第58話 VS厨病の蜘蛛(2)
「一体いつから……邪眼を遣っていないと錯覚していた?」
「……ガフッ」
ダイナの爪を突き刺され、口から大量の血を吐き出す運。
「う、うそ……ご主人様? 違うの、ボク、ルーテシアちゃんを振り払うつもりで……」
青ざめた表情で爪を引き抜くダイナ。そして崩れ落ちる運。
「あんた達が見てたのは、邪眼が見せる幻だったのよ」
「そんな……こんなのって無いよ……」
不敵に笑うルーテシア。
「いい
「そんな……ご主人様死なないで! ヒール!」
「健気なことね、ダイナ」
「酷いよルーテシアちゃん、ボクにこんな、こんなことさせるなんて……」
「あんたには目を覚ましてもらう必要があったのよ……戻って来なさい、ダイナ」
「嫌だよ! ボクはあの街と、ご主人様が大好きなんだ」
「なら、そいつを殺して、あの街を消してしまえば良いのね」
「やめてよっ!」
「ダイナ、あんたにアタシが止められるとでも?」
「例え無理でも、ボクは最後まであの街とご主人様を守るよ!」
「良し……よく言ったぞダイナ」
その時ようやく言葉を発することが出来るようになった運が身体を起こした。
「ご主人様、まだ動いちゃダメ!」
「悪ぃなダイナ、油断しちまった」
「ボクこそごめんなさい。幻術に掛かって……それに、ご主人様の傷も久遠さんみたいに完全には治せないよぅ」
「もう平気だ、こいつはここで止めなきゃなんねー」
「なぁに? まだアタシを止められるつもりでいる訳? 既にもう次の幻術に掛かっているかも知れないのに!」
「それはねーな」
「何でそう言い切れる訳? ……っ!!」
「それはお前の目の前にあるのが、ただの鉄塊だからだ」
運は身体の全てを一部の隙も無く完全にトラック装甲で覆っていた。
「俺様の姿が見えないでどんな幻術を掛けるって言うんだ?」
「バカなの? それじゃあんたも何も見えないじゃない」
「だと思うんなら、こっからは俺様のターンだ!」
運は一直線にトラックでルーテシアに突撃した。
「うおりゃああ!」
「ホントに見えてるっての!?」
驚きを隠せないルーテシアの姿を吹き飛ばすトラック。
「残像だ」
しかし掻き消えたのは素早く身をかわしたルーテシアの残像だった。
「そっちかよ!」
「なるほど。ま、声の方向に飛ぶくらいは出来るでしょうね」
追撃をも難なくかわすルーテシア。
「そこだっ!」
「えっ!? うそっ!?」
突如方向を変え、追撃してくるトラックを回避し損ね、ついに本当に右半身を吹き飛ばされるルーテシア。
「くうぅっ!! 痛いっ! ……でもタネは解った。この超音波みたいな変な振動の反射を使ってるって訳ね。残念だけど、蜘蛛は振動に敏感なんだから!」
ルーテシアからもミリ波レーダーを中和する超音波が放たれる。
「チッ! スキル衝突回避支援システムを封じられたか」
「あはっ! これであんたはアタシが見えない! でも姿を見せた瞬間に邪眼の餌食!」
「それはどうかなっ!」
それでも正確な追撃を止めないトラック。
「突撃! 突撃! 突撃っ!」
「み、見えてるっ!? 一体どうやって!?」
右へ左へどれだけかわしても執拗に追撃の手を休めないトラック。
「くっ! 解った! 僅かな音ね!? それなら……」
ルーテシアは周囲に糸を張って空中を音も立てずに移動する。
「クセになってんだ、音殺して動くの」
「だから何だってんだ!」
それでもルーテシアを正確に追い回すトラック。
「ずっと俺様のターン!」
「うそっ!? な、何でっ!?」
「スキル、マジックミラー」
「マジックミラー?」
「説明しよう。マジックミラーとは一方向からの光だけを通過させる特殊な鏡のことである……要するに、俺様からはお前が見えるが、お前から俺様は見えねーんだ!」
「何それ! そんなの反則」
「ハッ! 本当に実在するトラックなんだよ……名付けて、マジックミラーモード!」
「くううっ! こんなフザけたトラックなのに、半身が無いから避け切れない!」
「どうした? ジワジワと追い込まれてんじゃねーか」
「うるさいっ! うるさいっ! うるさいっ!」
「邪眼邪眼って、反抗期の中二病にはお尻ペンペンだ。ウォッシャーバブル!」
「同じ手ばかり! 邪眼の力をナメるなよ!」
瞬間、全てのシャボンは跡形も無く消えた。
「魔力無効化の邪眼! あんたが見えなくったって、それ以外なら!」
「なら、ようやく力と力のぶつかり合いって訳だな!」
「くっ! やってやろうじゃないの!」
