第57話 VS邪眼の蜘蛛(1)
気配を隠そうともせず堂々とアンの街に近付く蜘蛛のルーテシアの前に空から舞い降りた運とダイナが立ち塞がった。
「ルーテシアちゃん!」
その蜘蛛は胴体部分だけで50センチ程の大きさだった。
本来なら蜘蛛には8つの目があるが、うち2つは糸の眼帯によって塞がれている。
「ダイナ……あんた、人間なんかと何やってんの?」
「えっ!? もしかして邪眼でさっきの子作り見てたのっ!?」
ダイナはドラゴンの姿のまま頬を染めて身を捩った。
「ちっがーうっ! 流石にそんな行為を盗み見るような
「ルーテシアちゃん酷いよぉ。おかげで途中でお預けになっちゃったんだから!」
「おいダイナ、誤解が生じる。まだ何も始めてなかっただろ」
「え~? ご主人様だって絶対その気になってたよねぇ?」
「ご主人様?」
ルーテシアが重圧を放った。
「ダイナ。あんたドラゴンのくせに人間に飼い慣らされてるなんて正気?」
「違うよ! ご主人様はボクのことを仲間だって言ってくれたんだ。とっても良い人なんだよ?」
「アタシにそれを信用しろって?」
「ルーテシアちゃんだって、本当は転生前みたいに楽しく賑やかに暮らしたいって言ってたじゃない」
「そうね。それが叶うならそうしたいわね」
「だったら!」
「でも無理! ……見てよ、この姿。正真正銘のバケモノじゃない」
ルーテシアは4対ある足のうち、鎌のように鋭い第1脚を持ち上げて見せた。
「この前足……命を刈り取る形をしてるでしょ?」
「ルーテシアちゃん……」
蜘蛛には足が長く巣を構える造網性と、動きの速い徘徊性があるが、ルーテシアは一目で後者と見て取れる程に第2脚以降が極端に短かった。
「人間は恐がって誰もアタシに近付こうとはしないわ」
「でもアンの街ならきっと受け入れてくれるよ! ドラゴンの私だって受け入れてくれたんだから」
「それはあんたが人の姿でいられるから……アタシだって虫は大嫌いだったもの、解るの」
「それ、自分から試してみたことはあるのか?」
2人の間に運が割って入った。
「試さなければ解らないことばかりじゃないのよ」
「そうか? ウチなら元々色んな種族が集まっているし、解って貰えると思うんだけどな」
「容易く人を切り裂くこの手を、一体誰が握ってくれると言うの?」
「お前が無闇に振るったりしなければ、俺が握ってやる」
運は握手を求めるようにその手を差し出した。
「ね? ご主人様もこう言ってる」
だがルーテシアは頑なに頭と一体になったその胴体を振った。
「うるさいうるさい! そんなことを言って、どうせ腫れ物を触るようになるなんて解りきってることじゃない!」
「俺はそんなことしない」
「近付くなっ!」
ルーテシアは歩み寄ろうとする運を強い口調で止めた。
「幸せそうにしている奴等に、こんな姿になったアタシの苦しみが解る訳なんか無いっ!」
そう言ってルーテシアはその命を刈り取る形の鎌を構えた。
「私がこんな思いをしているのに、楽しそうに笑っている奴等なんか、滅んでしまえば良い」
「そんなこと言っちゃダメだよルーテシアちゃん!」
「ダイナ。例えあんただってアタシの目の前に立ちはだかるなら容赦はしないわ」
「やめてよ! 私はルーテシアちゃんと戦いたくなんかないよ!」
そう言うダイナを手で制して運は前に出た。
「もう良いダイナ。言っても解らない奴は黙らせるだけだ」
「ご主人様!」
「安心しろ、無闇に殺したりはしねー。こいつだって本当は楽しく暮らしてーんだろ? じゃなきゃ今、視界に入ってる俺達に邪眼ってヤツを使わねー訳はねーもんな」
「知ったような口をきくなっ!」
突如ルーテシアは鎌を振り被って運に飛び掛った。
即座に戦闘モードに切り替え、それをワイパーブレードで受け止める運。
「ダイナから聞いていたとおり速ぇな。だが、防げない程じゃない」
