第60話 学校へ行こう


「は~い、皆さ~ん。今日はアンで一番偉い人が来てくれたよ~」


 小さな子供達を前にドワーフの天才少女セレナが大きく声を張った。


「セレナ、その紹介はやめてくれ」


「だって運お兄ちゃんは凄いんだもん!」


 セレナは明るく笑った。


「本当にセレナは元気になったな」


「うん! 全部、運お兄ちゃんのおかげだよ」


 そう言ってセレナは運の腰に両手を回して抱き付いた。


「あ~! 先生が偉い人にギューした~!」


「わ~! 先生、好きなんだ~!」


 人間にエルフ、ドワーフ等、多種族の小さな子供達が囃し立てる。


「そ~だよ~。先生は、将来運お兄ちゃんのお嫁さんになるんだ~」


「「えええ~っ!!」」


 子供達に混じって運も驚いていた。


 セレナは電化製品等の基礎設計を一通り終えた後、その技術をミストラル工房とホンダ工務店に預けて暫く体質改善に専念していたが、その優秀さを買われて時たま臨時の学校教員を務めることもあった。


「ご主人様、何照れてんのよ」


 運の頭の上に乗ったルーテシアが冷ややかな目で言った。


「そうだった……今日はお前等の紹介で来たんだった」


 ルーテシアとの戦いから数日後、アンでは運による蜘蛛族との共生宣言があり、その場で運自らがルーテシアを玉のように・・・・・可愛がって見せたことで、ことのほか蜘蛛族は住民に受け入れられていた。


「は~い。では運お兄ちゃんからお話がありま~す。皆静かに聞いてくださ~い」


「「は~い!」」


 小さな子供達は皆素直に元気良く返事をした。


 運がルーテシアを小さな子供達の前に連れてきたのは、蜘蛛族との共生、良い関係を子供達から印象付けようとしたためだった。


「と、いう訳で、これからはこの可愛くて優しいクモさん達が街の隅々まで目を光らせて、みんなの安全を守ってくれます。皆さん。街の仲間クモさんを大切にしてください」


「「は~い!」」


「もし皆さんと仲良くなりたそうなクモさんが近付いて来た時は、こうやってお腹を撫でてあげると……」


「ちょ、ご主じっ、あっ、んん!」


「わー! 可愛い~!」


「気持ち良さそ~っ!」


 ルーテシアの声は子供達の歓喜の声に掻き消されていた。


「犬さんや猫さんみたいにゴロゴロ気持ち良さそうにしますので、皆さんも可愛がってあげてください」


「「はーい!」」


「やっ、子供達の、ん、前で……、んっ!」


「もっとクモさんと仲良くなりたければ、お父さんやお母さんに相談してみましょう。お家の人が良いと言えば、クモさんと一緒に暮らしたりもできます。このクモさん達は頭がとっても良いので皆さんの言葉も良く聞いてくれますし、家族の一員として色々とお手伝いをしてくれるかも知れませんよ」


「はぁんっ、んんん~っ」


「私も可愛いクモさん飼いた~い」


「僕も~! ギューってした~い」


「いっぱいゴロゴロする~!」


 運がルーテシアを溺愛して見せる効果もあってか蜘蛛族の印象は良かった。


「んんんんんん~っ!」


 ただし、その後は決まって何故か、ルーテシアはぐったりしてしまうようだった。


「さてと。それでは皆さん、何か質問はありますか?」


 運は頭の上にルーテシアを戻して平然と続ける。


「はいっ! 街にいるクモさんは、ルーテシアちゃんみたいにお話が出来るようになりますか?」


「難しい質問ですね。ルーは元々は転生者と呼ばれる人間の女の子だったから喋れるのかも知れません。とは言え、街のクモさんも言葉は解るようですので、もしかしたら皆さんが仲良くしているうちにお話ができるようになる子もいるかも知れないですね」


「はいっ! ルーテシアちゃんはどんな女の子だったんですか?」


「ごめんね、お兄さんも転生前のルーを知らないんです。でも恐らくは中二……いてっ」


 頭の上でルーテシアが小突いていた。


「え~! 女の子のルーテシアちゃんも見たーい」


「可愛い女の子だよ、きっと~」


「チューすれば戻るよ! 王子様のキスで元の姿に戻るお話があるもん!」


「え~! 見た~い! お兄ちゃん、チューしてみて~」


「じゃあ折角だし、試してみようか」


「「えっ!?」」


 驚いたのはセレナとルーテシアだった。


「何驚いてるんだ? 犬や猫とだってキスするだろ」


「運お兄ちゃん……解ってないよぉ」


「アタシ……やっぱりペットなんだぁ……」


 そんなことを言っている間に、運は少しの躊躇いもなく頭からルーテシアを降ろし、抱きかかえた彼女のその口にキスをした。


「悪いな。蜘蛛族との関係性アピールもあるもんだから……後でちゃんと詫びるよ」


 ルーテシアにだけ聞こえる声で運はそっと囁いた。だが、ルーテシアは真っ赤になって一言も発さなかった。そそくさと運の背中から回って頭の上に戻る。


「残念、戻らなかった~」


「見たかったのにな~」


 子供達は人の姿に戻らなかったことに落胆した様子だった。


「そうですね。ルーも元の姿に戻りたがっていますので、戻れなかったのは残念ですが、姿や形でお兄さんとルーの関係が変わる訳ではありません。どんな姿であれ、お兄さんがルーを大事に思う気持ちに変わりはないんですよ」


