第69話 VSスライム


「ところで四天王の皆さん、先程はサラリと流しましたが、サフラン殿が実体から非実体に変化する際、その質量はどうなっているのでしょうか?」


 構える運とサフランを前に五十鈴が首を傾げた。しかし誰も答えられない。


「なんかこう……魔法で上手いことなってるんじゃない?」


 久遠が言うと五十鈴が更に反対方向に首を傾げる。


「光波にも変化すると言いましたが、質量との兼ね合いはどうなるのでしょう?」


「なるほど! 光速の突撃ならお兄ちゃんにも勝てるかも!」


 それに対しルーテシアが真顔で答える。


「まず質量を持った物体が光速に達することは無いけれど、仮の話をすれば光速になった瞬間に質量は無限になると言われているわ。即ちその瞬間に重力崩壊を起こしブラックホールが発生、それが一瞬にしてエヒモセス全体を飲み込み、その後も宇宙を飲み込み続けることになるわね。大体、その衝撃波だけを考えても……」


「……ルーちゃん、何でそんなこと知ってるの?」


「中二病だからだろ。ま、簡単に言えば、お前のスライムで宇宙がヤバイ! だな」


 久遠は少し血の気の引いた顔でサフランに呼びかける。


「サフちゃん! 突撃だけ! 突撃だけだよ! ぶつかりっこ遊びなんだから!」


「ぽよお~っ!」


 サフランはフンスと息を荒げた。


「さてと、さっさと終わらせてやるか……イグニッション」


 運は戦闘態勢に入った。


「む、どうしたご主人様よ。どうして黄金のオーラを使わないのじゃ」


「使えないんだよ。あの時は無我夢中だったから良く覚えていないんだ」


「なんと、そうであったか……それではちと、分が悪いかも知れんのう」


「ただ、何もせず負けるつもりはねーよ」


「ほう……では何か他の手があるのじゃな?」


「まぁ見てろ」


 運がハンドルを握ると周囲の空気が震えるような音がしだした。


「ほう……確かにもの凄い力が溢れ出ているようじゃの」


「見て! ご主人様のトラックに模様が浮かび上がっていく!」


 ダイナが指差すトラックの荷台。次第に鮮明さを増す獰猛な虎の姿絵。


「あ、あれは……虎っ!? トラックだからって……安易に虎っ!」


 久遠はツッこまずにはいられない。


「まだまだっ!」


 続いてそれに対を成すように浮かび上がる竜の姿。


「あ、ボクとは違うタイプの竜だ」


「ああああ……この竜虎相搏つみたいな構図……これはまさか、時代の彼方に消えたと言われる伝説の……」


 震える久遠を気にも留めず運は口上を始めた。


「男一匹ガキ大将、御意見無用の風雲児、喧嘩上等、街道仁義、天下分け目の大決戦!」


 更に荷台には意味の解らないポエムが浮かび上がっていく。


「あれは何でしょう? 運殿にしては珍しい……呪文詠唱でしょうか?」


「イヤァー!! それ以上は止めてお兄ちゃ~ん!」


 首を傾げる五十鈴に頭を抱える久遠。


「トラック野郎に不屈の魂!」


 最後にはギンギラギンに輝いていくいかつい装飾。


 そして運の瞳はカッ!! と開かれた。


「デ・コ・ト・ラ・モォードッッ!! 夜露死苦よろしくぅっ!」


 その背景には竜虎の幻影が大きく投影されるかのような威圧感だ。


 説明しよう。デコレーショントラック別名アートトラックとは、特殊な装飾や独特や塗装を施したトラックのことであり、一時代のブームを築いたトラック文化ではあるが、厳しい社会の目に晒されて次第に姿を消して行った悲しき存在のことである。