「悪いがここからは俺様の独壇場だ! 昆虫がトラックに敵う訳ねーだろ!」
「蜘蛛は昆虫じゃねー!」
両者の戦いは熾烈を極めた。
互いに互いの能力を消し合った結果、単純に力と力の勝負となる運とルーテシア。
「くっ! このままじゃ追い付かれる……鋼糸!」
「効かねーよ!」
鋼鉄ワイヤーの様な網を展開するルーテシアに、何ら問題無く突き破って迫るトラック。
「ダメ! 石化、毒、混乱、衰弱、呪い……その他全部、邪眼が全く効かない!」
「早いとこ降参してくれ! じゃねーと本当に轢いちまうぞ!」
高速の追走劇を繰り広げながら互いに突破の糸口を探り合う運とルーテシア。
「残る邪眼は2つ。魔力どころか眼まで持って行かれるから、この技だけは使うまいと思っていたが……」
「ご主人様いけない! 時空眼が来る!」
「時空眼?」
「ダイナ、あんた良くアタシの切り札を知ってるじゃない……そう、アタシの最大最後の最強邪眼、それが時空眼」
「ご主人様、それだけはダメ! 時間や空間を捻じ曲げられたらどんな防御も関係ない!」
「もう後戻りはできんぞ。巻き方を忘れちまったからな」
自身の糸の眼帯で塞がれた残り2つの眼が解放され、怪しい光を放った。
「アタシの視界から逃れられると思うな! 邪眼・空間歪曲!」
刹那、運の周りの空間が歪んでうねった。
「捻じ切れろっ!」
「なぁ蜘蛛さんよ、お前こそトラック運転手を舐めんなよ。目的地の直前でやっぱ配送先が変わったなんて連絡が入ることもあんだよ。到着直前にだぞ? これってよ、運転手にとっちゃ空間を捻じ曲げられるようなモンじゃねーか」
「な、何言ってんの?」
「ドライバーはな……そんなもんにゃ負けねーんだ!」
「ギャーッ!!」
トラックは空間の歪曲すらも正面から突き破ってルーテシアの左半身をも吹き飛ばした。
全ての足を失って成すがまま宙に放り出されるルーテシア。
「安心しろ! この後ちゃんと治してやるからな!」
「フザけんなっ! 頭さえ残ってりゃあんたなんか……邪眼・時間断絶!」
「こんなこともあったな。到着時間まで随分余裕あんなーとか思ってたら、やっぱ早めに届けて……って、超ギリギリじゃねーか! 時間を捻じ曲げてんじゃねーぞコラァ!」
「そ、そんなのアタシ知らないって!」
「そんでもドライバーは負けねーんだよっ!」
時間の障壁さえもぶっちぎって突き抜ける突撃のトラック。
「ギャアアアアアア!!」
その視界の全てを覆う程に迫るトラックを前にして、ついにルーテシアは目を瞑って最後の瞬間を覚悟した。
「なんてな」
「へ?」
気付けばルーテシアは地上に叩き付けられる前に運に抱きかかえられていた。
「もう十分だろ? 悪かったな。すぐに治せる奴を連れて来るからよ」
運はルーテシアを優しく地面に寝かせた。
「……バ、バカじゃないの? あんた、さっきそうやって後ろから刺されたんじゃない!」
「じゃあもう刺さないでくれよ?」
「バ、バカなの!?」
「ルーテシアちゃん。ご主人様って、こういう人なんだよ?」
「すまんなダイナ。久遠を連れて来るまでの間、こいつにもヒールを掛けてやってくれ」
「任せてご主人様」
ダイナの笑顔を受けて運は堂々と背中を向けて駆け出した。
「バカ……バカだよあんたのご主人様は」
「そうだね~。でも、ボクはご主人様のそう言うところに惹かれちゃってイチコロなんだ、トラックだけにね」
「……」
「ルーテシアちゃんも少しは解ったんじゃない?」
「フ、フン。アタシなんかを信用して、後で寝首を掻かれても知らないから」
「ルーテシアちゃんはそんなこと言わない」
「知らない知らない! ……知らないわよあんな奴」
「ダメだよ~? 負けちゃったんだから、ちゃんとご主人様の言うことは聞こうね~?」
「う……癪だけど、仕方ないわね」
「嬉しいな~。またルーテシアちゃんとお話できるんだね~」
「……」
「ルーテシアちゃんは、これから仕方なくだけど、みんなと仲良くしなきゃだね~?」
「う、うぅ……」
ルーテシアは涙を流した。
「よしよし、いい子いい子」
「やめてよ、アタシ泣いてなんかない。これは邪眼の幻なんだからね」
「はいはい。でも、幻の中だったらボクを気にせず泣いた方が良いんじゃないかな?」
「うぅ……ううぅーっ!」
それから運が久遠を連れて戻って来るまでの間、ルーテシアは大きな声で泣いた。
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