第73話 社長とラスボス


「えっ!? 社長? どう言うことお兄ちゃん」


「この人は喜屋武きゃん太一たいち社長。俺がエヒモセスに来る前に勤めていた会社の社長なんだ」


「向こうでは喜屋武太一、こちらではキャンターと名乗っているよ」


「久遠には前に一度話したことあったろ?」


「あっ! 確かお兄ちゃんが恩返ししたかったって言ってた人!」


 それを聞いてキャンターは運の顔を覗き込むように悪戯な笑みを向けた。


「んん~? そうなのかぁ? 運がオレに恩返しねぇ? へえ~?」


「か、からかわないでくださいよ社長」


「社長? 何を言ってるんだお前は。無断で数ヶ月も会社を空けたんだ、とっくの昔に退職扱いに決まってんだろ?」


「うう」


「オレは喜屋武太一であって、それ以上でもそれ以下でもない。オレぁもうお前の社長じゃねーんだよ」


「やっぱ、そうですよね……」


「何しょげてんだお前。大体、退職どころかこんな立派な国まで造っちまって、独立開業どころの話じゃねーだろ。国王やりながら会社員とでも言うつもりか? 馬鹿か?」


「でも、俺はあんたに恩返しがしたくて……」


「馬鹿かオメェは!」


 キャンターは一喝で運の言葉を遮った。


「オレが教えてやったこと、もう忘れちまったみたいだな」


「……恩は俺に返すもんじゃねぇ、お前の後から来る奴に返すもんだ。……忘れる訳ねぇ。忘れる訳ないじゃないですか!」


「ハン! ならお前、その気持ちを何処に向けてやれば良いのか、またオレに教えてもらわなきゃ解んねーのか?」


「……解るよ。国民や新しい家族に、その分も返せって言うんだろ?」


「フン」


 キャンターはぶっきらぼうに鼻で言った後、すぐに表情を緩めた。


「運。ちょっと見ない間にデカい男になったな、オレも嬉しいぜ」


「すみません。俺、何も言わずにエヒモセスに来ちゃって……」


「不幸な事故だったんだろ? 解ってるさ……大変だったな。いきなり恐い目にも合ってよぅ……荒野の戦場で帝国兵を相手にしたトラックはお前なんだろ?」


「はい」


「何も言うな、それも解ってる。命懸けだったんだろうからな、仕方がない」


「社長……」


「だからオレぁ社長じゃねぇって……」


「それは解ってる! でも、俺にとってあんたは……社長のままなんだ」


「フン、これが若さか……なら勝手に呼んでろ」


「ぷっ」


 そんなやり取りを見ていた久遠が思わず吹き出して笑った。


「どうした久遠、今の何処が可笑しかったんだ?」


「だって。私が昔から知ってるお堅いキャンター枢機卿のイメージがブチ壊しなんだもん。あははっ! どうして? どうしてこんなにお兄ちゃんみたいな人なの?」


「違うよ久遠ちゃん。それは運が勝手にオレに似たんだって」


「まあ……それは否定しねーけど」


「あははっ! 私もうダメ。お兄ちゃんが増えたみたいで私、可笑しくって……」


「「う~ん……」」


 運とキャンターは困ったように後頭部を掻いたが、その動作も同じようであった。


「それより驚いたよ。勇者パーティと共に行方が解らなくなっていた久遠ちゃんがこんな強大な国を引っ提げて教会に接触してきたばかりか、まさか運の妹さんだったなんて」


「えへへ~。私もまさか転生先でお兄ちゃんと再会できるなんて思ってもみなかったですよ~。でも、そのおかげで血は繋がってないから今はもう奥さんですけどねっ」


「失礼、そうだったね」


「社長と久遠って昔から知り合いだったのか?」


「前に言ったでしょ? 私は教会の孤児院で育ったって」


「流石にそれだけじゃ一人ひとり覚えられないさ。オレが覚えていたのは久遠ちゃんが他の子よりも抜きん出ていたからだよ。勇者パーティに迎え入れられる程にね」


「あ、勇者パーティと言えば俺、もう一つ社長に謝らなければいけないことが……」


「勇者パーティを壊滅させたことか?」


「はい……その前の戦場でも帝国にはかなり被害を出してしまったようで」


「それならお前が気に病むことは無い……オレには事情が解ってると言ったろ」


「ありがとう、ございます」


「何だ? いまいち吹っ切れないな……なら、少し気を楽にしてやろうか?」


 キャンターはその表情に邪悪な笑みを浮かべた。


「荒野の戦場での大敗、そして勇者パーティ喪失で大打撃を受けた帝国皇帝はその影響で勢力を大きく削がれた。その結果、帝国内で大きく勢力を伸ばしたのは何処の誰か……そう、それは帝国内に総本山を置くラムウ教であり、このオレなのだ」