「い、いやぁ……こんなお兄ちゃん見たくない……」


 久遠は眩暈がして倒れそうだ。


「ぽぽぽぽぽぽ、ぽよぉーーーーっ!!」


 反対にサフランは大興奮状態だった。


「待たせたな、サフラン」


「ぽよおーーーーっ!!」


 ゴクリ、と固唾を呑む久遠以外の傍観者達。


「勝負は……一瞬で決まる」


 五十鈴が呟く中、久遠は手を払うように適当に合図を出した。


「もういい……ちゃっちゃと終わらせて……はじめ!」


 両者同時に飛び出した。


「突き進めっ! 俺様のっ! 虎舞竜トラブリューロードッ!!」


「ぽっぽよ~っ!!」


 竜虎の咆哮が如きトラックの突撃と、全てを飲み込まんとする暴食者の大激突だった。




 激突が終わって、運達一行は折角なのでと温泉に浸かっていた。


「痛ぇ……くそ、サフランの奴あんなに強かったのかよ」


「サフランの奴は遊んで貰っていると思っとるだろうがのう」


「しかし、決着がアレじゃあな……」


 圧倒的な物理耐性に対抗し、運が新しく発動させたスキル『スタンディングウェーブ』。


 スタンディングウェーブ現象とは、タイヤの後方が波状に変形する現象である。本来であれば走行中に発生すると非常に危険な状態となるが、スキルとして発動し衝撃を波状に変形させることでサフランの柔軟性を突破して突撃の衝撃を効率的に与える、というのが運の狙いであったのだが……。


「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽよよよよよよよよよよ…………」


 と、その波状の振動があまりに気持ち良かったらしく、運がスキル発動を止めると。


「ぽよっ! ぽよっ!」


「ご主人様。サフランちゃんがソレもっとやってって言ってるよ~」


 と、飛び跳ねてせがむものだから続けていたところ。


「ぽ~よぉ~……」


「あっ! サフちゃん気持ち良くなって溶けちゃった!」


 と、どうにも締まらない決着を迎えていたのだった。


「あのとおりサフランはほぼ無敵の強さを誇るのじゃが、寂しさや気持ちの良いことには滅法弱くてのう……どうあれ、そこを突いて奴を動けなくしたご主人様の勝ちじゃよ」


「俺はまだ不完全燃焼なんだがな」


「何にせよ親睦も深まったことじゃし、良いではないかご主人様よ」


「……そうだな。また軽く揉んでやれば良い訳だし」


 そう言って運が足を伸ばし、肩まで浸かった時だった。


「わ~! すっごく広いね~五十鈴さん!」


「そうですね! やはり露天風呂は開放的で気分が良いです!」


「折角だし、ミューさんやフィリーさん、皆も呼んで温泉パーティーしようよ」


「久遠殿、それは私も大賛成です!!」


 サフランを抱いた久遠にタオルを巻いた五十鈴が戸を開けて入ってきた。


「!? 久遠、五十鈴! 何やってんだお前等、こっちは男湯だぞ」


「あ、お兄ちゃんいた! あははっ! 今日はここ貸し切りだも~ん」


 堂々と運の隣にまで詰める久遠。


「は、運殿。今日は折角なので、とことん親睦を深めるべきかと……思いまして……」


 五十鈴は顔を赤らめながらも、徐々に運との距離を詰めていく。


「ぽよよよよよ~……」


 久遠に抱かれたサフランは温泉に浸かって気持ち良さそうに溶けてしまう。


「うふふ。サフラン殿はお菓子、波状スキル、温泉で。今日はとことん骨抜きですね」


「スライムだけに! 五十鈴さん上手いこと言う~!」


 などと笑っていると、壁の向こうの女湯からダイナ達の声が聞こえてくる。


「あっ! ズルい久遠さん達! 遅れて行くってご主人様達の方に行ったんだ!」


「ダイナ、アタシ達も飛び越えて行くわよ!」


「「て~いっ!!」」


 そんな声がして運が恐る恐る上を見上げると、壁を飛び越えたダイナとルーテシアが自身に向かって落下してくるところだった。


「うわ~! ご主人様あぶな~い!」


 と言いつつもダイナは両手を広げて飛びつかんばかりの勢いだ。


「ちょっとダイナ、あんたワザとやってんでしょ!」


「うわ~! お前等~!!」


 狙い済まされたかのように運はそれらと激突した。


「だだだ、大丈夫ですか運殿!」


「お兄ちゃ~ん! しっかりして~!」


「ダイナ! あんたやりすぎ!」


「てへへ~。ボク、失敗しちゃった……」


 目を回しながらプカプカと温泉に浮く運を女達は心配げに覗き込んだ。


「あれ……? おっきい素裸衣無スライム、ちっちゃい素裸衣無スライム……いっぱいだ……ガクッ」


 衝撃でスライムの幻でも見たかのような言葉を残して運は意識を失った。


「ぽ、ぽ~よぉ~……」


 その日、運はスライムに揉みくちゃにされる夢を見た。

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