「はうあぁ……」


 ルーテシアは運の頭の上で小さく丸まってしまった。


「だから、皆さんも家族やお友達のことを大切にしてくださいね」


「「はーい!」」


「フ、フン。そんな風に綺麗にまとめたって、どうせアタシはペットですよ~だ」


 自慢の邪眼も子供達の純粋な瞳の前ではどうにも弱い様子だった。


「それじゃあセレナ、俺達はこの辺で……」


「えっ! 運お兄ちゃん、もう帰っちゃうの?」


「今日は他の学校も回る予定になってるからな」


「運お兄ちゃん、最近ずっと忙しいね……」


 気落ちするセレナを見てルーテシアは軽く運を小突いた。


「今度ゆっくりセレナんとこにも遊びに行くよ」


「ほんと!? やった! 約束だよ?」


 セレナは嬉しそうに笑った。


「それじゃあ運お兄ちゃん。最後に子供達に何か一言いいかなぁ?」


「参ったな。俺、そう言うの苦手なんだけど」


「何でも良いよ」


 そんなやり取りを見る小さな子供達の目は純粋であった。


「じゃあ……最後にお兄さんから、皆さんに一つ問題を出します。難しいぞ~?」


 子供達はそれを期待の眼差しで見ていた。


「バスに乗客が3人乗っていました。次のバス停で2人乗って来ました。その時バスの中には全部で何人いるでしょうか?」


「5人だよ~!」


「そんなの簡単だよ~!」


 子供達から口々に答えが上がる中、運は大きく腕でバツを作って言った。


「ブー! 違いまーす! 正解は6人でーす!」


「「えええー! なんでー?」」


「運転手さんのことも忘れないでくださーい」


「「ズルだーーー!」」


 それは子供達からは大ブーイングであったが、運はそんな子供達を笑ってなだめた。


「確かにこんな問題は学校で教えてくれるのとは違うよね。でもね、お兄さんが言いたいのはまさにそこ。学校が教えてくれることだけが全てではないことを皆さんにも知っておいて欲しいんです」


 子供達は純粋な目で運の言葉を待つようになった。


「正しいと決められた答えより、楽しい答えを見つけたい。そんな心をいつまでも持ち続けられたら良いなと、お兄さんは思っています」


 運も澄んだ瞳で遥か彼方の空に視線を投げかけ続ける。


「お兄さんも異世界からやって来て、ここで多くの新しいことに出会いました。正直、正しくないこともしてしまったかも知れません。でも、今は一日一日を大切な仲間達と楽しく暮らせています。正しい答えを積み上げただけでは、きっとここまで辿り着けなかったような気さえしています……って、こんな話は皆さんにはまだ少し難しいですよね」


 運は真面目な顔で続けた。


「だから、要するに……簡単に言うとですね」


 運は突如、手をヒラヒラ、片足を上げ、舌を出して言った。


「やーいやーい、騙されたー!! みーんな引っ掛かっちゃったー!」


 子供達はしばしキョトンと互いに目を合わせた後。


「「ズルだーっ!!」」


 一斉に怒りを露わ、運に向かって突撃を開始した。その勢いによって頭上のルーテシアは放り出されてセレナの腕にキャッチされる。


 その後、子供達に揉みくちゃにされる運を見てルーテシアはため息を吐いた。


「アタシ、あんな人のペットなの……?」


「違うよルーテシアちゃん。きっと運お兄ちゃんは子供相手にも真剣に向かい合って遊んであげられる、本当に心の優しい人なんだと思うな」


「セレナって、もしかして天使?」


 ルーテシアは眩しげにセレナを見上げた。


「アタシ、セレナには悪い男に弄ばれる女の子になって欲しくないわ。アタシみたいに」


「え、ええ~? 運お兄ちゃんはそんなことしないよぅ」


 揉みくちゃにされながらも大口を開けて笑い転げている運を見てセレナは頬を染めた。


 2人の運を見る目は全くの正反対だ。


「見てなさいご主人様。アタシはいつか絶対に人の姿に戻る方法を探し出すわ。そしたら絶対に責任取らせてやるんだから! そ、それまではペットでも何でも、存分にアタシのことを可愛がれば良いんだわ!」


 ルーテシアは真っ赤になって身悶えていた。

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