第56話 勇者を継ぐ者


 会議後、久遠と五十鈴が何やら悪巧みを企てる一方で、会議室に残り一同を見送る運にダイナが声を掛けた。


「お疲れ様、ご主人様。会議のまとめ役、格好良かったよ?」


「茶化すなよ……ところでダイナ。今日は発言が少なかったが、遠慮でもしてたのか?」


「ううん、ボクには他に気になることがあったからね。権謀術数の限りを尽くすのは皆に任せることにしたよ」


「……ダイナが考え事だって?」


「あ、今ご主人様、ボクのこと悩みが無さそうとか思ったでしょ?」


「違うのか?」


「ご主人様、酷いよぉ」


「悪い悪い。代わりに相談に乗るから許してくれ」


「うん。……と言うか、多分ボク達にしか解決出来ない問題だとも思うしね」


「……となると、強い奴が控えてるんだな?」


「うん。皆、ボクよりも強いよ」


「ダイナよりもか?」


「うん。テア山脈には強いモンスターが沢山いるからね」


「……それは参ったな」


「その中でも特に強いモンスターは四天王なんて呼ばれてて、ボクもその内の一匹ではあるんだけど、その中では一番弱いんだ」


「てことは、ダイナ以上のモンスターがあと3匹はいるってことか」


 運は暫く黙り込んだ。


「そいつらはダイナのように話はできるのか?」


「どうかなぁ……ちょっと皆、癖が強いからなぁ」


 苦笑いを浮かべるダイナ。


「なら仕方ないな……つまるところ、街への干渉はあり得そうか?」


「今まではボクが荒野に降りていたから、特に荒野に対する干渉は無かったんだけど……」


「環境が変わればダイナの代わりに降りてくる可能性もあるって訳か」


「うん。特にルーテシアちゃんって子が少し好戦的だから、ボクがご主人様に負けたと知ればそれだけで十分に降りてくる可能性はあると思う」


「どんなモンスターなんだ?」


「蜘蛛の女の子かな。元々は転生者だって聞いたことがあるよ。小さいけどすばしっこい上に邪眼って言う特殊な技を使うから厄介なんだ」


「邪眼?」


「邪眼は恐いよ。相手の視界に入ってるだけで色々な悪影響を受けるし、ボクも全ての邪眼を知ってる訳じゃないから」


「それは手強そうだな」


「ボクも出来れば戦いたくはないよ」


「全くの同感だ」


 運は腕を組み頷いた。


「だが既に街を構えている以上逃げる訳にも行かんし、戦闘になるか否かは相手の出方次第って訳か……」


「戦闘になるならボクも頑張るよ! ボクもこの街が大好きだから!」


「あまり無理はするなよ? この間まで仲間だった奴等なんだろうからな」


「ありがと、ご主人様」


 ダイナは笑顔で答えて運の頬にキスをした。


「……ビックリした」


「あ、ご主人様、赤くなってる」


「ドラゴンってのは、何と言うか、直感型みたいな感じが普通なのか?」


「と言うより、人族がまどろっこしいんだよ~。好きなのは好きで良いでしょ?」


「……やっぱダイナは幸せそうで、悩みも無さそうだな」


 運はそう結論付けた。


「しかし、テア山脈も恐ろしい所だな。ドラゴンさえ倒せれば荒野を手中に出来ると人間が考えていたのが馬鹿みたいだ」


「元々人間とモンスターは言葉を交わさないんだ、毎年荒野に降り立つボクはともかく、その後ろに控えているモンスター事情までは流石に分かるはずもないよ」


「それもそうか」


 運は肩の力を抜いた。


「で、そのテア山脈の北にレソツ魔王国ってのがあるんだろ? 勇者達も良く魔王国に向かおうとしたもんだな」


(あんな弱さでダイナみたいなのと戦ったら一瞬で灰だぞ)


