第67話 仲間になりたそうにこちらを見ている


 ゾエが通過した足跡の被害確認に久遠と五十鈴は馬車で山岳地帯まで来ていた。


「すみません久遠殿。私ももう少しで車の免許が取れるのですが……」


「ううん、十分助かってるよ~。それにどちらにしろ、ここはまだ山道だしね~」


「ミスリル坑道等もありますから、なるべく早めに市街地からの道を舗装しましょう」


「またフィガロさんと本田さんの尻を叩いておかなくちゃね~」


「あの2人、働き詰めでお体は平気でしょうか? 本田殿などは先日、壁際に蹲っていたので心配で声をお掛けしたのですが、返事が無く、ただの屍のようでした」


「平気平気。これからもアンはどんどん大きくなって行くんだから、あの2人にはこんな程度で倒れてもらっちゃ困るよ~」


「そうでしたね。今やアンは技術のみならず資源も豊富で、もう十分に強い。とうとう一国と呼ぶにも相応しい規模になって来ましたからね」


「そうそう。お兄ちゃんを国王とするため、教会を受け入れるべく作らせてる大聖堂もとうとう明日完成予定だし、例の建物も間もなく完成予定……あの2人には工期が遅れましたなんて言わせないんだから」


「かと言って工事に手抜かりがあるようなら……?」


「死ッ!!」


「ふふふっ」


 フィガロ達が聞けば竦み上がりそうな話を笑いながら話して2人は馬車を進ませた。




 温泉施設に辿り着いた久遠達は馬車を置いて歩きで周辺を視察した。


「良かったですね久遠殿、温泉施設が無事に済んで」


「もしかしたら、わざわざ迂回してくれたのかもね、ゾエちゃん」


「ゾエちゃん……とんでもないモンスターも久遠殿に掛かれば小動物扱いですね」


「み〜んな、私よりお兄ちゃんに懐いてるんだけどね〜」


「うふふ。私、運殿があんなに動物好きだなんて知りませんでした」


「それが結構油断ならないんだよ? ルーちゃんもな〜んか色々怪しいし、最近はダイナちゃんまでゴロゴロして欲しそうにこちらを見ているってお兄ちゃんが言ってた」


「うふふ。運殿は人気者ですね」


「それだけなら良いんだけど」


 久遠は呆れた様子で呟きながら視察を続けた。


「あ〜あ、私も可愛いペットが欲しいな〜」


 そんなことを言いながら歩いていると。


「ぽよよ〜……ぽよよ〜……」


 森の中から一匹のスライムが現れた。


「久遠殿、魔物です」


「大丈夫だよ〜。敵意もなさそうだし、あんなに小さなスライム放っておこ」


「ですが、近くに群れがいるかも知れません」


「そうかなぁ……? 寂しそうだし、群れからはぐれちゃったみたいに見えるけど……捕まえてフィガロさんに壁材にしてもらう?」


「ぽよっ!?」


 するとスライムは飛び上がった。


「ぽよよ〜っ!!」


 スライムは逃げ出した。


「あははっ! 冗談なのに〜」


「いやいや、久遠殿の言葉が解ってるところに驚くべきでしたよ……」


 スライムを言霊一つで追い払った久遠達は更に施設の見回りを続ける。


「久遠殿、久遠殿」


 五十鈴が久遠の腕の裾を引く。


「さっきのスライムでしょうか? 私達の後をついて来ているようです」


「良く見ればこの子、体が七色に変色してるみたい。珍しいスライムなのかな?」


「テア山脈のモンスターですから、ダイナ殿やルーテシア殿に聞いてみれば何か解るかも知れませんね」


 二人は虹色のスライムを覗き込んだ。


「スライムは壁材になりたそうにこちらを見ている。壁材にしますか?」


「ぽよっ!?」


 久遠が呟くとまたしても虹色スライムは逃げ出した。


「あははっ。可愛い〜」


「あまり苛めては可哀想ですよ」


 そうして更に視察を続けていると。


「久遠殿?」


「解ってる」


 2人が振り返ればまたしても虹色スライムがついて来ている。