 キャンターは両手を広げ高らかに笑う。


「ふはははは……運よ。オレはお前のおかげで帝国の実権をこの手中に納められたと言っても良い。大儀であったぞ……ふははは。ラスボスはこのオレだぁー!」


 そんなキャンターを冷めた目で見ながら運は言う。


「社長、ラスボスと言ったことは謝りますから……根に持つタイプでしたっけ?」


「なんてな。どうだ? お前はオレに利用された。これで少しは気が晴れたか?」


「……ええ。ありがとうございます」


「お前も色々あっただろうが、それも全部今に繋がってると思えば良い。オレも運のおかげで帝国内の実権を握り、好戦的な輩を封じることが出来ているんだからな。もしそれがお前達の利にも繋がっているとするならば、それが巡り合せと言うものだ」


「どうして社長は俺にこんなに良くしてくれるんです?」


「お前の手助けを出来るのは嬉しい、それだけだ」


「はぐらかさないでくださいよ。今回のことにしたってそうだし、俺達が新しい文化や技術を広めて信者達に楽を覚えさせているのだって、本当は教会にとって良くないことじゃないんですか?」


「そうだな……」


 キャンターは難しい顔をした。


「色々あるが根本は簡単な話だ。お前が国民を幸せにしたいと思うのは何故なんだ? それが解ったのなら、それをそのままオレの気持ちだとでも思えば良い」


「でもそれじゃあ、やがて信者は減ってしまうかも知れない」


「そしたらそれで良いのさ……なんて、枢機卿のオレが言ってたことは内緒だぞ?」


「社長。あんた、組織のトップだろ? それで良いのかよ」


「オレはただ、世界を誤った方向に持って行きたくないだけだ」


「その結果、教会の勢力が衰弱しても?」


「勘違いすんなよ運。オレは世直しなど考えていないのさ。新しい時代を創るのはオレではない、そう言うことだ」


 キャンターは真っ直ぐに運を見据えた。


「オレぁただ、守るべき信者達に豊かで幸せになって欲しいだけだ。お前がここへ来るまでは、エヒモセスには戦争が溢れていた。救いを求める人が多くいた。だからオレぁ救いの道を広めたいと思った……でも今は違う。信者達が自らの足で立ち、神の救いを不要と判断したならそれで良いんだ。だからオレぁ間違っても組織を維持することを目的にはしない。己の利益のために組織を腐らせたりはしたくねぇんだ」


「社長……やっぱあんた、デケぇな」


「何言ってんだ運。オレにも意地と言うものがあるのでな。お前に背中を見せ付けてやりてぇだけの人間だよ」


 運とキャンターは互いに挑発的に微笑み合った。


「あんた、恩は後から来る奴に返せって言ったな? じゃあ、いつかあんたを追い越せば叩き付けられんのかよ?」


「ほざけ。また存分に面倒みてやろうか、ああん?」


 信頼丸出しの本音を隠したつもりで睨み合う2人に呆れた久遠が間に入った。


「はいはい解った解った。男達の熱いお気持ち合戦はもう十分ですー」


「「うぬぅ」」


 唸りまで同じだった。


「運、良い奥さんだな」


「ええ、自慢の妹でもありますが」


 その照れた様子にキャンターは笑いを堪え切れなかった。


「お前、そんなんで大丈夫か? 久遠ちゃんを父親の元に連れて帰るんだろ? ……て、運自身の父親でもある訳だが」


「それはそうですけど」


「連れて帰ってどうすんだ? ちゃんと父親に娘さんを下さいって言えんのか? ん?」


「うっ! 妹をくれなんて言ったら、殴られるかも……」


「あははっ! それちょっと見てみた~い」


「ちゃんと親御さんには挨拶くらい出来なくちゃあなぁ、堂々と」


 キャンターは少年が悪戯をするような顔だった。


「あははっ! これまさか、私達のラスボスは元の世界で待つお父さんになる展開?」


「うははは! ガチで2人の愛で倒す系のラスボス、キタコレだな」


「なんてこった……」


 頭を抱える運に、それを笑う久遠とキャンター。


 運にはそんな話題を逸らすように別の話を切り出すしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る