「あれ? ご主人様知らないの? 何も魔王国に向かうのにテア山脈を超える必要は無いんだよ? カヨタ獣王国を通ってテア山脈を迂回すれば良いだけだからね」


「なるほど、勇者達はその迂回ルートで魔王討伐に向かう予定だったのか」


「普通に考えればね」


「テア山脈を越えるルートとカヨタ獣王国を通るルート……2つあるんだな」


「なに? ご主人様、魔王でもやっつけるつもりなの?」


「いずれな。ほら、俺、以前勇者パーティをやっつけちまったから、責任取って倒しとくって前に約束しちまったんだ」


「あっちゃ~。久遠さんから聞いてはいたけど、それ本当だったんだ」


「もしかして、ダイナにも不味いのが解るレベルなのか?」


「当たり前だよ……魔王は不死の存在って言われているからね。勇者が魔王の力を削ぎ落とし、聖女の聖なる力を以て浄化させる……倒せるとしたらそれくらいでしょ?」


「あれ? 必要なのは勇者だけじゃなかったのか?」


「本当にご主人様は何も知らないんだね~……ま、勇者がいなくなってしまった今となっては、聖女の方だけ見つけて来ても仕方ないんだけどさ」


「参ったな……勇者の件は何とかなるかも知れないとは思っていたんだが」


「ご主人様、それはどういうこと?」


「それがな、この間久遠に叱られてから自分のステータスは小まめに確認するようにはしていたんだが、見覚えの無い称号があることに気付いたんだ」


「なになに?」


 運はナビ画面を生じさせてダイナに見せた。


「ほらこれだ。『勇者を継ぐ者』ってあるだろ?」


「うそ……ご主人様、勇者継いじゃったの?」


 ダイナは暫く呆然とナビ画面を見ていた。


「いや、でもご主人様のデタラメな強さはこうでもないと納得できないか」


「何だ何だ。一人で納得してないで教えてくれ。勇者って何なんだ?」


 ダイナはため息を一つ吐いた。


「ご主人様。勇者って一体何が一番恐いか知ってる?」


「恐いも何も、一番最初に一瞬でやっつけちまったからな」


 ダイナはもう一つため息を吐いた。


「ご主人様が出会ったのが完成前の勇者で良かったよ……あのね。勇者には限界突破なんて恐ろしいスキルもあると言われているんだけど、本当に一番恐ろしい力はね、その成長の仕方にあるって言われているんだ」


「成長の仕方?」


「そう……勇者はね、その倒した相手の力を自分の力にして成長するんだ。敵を倒して強くなる、倒せば倒す程強くなる……スキルも、経験値も、全てを自分の力に変えてしまうんだ」


「そう言えば心当たりあるな。アサシン戦が終わった後、何故か思考加速なんて取得した覚えの無いスキルまで取得してたっけ」


「きっと、勇者を倒し称号を引き継いだ状態でそのアサシンを倒したから得たんだろうね」


「待てよ……それじゃあ俺、物凄い数のスキルを所有してることになるのか?」


「どうだろう? 勇者を継ぐ者って、ハッキリと勇者って訳じゃないから……明らかに職業固有っぽいものまでは得られないんじゃないかなぁ」


「一般の魔法も俺には使えなかったしな。忍者マスターの使ってた覗き……じゃない不可視スキルも無いようだし……今は制限付き勇者って扱いなのかも知れないな」


「それでも十分チートだけどね」


「なるほどな……今にして思えば他にも心当たりはあるな。アサシン戦で一撃死しなかったのは勇者スキル不屈のおかげだったり、ロボット戦でシャボンに上手くトラックが映ったのは忍者スキル幻影が発動していたのかも知れん」