 五十鈴は哀愁漂う虹色スライムが憐憫に思え、久遠に対し棒読みで打診した。


「スライムは仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?」


「いいえ」


「ぽよっ!?」


 スライムはかなりの精神ダメージを負った。


「ぽよよ〜……」


 虹色スライムは寂しそうに去って行った。


「そんな、ひどい……」


「う~ん、何か悪いことしちゃったかなぁ」


「何か理由があって私達の後をついて来たのではないでしょうか?」


「スライムなのに?」


「でも私達の言葉も解っている様子でしたし、知能も高いのかも知れませんよ?」


「……もしかして、ダイナちゃん、ルーちゃん、ゾエちゃんの話に反応したのかな?」


「!! きっとそうですよ! 追いかけましょう!」


「う、うん」


 久遠と五十鈴は虹色スライムの後を追った。


 すると木の根元で小さく丸まって震えている姿がすぐに見つかった。


 久遠は足元をしらべた。


「スライムちゃん。泣いてるの……?」


 返事が無い。ただの屍のようだ。


「さっきはゴメンね。もしかして君、ダイナちゃん達の知り合いなの?」


「ぽ、ぽよお……」


「やっぱり。久遠殿、ダイナ殿達を呼んでみますか?」


「うん、そうだね。五十鈴さん、お願いできるかな?」


「承知しました」


 五十鈴はスマホを取り出して踵を返すとダイナに電話を掛けた。


 その一方で久遠は虹色スライムに声を掛けた。


「君、もしかして皆がいなくなって寂しくなっちゃったのかな?」


「ぽよ」


「そっか~。可哀想に」


 久遠は両腕で虹色スライムを抱き上げた。


「今、ダイナちゃん達を呼んでるからね。ルーちゃんもゾエちゃんも、今は私達と仲良く楽しく街で暮らしているんだ」


「ぽよぽよ」


「良かったら、君も一緒に来る?」


「ぽよっ! ぽよっ!」


 虹色スライムは弾むように喜んだ。


「あははっ! 君、可愛いね~」


「ぽよ~!」


「なんならウチの子になる? 3人とも一緒なんだよ?」


「ぽよ~っ! ぽよ~っ!」


 虹色スライムは嬉しそうに久遠の身体の周りを這い回った。


「あははっ! くすぐったいよ~!」


「ぽよよんっ! ぽよよんっ!」


「ほら、これお食べ。私の手作りお菓子だよ」


 久遠は持っていたお菓子を一つ虹色スライムに与えた。


「ぽよっ!? ぽぉよぉ~……」


 虹色スライムはお菓子を取り込んだ後、美味しさに驚いたのか一瞬身を飛び上がらせ、その後、気持ち良さそうに久遠の腕の中で身体を溶かしてしまった。


「あははっ! 可愛い……そうだ!」


 久遠は虹色スライムを乗せた両手を真っ直ぐに伸ばして正面から向き合った。


「私もちょうどペットが欲しいと思ってたんだけど、君に決めた! ……だめ?」


「ぽよっ! ぽよっ!」


 虹色スライムは嬉しそうに弾んだ。


 どこからともなく不思議な声が聞こえる。


「ボク、サフラン。わるいスライムじゃないよ。よろしくね!」


「今の……君の声なの? サフランちゃんって言うんだね?」


「ぽよぽよ」


「良かった! 私は久遠だよっ! これからよろしくねっ! サフちゃん!」


「ぽよ~」


 久遠はサフランをギュッと抱きしめた。


 そこへ電話を終えた五十鈴が後ろからそっと語りかける。


「スライムは仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?」


「はい!」


「ぽよ~っ!!」


 サフランは嬉しそうに馬車に駆け込んだ!

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