第71話 VS女性陣 ~ 大聖堂の一撃 ~



 アン市街地に戻った一行は一度解散し、運は久遠に付き添って完成したばかりの大聖堂まで足を運んだ。


「凄いな、とうとう大聖堂が完成したのか」


 正面から大聖堂を見上げて運は感嘆した。


「前に皆で決めたでしょ? ラムウ教を受け入れるって」


「そっか……これだけ立派な大聖堂ができれば、信者達も喜ぶよな」


「でも、それだけのためじゃないんだよ?」


「そうなのか?」


「お兄ちゃんも薄々気付いてるとは思うけど……アンは、とうとう国になるよ」


「流石に薄々とは気付いてたよ……だってさ」


 運は街の中央に建設中の大きな城を指差して言った。


「あんなお城みたいのが作られてればな!」


「あははっ! まあそうだよね~」


 久遠は悪びれもなく言った。


「実はもう、教会や周辺の国々とは話がついているんだ。大聖堂も完成したし、教会も受け入れられる。後はもう形式的なことだけで済むようになってるから」


「そっか」


「俺は国王なんかにならねー……って、言わないの?」


「いや、俺は皆が頑張ってアンを発展させてきてくれたことを知ってるからな」


「お兄ちゃん……」


「俺がそうなることで、皆がもっと安心して暮らせるようになるんだろ?」


「うん。そうなるように全力で支えるよ」


「だったら、迷うことなど一つもないな。ドンッ! と構えてやらあ」


 運はニカッと笑って言った。


「アン国王に、俺はなる!」


 少年のようでありながらも堂々とした顔を向けられて、久遠は一瞬言葉を失った。


 久遠は運を正面から見ることが出来ず、頬を染めて視線を逸らした。


「良かったぁ……けど、格好良すぎるよ、もう……」


「改めてありがとうな久遠。俺は久遠がいたからここまで来られたんだ。これからもよろしく頼むな、やっぱり俺にはお前が必要だ」


「わ! わ! 待ってよ! ズルいよ、まだちょっと早いよ……」


 久遠は真っ赤に染まった顔を両手で隠した。


「まだ早い?」


「うん……お兄ちゃん。これから、大事な話があるの……私について来て」


 そう言って久遠は大聖堂正面の階段を上り始めた。


「大事な話? ここじゃ駄目なのか?」


「……神様の、前がいいな」


 それきり久遠は前を向いて階段を上って行くので、運も仕方なくそれに続いた。




「ここで、少し待ってて」


 大聖堂チャペルの中に入ると久遠は運を一人残して何処かに出て行った。


「何だ? 久遠の奴、急に口数少なくなって……元気がないのか?」


 運はチャペル内で暫く一人で待たされた。


「遅いな久遠の奴……もしかして俺、何か怒らせちまったのか?」


 思い当たる節として、記憶に新しい温泉旅館での違和感が運の表情を濁らせる。


「いやいや、俺は久遠のことを信じてる」


 運は首を振って邪念を払った。


 そして長い待ち時間の中、ぼんやりと高い天井を見上げていると自然と思い返される久遠や仲間達と歩んで来た今までの道のり。


(久遠の奴、ずっと俺について来て、苦労しっぱなしだったろうなぁ……)


「久遠の奴、幸せにしてやりてぇな……」


 運の気持ちが思わず口から溢れて出た時だった。


「言質、取ったよ。お兄ちゃん」


 チャペル入口の方から声がして振り返る。


「久遠……お前……」


「どうかなお兄ちゃん? 似合う?」


「な、何て格好してんだ」


「何って……ウェディングドレスだよ?」


「どど、どうして!?」


「解らない? お兄ちゃんに、私達の想いを伝えるためだよ」


「想いって……俺達、兄妹だよな?」


「今更? ……こっちでは、血は繋がってないよ?」


「そりゃそうだけど……本気か?」


「ええ。久遠殿は本気ですよ、それは私が保証します」


 そこに久遠の後ろから現れたのは五十鈴だった。


「五十鈴……って、何で五十鈴までウェディングドレス!?」


「わ、私だって、もう運殿以外になんて、お嫁に行けないんです!」


 赤くなる五十鈴を支えるように更にその後ろから現れる複数の影。


「五十鈴ちゃんだけじゃないよ~! 運さん! 私達のこともよろしくね~」


「とうとう年貢の納め時……逆に、私達自身を、運に納めることにした」


 ミューやフィリーが同じようにドレス姿で現れたばかりか。


「あらあら。精霊の身でありながら運様に嫁ぐことになるだなんて」


「わ、私も……運お兄ちゃんのお嫁さんに、してください……」


「ご主人様、ボクとはもう既成事実があるもんね~?」


「時は満ちた……アタシだってご主人様には責任取らせるつもりなんだからね?」


「カレン、セレナ、ダイナにルーまで……どうなってんだ? 久遠、説明してくれ!」


 戸惑う運に女性陣の中から一歩前に出た久遠が告げる。


「お兄ちゃん。もうすぐ国王になるんだから腹を括ってもらわないと……これくらいの側室を抱えられないでどうするの?」


「そ、側室って……俺、まだ奥さんもいないけど?」


「そんなの知ってるよ。だからここにいる皆で話し合って決めたんだ。皆でお兄ちゃんのお嫁さんになっちゃおうってね!」


「てことは、他のみんなも本気?」


 笑顔で頷く女性陣、たじろぐ運。


「ま、正式には私が成人するまであと少し待っててもらうことになるけど……どうせなら、アン大聖堂での結婚式第1組目になりたかったんだ」


「……冗談の類ではないんだな?」


「当たり前だよ! 逃がすつもりなんか微塵も無いんだからね? 解ってる? エルフ族、ドワーフ族、魔法、薬学、精霊、国防、治安維持……各分野で重要な役割を持つ私達をどう扱えば良いかなんて、考えるまでもないよね?」


「う……」


「かわせるものなら、かわしてみてよね?」


 満面の笑顔を浮かべている女性陣からの重圧は、運の身体の自由を完全に奪っている。


(ムリムリ……かわせる訳ねー!!)


「私達は、決めるからには一撃で決めるっ!」


 そして女性陣は詠唱を始めた。


「「新郎、日野運。あなたは私達を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを……」」


 そして力の限り迫った。


「「誓いなさいっ!!」」


 その一撃は人生というライフポイントを根こそぎ刈り取る威力を持っていた。


「……はい。謹んで、誓わせていただきます」


 日野運は人生的には勝利したかも知れないが、女性陣には完全敗北した。

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