「本当に危ない時には無意識に発動しちゃうのかも知れないね」


「他には……なんじゃこりゃ? 合体? これは絶対トラクター部隊のスキルだな、ロボットとくれば合体がロマンなのは解るが、フザけてんのかあいつ等は」


「ボク、ちょっとご主人様と合体してみたいナー……いてっ」


 運は無言でダイナにデコピンをした。


「だが、これだけじゃ魔王は倒せないんだな?」


「そうだね。まずは聖女を探さないと……ってまさかご主人様、勇者パーティと共に聖女までやっつけてないよね!?」


「いや? いかにも聖女って奴はいなかったはずだが」


「おかしいな~。幾ら人族だって不死の魔王を倒そうとするのに聖女がパーティにいないなんてことはないと思うんだけど」


「だが勇者パーティは勇者、アサシン、魔法使い、久遠の4人だけで、うち女は魔法使いと久遠だけだったぞ?」


「その魔法使いはどんな感じだったの?」


「街の近くでメテオを落とそうとした悪女だったな。残る久遠にしても……」


 運は窓の外で五十鈴と何やら悪い企みをしている久遠を親指で指差した。


「見ろよあの悪~い感じの笑みを。あれじゃまるで聖女どころか悪代官だ」


「うっわ~。確かにわっるい顔してるなぁ」


「だろ? だから聖女ってのはきっと他のところにいるんだよ」


「う~ん。一時的にパーティを抜けていた、とかなのかな?」


「ま、街も大きくなれば自然にその辺の情報も入って来るだろ。気長に待とうぜ」


「そだね」


 運とダイナは変な違和感を覚えながらも考えるのを止めた。


「ところでご主人様ぁ」


「ん? どうした変な声出して」


「ボク、どうしてご主人様のところに来たか覚えてる?」


「俺が仲間になれって誘ったからだろ?」


「それはそうだけど……ボクにはもう一つ大事な役割があるんだよ?」


「何だっけ」


「もう! ボクが子孫を残さないとドラゴンは絶滅しちゃうんだよ?」


「お、おう……?」


「ダメだよご主人様ぁ。そんなに簡単にステータスなんか見せちゃったら、ボク、生身のご主人様がボクに敵わないこと知っちゃったからね?」


「って、まさか……」


「ダメだよ? こんなところでトラックなんか出したら、皆が一生懸命建てた建物が壊れちゃうよ……?」


「ままま、待てっ!」


「えいっ!」


 運はダイナに押し倒された。尻尾を巧みに使ってその両腕は拘束されている。


「大丈夫、痛くはしないよ? ボク、ご主人様のこと大好きだもん」


 ダイナは頬を紅潮させて自身の衣類に手を掛けた。


「お、おいっ! ここは神聖な会議室だぞ?」


「知ってるよ~。ボクだって最近はそれなりに人族の文化に触れているんだ。こう言うの、オフィスラブって言うんでしょ?」


 そう言ってダイナは寝そべる運に身体を密着させた。


「ご主人様、ボクと合体しよ?」


 甘い声で囁きながらダイナは運のベルトを外した。


「……お、おい! 何処触ってんだ」


「あれれ? ご主人様、これはシフトレバーかなぁ?」


「ちちち、違うぞ」


「じゃあ……勇者の性剣だね」


「面目ない」


「ね? ボク、初めてだけど、頑張るから……ね?」


「……不覚」


「ご主人様ぁ……大しゅきぃ……」


 とろけるような瞳と甘い吐息で近付くダイナの唇が運に触れようとしたその時だった。


「!! この気配……ルーテシアちゃん!?」


 ダイナの表情が一瞬にして真剣なものに変わった。


「何だ? 何があった?」


「え~? うっそぉ。何でこんな時に来ちゃうんだよぉ」


「もしかして、邪眼の蜘蛛が降りて来たのか?」


「うん……ご主人様。残念だけど、今回はお預けみたいだよぉ」


 上体を起こして尻尾の拘束を解くダイナ。


「い、命拾いした……」


「ボクは新たな命を拾い損ねたよ……って、そんな場合じゃないよご主人様!」


「ヤバイのか?」


「凄いスピードで向かって来てる」


「ってことは穏やかな雰囲気じゃないな」


「うん! ご主人様、早くボクの背中に乗って!」


 言うが早いかダイナは窓から飛び出してドラゴンの姿になるとその背を運に向けた。


 なんと、偶然にも全部脱いでいたおかげで服は破れなかった。


「お、おう。解った。頼むぞ」


 運は窓からダイナに飛び乗った。


「ご主人様、しっかり掴まっててね! 行くよっ!」


 そう言ってダイナは運を背に乗せ、上空へ飛び立った。


「あ、あのね。ご主人様、言い難いんだけど……シフトレバー、当たってる」


「うっせー!」

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