「あんまり楽しみを奪っちまうのも忍びない」


「くそ、余裕かよ……」


「ははっ。そんな簡単なもんじゃねーのよ」


「社長は、それを越えて来たのか……?」


「ふふん、どうだ? 恐れいったか?」


「なんの。やりがいがあるってもんだ」


「だろうな。オレがお前を気に入ってんのはそういうところだからよ」


 キャンターは軽快に笑った。


「ま、国王になっても、まだまだ楽しめよ。トラックの旅を」


「……ワクワクするよ」


 そう言いながらも運は苦笑いだった。


 そしてそこへ久遠が口を挟む。


「キャンター枢機卿、魔王は……どうしても倒さなければならないのですか……?」


 久遠の表情には不安が浮かぶ。


「別に不死の魔王でなくても構わないよ。ただ、トラックで世界の理を踏み越えて行けさえすれば、だけどね」


「そうですか……」


「だけど現実問題、世界の理を超越するような存在は他にそうないのも事実だろう?」


「それは確かに、そうですよね……」


「しかしそうか……それを今、久遠ちゃんが心配するということは、そういうことなんだな?」


「すみません」


「いや、まだ気に病むことはないよ。オレは時間の問題だとも思っているからね」


 そう言ってキャンターは運を一目見た。


「ともかく、これで解った。……2人とも、まだ元の世界に戻るためには課題が沢山残っているようだな」


「「はい」」


「だが、諦めたくなったらいつでもオレに相談しろ? オレが2人とも元の世界まで送り届けてやるからよ」


「それだけはゼッテー嫌だ」


「それに、そうしたらエヒモセスに戻って来れなくなっちゃいますからね」


「はははっ! 2人ならそう言うだろうと思ったぜ」


 キャンターは嬉しそうに笑って言った。


「なら、課題を達成するにしろ、諦めるにしろ、出来ることを全てを終えたらオレのところに来ると良い。オレは帝国内のラムウ教総本山、サキユ大聖堂にてお前達が来るのを待っているからな……そう、ラスボスとして」


 キャンターはラスボスになりたそうに2人を見ている。


「キャンター枢機卿には一体どんなくだらない野望があるんです? 神ですか? 破滅ですか? それとも死ですか?」


「久遠ちゃん冷たいよー」


「社長がフザけるからでしょう……でも、俺も社長の目的を聞いておきたいですね」


「なぁに大したことはねぇよ。オレはただ争いの無い世界で静かに暮らしたいだけだ……形振り構わず恥の多い生涯を送って来ちまった分だけな」


 それを聞いて運は即答した。


「ラスボス失格」


「そんな決定権がお前にあるのか? はははっ」


 キャンターはさほど気にも留めた様子も無く笑って流していた。


「さて、おフザケも今日はこれくらいにしておくか。なんと言っても、今日は結婚初夜だものなぁ」


「「ハッ!」」


 急に現実に引き戻されて運と久遠は向き合って赤くなった。


「いやあ。こんな大切な日にオレなんかの話に時間を割いてもらってスマンかったなぁ」


 キャンターは顎を摩りながらあからさまにニヤニヤしていた。


「ま、仲良く頑張れよ2人とも。じゃあな」


 キャンターはそう言って踵を返すと後ろ手を振りながら大聖堂を出て行った。




 運と久遠は暫く互いを意識して言葉を交わすことが出来なかった。


「くそ、社長の奴……最後の最後で変に意識するようなこと言いやがって……」


「ど、ど、どうするのお兄ちゃん? 私は別に、構わないけど……」


「いや、流石に今の久遠じゃ幼すぎるだろ……」


 などと2人が困っていると。


「運殿、久遠殿。枢機卿とのお話は終わりましたか?」


「あ、五十鈴さん。それに皆も。待たせちゃってゴメンなさい」


「気にしないで下さい。それより、実はさっきまで皆と相談していたことがあるのですが……」


「なぁに?」


「やはり今日は初夜ですので、運殿と一緒にいたいのは皆同じなのです。なので、今日のところは皆一緒にいられないかなぁ、と思いまして……」


 全員の視線が運に集中する。


「むしろ、ここまでくると返ってその方が気が楽だとさえ思えるよ……」


 運は安堵なのかため息なのか、重く息を吐き出した。


「だがその前に、ギガやフィガロ、ミューやフィリーの父親に殴られて来るとするか」


 運は覚束ない足取りで大聖堂を出て行った。

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