第59話 言わないで


「ヒール! ……これでいいの? お兄ちゃん」


 傷付いたルーテシアを回復する久遠。


「おう、サンキュー久遠」


 ルーテシアの吹き飛んだ身体は時空眼で失った眼も含め全て元通り回復した。


「ふう。良かったなルーテシア……って、まだ目が赤いな、大丈夫か?」


 ただ、泣き腫らしたその目だけは傷ではなく、そのままだった。


「あ、ご主人様、これはね~?」


「ちょちょちょっ! ダイナ待って、言わないで!」


「え~? どうしよっかな~? ルーテシアちゃん次第かなぁ?」


「わ、解ったわよ……大人しくするわ」


 ルーテシアはしおらしく視線を落とした。


「何だか良く解らんが……これからはよろしく頼むな、ルーテシア」


 そう言って運はルーテシアの鎌の手を握って握手をした。


「はい。それじゃあ今日からルーテシアちゃんのご主人様も、ご主人様だね」


「「ご、ご主人様!?」」


 驚く一同。


「ほら。ルーテシアちゃんも呼んでみて、ご主人様って」


「ア、アタシは別にそんな風になった覚えなんか……」


「ルーテシアちゃん?」


「わ、解ったわよ……」


 ルーテシアは体中を赤く染めながら小さな声で言った。


「ご、ご主人様……」


「何だかムズ痒いな」


「か、勘違いしないでよねっ!? べ、別にあんたを喜ばせようとして言ったんじゃないの! ダイナが言うから合わせただけなんだから!」


 ルーテシアは意味も無く身体をバタバタさせながら言い繕っていた。


「本当は優しくされて嬉しかったとか、ちょっとご主人様カッコ良かったとか、ご主人様のために何が出来るかな~なんて、全っ然思ってなんか無いんだからね!」


「「うわあ……」」


 ルーテシアは周囲からの邪眼に晒されることとなった。


「ところで……その、そのね?」


「ん? なんだルーテシア、思うところがあるなら言ってみろ」


「実は、テア山脈にはアタシを慕ってくれる蜘蛛の眷族がいっぱいいて、多分アタシがご主人様について行くと、沢山ついて来ちゃうと思うの」


「害があるのか?」


「ううん。皆頭も良いし、アタシの言うことは絶対に聞いてくれるから住民に危害を加えることはないわ……むしろ外敵から守ってあげることも出来る……街の皆が気持ち悪いって嫌がらなければだけど……」


「それは良いな」


「ちょっ! お兄ちゃん!?」


「最近は街も大きくなってきて、流石に自警団だけで何とかって規模じゃなくなりつつあったんだよな……だろ? 久遠」


「それはそうだけど……虫が苦手な人もいっぱいいるよ?」


「蜘蛛は益虫って言うのにな」


 そう言って運はルーテシアを抱き上げた。


「わっ! なにっ? ご主人様!?」


「むしろここまで大きいと逆に虫に見えないだろ? 身体もまん丸で柔らかいし、フカフカだぞ。短い足もチャーミングだしさ。見方によってはペットみたいで可愛いと思うんだよな」


「ちょっと! アタシはペットじゃなぁ~いっ!」


「ん? なんだ? こうしてやろうか?」


 運は抱きかかえたままのルーテシアの腹の下をくすぐった。


「あっ、やっ、やめ……」


 因みに蜘蛛の生殖器は腹にあるが運には当然そのような知識は無い。


「やぁっ、んっ、んん、ん~っ!」


「うんうん。お腹が気持ち良いんだな? よ~しよし。ういやつ、ういやつ」


 運は必死に声を殺して堪える様子に気付きもせず、まるで犬や猫を可愛がるのと同じ要領で撫で回し続けて自己満足していた。


「な、可愛いだろ?」


「な、何か様子が変だよお兄ちゃん?」


「と言うか、これはアレだね」


「んんっ、んんん~!」


「俺、動物大好きなんだけど、一人暮らしでペットとか飼えなかったからさ。犬とか猫とか憧れてたんだよな」


「はんんっ、んっ、んん!」


「もしかしてお兄ちゃん、飼うつもり?」


「それも良いな。よ~しよしよし。お前、うちの子におなり~?」


「あふっ、んんん~っ!」


「よ~しよし、そうかそうか~。可愛いなお前~」


「んんんんん~っっ!!」


 ルーテシアはやがて身体中の筋肉が弛緩したように動かなくなった。


「さて。何なら特区みたいのから始めて見ても良いんじゃないのか? 多種族共生ってのも悪くないだろ? 何なら俺、住民の前で仲良し宣言もするぞ?」


 運は何事も無かったかのようにルーテシアを下に置いて真面目に話し始めた。


「お兄ちゃんが自ら宣言しようだなんて、本気で気に入っちゃったんだねぇ」


「そうだな。俺、こいつ可愛くて好きだぞ」


「はふう……」


 ルーテシアは虫の息だった。


「お兄ちゃんにそう言われると、可愛く見えてきたりもしないこともないかも……」


「だろ? それにこいつ等、結構強くて頼りになるぜ?」


「お、お兄ちゃんがそこまで言うなら……」


「よしっ、じゃあ決まりだ! さっきみたいに俺が皆の前・・・でよしよししてやるからな」


「ひいっ!!」


 大衆の面前での羞恥プレイを想像し、地に伏していたルーテシアの身は激しく竦んだ。


「ルーテシアちゃん、ドンマイ」


 しゃがみこんで小声で語りかけるダイナであったが。


「ところでダイナちゃ~ん? 人のことを心配する前に、私からもダイナちゃんに一つ聞きたいことがあるんだけどな~?」


「ギク……な、何かなぁ久遠さん」


「会議室に服がぜ~んぶ脱ぎ散らかしてあったんだけど、一体どういうことなのか説明してもらえるかなぁ? ……お兄ちゃんもだけど!!」


「「ひいっ!!」」


 運とダイナも一瞬で竦み上がった。


「あ、あれはドラゴンの姿で飛び立つためだぞ?」


「うん、ボクが変身すると服が破れちゃうから……」


「お兄ちゃんのベルトも一緒に落ちてたんだけど?」


「「ひいっ!!」」


 そこへすかさずルーテシアの目が光る。


「く、久遠さん! さっきダイナが言ってたけど、ご主人様とダイナは……」


「待ってルーテシアちゃん! 言わないで!」


「……ダイナ、私達、対等よね?」


「うん。ボク達、仲良しだよ?」


「……大方の予想はついてるんだけどなー」






 テア山脈の洞窟の中。


「ドラゴンばかりか、邪眼までもがやられただと……?」


「ぽよぽよ」


「これでは会話が成り立たないではないか」


「ぽよぽよ」


「仕方ない、ワシが行くしかないようだの」


「ぽよぽよ」


「……ぽよぽよ」


「ぽよぽよ」


「……行ってくる」


 どうやってその洞窟の中に入ったのかさえ解らないベヒモスのゾエがその巨体をゆっくりと動かし始めた。

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