「ハンッ! これはただの挨拶代わり。それにあんたなんかに邪眼は勿体ないわ」
「なんだ、やっぱ話がしたいんじゃねーか」
「ほざけっ!」
ルーテシアはもう一方の鎌を振り被り、運はそれをもう一方の剣で受け止めた。
「俺は良いぜ? こうして剣を交えながらの会話でもよ?」
「うるさいうるさいっ!」
両手の塞がった運に対し腹を裏返すように出糸突起を向けて糸を吐き出すルーテシア。
「バックファイア!」
その糸は出た直後から燃えて消える。
「そう急くなよ。こうやって膠着状態にしておけばゆっくり会話が出来るんだぜ?」
「誰があんたみたいな雑魚の言葉を聞くかっ!」
「やっぱお前もその口なのか……じゃあ単刀直入に聞くが、俺様にボコられた後なら話は聞いてくれるんだな?」
「出来るもんならね!」
ルーテシアは力いっぱい鎌を薙ぎ、運を後方に吹き飛ばした。
「言っておくけど、アタシの速さにはまだ余力があるから!」
すかさず運を追って飛び掛るルーテシア。
「奇遇だな、俺様もだ!」
そこにカウンターを狙った自由旋回によるトラックの180度折り返し突撃。
「っ!!」
ルーテシアは宙に張られた糸を素早く手繰り寄せてトラックの突撃を横にかわした。
「何それ、物理法則とか無視しちゃう訳?」
「化け物染みてるのはお前だけじゃないだろ?」
「人の姿の分際で! そんなに言うならお望み通り使ってあげるわよ! 邪眼をね!」
「ご主人様! ダメッ!」
そこへ突如翼を広げて運の姿をルーテシアから隠すダイナ。
「ご主人様言ったでしょ? 邪眼は視界に入ってるだけで効果があるの!」
ところが運はその翼の影から堂々と自ら出てルーテシアの前に再び姿を晒した。
「大丈夫だダイナ、その辺も考えてある」
「へえ。自信あるんだ。じゃあ見せてもらいましょうか、その考えとやらを」
「いいぜ。トラック魔法ウォッシャーバブル!」
あっと言う間にルーテシアの周りを覆う泡の魔法。
「どうだ、シャボンに映り込む俺の幻影……相手が特定できなくても邪眼ってのは効くのかよ?」
「……まさか、この程度の魔法が対策な訳?」
ルーテシアはそれを一笑に付した。
「こんなの、割れば良いだけじゃない」
ルーテシアは出糸突起から鋭く糸を放ち、そのシャボンを割った。
「ま、普通は割るだろうな。だが、この数をどう捌く気だ? モタモタしてるとトラックに撥ねられちまうぜ?」
「あんまりアタシを舐めないでよねっ!」
するとルーテシアは次に網状となった糸を広範囲に放った。そしてその網に掛かったシャボンは全て割れて消える。
「どう? 鋼糸網で消してやったわ」
「だが遅かったな!」
油断しきったルーテシアの背後から猛スピードで迫るトラック。
「うそっ!?」
ルーテシアはそれを何とか回避しようとするが叶わず、右半身を吹き飛ばされて失った。
「う! ……油断した」
「わ、悪ぃ。半身を吹き飛ばす程やっちまうつもりは無かったんだ。ちょっと待っててくれ、すぐに回復できる奴を連れて来てやるからな」
「やめて! 敵の情けなんか受けない! それにアタシは眼さえあればまだ戦える! 知らないの? 蜘蛛はね、頭を切り離したって暫くは死なないんだから!」
「悪い、それだけじゃねーんだ。ウォッシャーバブルの特殊液な、界面活性剤が含まれてるからお前には致命傷になっちまうんだよ……さっき割ったのを浴びてただろ?」
「え? あ、うそ? 息が出来ない……」
「!! 待ってろ、瞬間輸送ですぐに戻って来てやる!」
運が背を向けて駆け出した時だった。
「な~んちゃって!」
無傷のルーテシアは笑い、運の身体には背後からダイナの爪が突き刺さっていた。
「一体いつから……邪眼を使っていないと錯覚していた?」
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