第55話 女達の陰謀
会議が終わり、一同を見送りに建物を出た久遠と五十鈴はほっと一息を吐いた。
「久遠殿、お疲れ様でした」
「五十鈴さんこそ。お兄ちゃんの補佐、ありがとう」
「なんのこれしき……ん~!」
五十鈴はそう言って大きく伸びをした。
「しかしこのスーツと言う服はパリッとしていて、会議等においては緊張感が保てて良いのですが、普段使いにはちょっと苦しいですね」
「そう言うものだからね~」
「それにちょっと胸元がキツいです」
「イイナ~」
「しかし、久遠殿の世界の衣類はどれも見た目も洗練されていて素敵ですよね」
「ありがとっ。私も五十鈴さん達エルフの衣装、大好きだよ」
「本当ですか? では今度、私から久遠殿にプレゼントさせてください」
「ほんとっ!? うわ~、嬉しいな~。私もエルフみたいになれるかな~?」
「エルフ衣装の久遠殿も可愛いんでしょうね」
「えへへ~。あ、それじゃあ私からも五十鈴さんに何かお返ししないと!」
「いえ、私は決してそんなつもりで言ったのでは」
「何が良いかな~。私達の世界の衣装で返すなら……着物かな?」
「着物っ!?」
一瞬にして五十鈴の表情が華やいだ。
「うわ、いきなり良い反応……そう言えば五十鈴さん、最近は私達の世界の時代劇にハマっているんだっけ?」
「はいっ! 最初は私の持つ剣のルーツが見えた気がして興味を持っただけだったのですが……その、ほぼ全ての作品に悪を裁く美学があってですね……気がついたら夢中に」
「五十鈴さん、正義感あるもんね~」
「いえ、そんな……」
「決めたっ! 私からは着物を贈るよ!」
「うわあ……着物。私が、あの着物ですか。夢にまで見た……」
「何かすっごく既視感がある……けど、喜んでもらえるんだから、まいっか」
久遠は小さく笑った。
「早く、運殿に見てもらいたいです」
「良いではないか、あ~れ~って定番のアレ、やってもらうの?」
「運殿は悪代官ではありませんっ」
「そお? 私はちょっとやってもらいたいけどなぁ」
「久遠殿!? ……で、では、私もちょっとだけなら……」
「出会った頃はクッコロだったのに、お兄ちゃんもやるもんだなぁ」
久遠はそう言って、会議室の窓から帰っていく一同の姿を見ていた運へ目をやった。
「こうして、私達が色々な文化に触れられるのも、運殿と久遠殿のおかげなんですよね」
五十鈴もそう言って運の方へ目をやる。
「しかし、運殿はここのところ本当に長らしくなってきましたね」
「少しは自覚が出てきたのかもね~」
「既にアンは立派な安寧の地ですからね。運殿、久遠殿の目的の一つは無事に達成できたと言うものではないですか」
「まだまだ。お兄ちゃんにはここで満足して貰っちゃ困るよ~」
「既に立派な領主様じゃないですか。運殿もきっと満足していますよ?」
「でも、私はもうちょっと頑張ってもらいたいんだ~……私の目標のためにもね」
「そうなんですか? 私はてっきり、お二人の目的地は同じものかと思っていましたが」
「う~ん……多分、私とお兄ちゃんの思い描く最終地点は、ちょっとだけラストが違うんだよね~」
「最終地点、ラスト……ですか」
そこで久遠は不敵に口の端を上げた。
「もし……もしね? お兄ちゃんが世界最強になって、エヒモセスから争いが無くなって、ここが本当の意味で安寧の地になった時、最後に残るのは、一つの『座』だと思うの」
「座、ですか」
「そう。そして私は、どうしてもその、たった一つだけの『座』が欲しいんだ」
目を細め、暗い声を発する久遠。
「久遠殿……?」
五十鈴は不穏な空気を読み取って眉を顰めた。
「つまりね?」
そして久遠は張り詰めた表情で言った。
「……最後の最後にお兄ちゃんを仕留めるのは、私」
「! 久遠殿、それは一体?」
警戒を露わにする五十鈴。
最初はそれさえも不敵に見ていた久遠であったが、すぐにその緊張を解いて笑った。
「な~んちゃって!」
久遠は軽く舌を出す。
「あははっ。違うよ、警戒しないで五十鈴さん。私が言いたいのはね、お兄ちゃんをもっともっと大きな男に担ぎ上げて、最後の最後、私の求婚を断れなくなった時点で一撃で仕留めてみせるって意味なんだから~。あははっ!」
「きゅ、求婚!? 兄妹でですか!?」
むしろ益々警戒を強める五十鈴。
「あれれ? もしかして五十鈴さん、困っちゃいます~?」
悪戯な笑みを浮かべる久遠。
「え? あ、いや、その……」
「あははっ。大丈夫、ちゃんと皆のためにも手は打ちますよ~?」
「驚きましたよ全く……久遠殿は一体、何をお考えなのですか……?」
「もちろん、皆が幸せになる方法だよ?」
久遠は笑って言った。
「私、妹だから再会直後にすぐ仲良くなれたんだけど、今となってはその妹って肩書きが逆にお兄ちゃんとの壁になっちゃってるんだ……だから私は、それを打ち崩すために、もっと沢山お兄ちゃんを支えないといけないの」
「久遠殿……」
「だからね? ここまで来たらもう、お兄ちゃんを一国の王様にしちゃおうかと思ってる」
「お……王様っ!?」
仰天した様子の五十鈴にあっけらかんと笑う久遠。
「それなら側室だって持てるし、皆にとっても良い形でしょ?」
「確かにそれなら私も……じゃなくて!」
「もちろん五十鈴さんが相手でも正妻の『座』だけは絶対に譲らないからね。言ったでしょ? 最後の最後にお兄ちゃんを仕留めるのは私だって」
「ああ……何となく、とんでもない兄妹だというのは感じておりましたが……」
頭を抱える五十鈴。
「そういう訳だから、これからも一緒にお兄ちゃんを支えて行こうねっ!」
「はい……しかしそうなりますと、私もそう簡単には引けなくなりそうです……」
「あははっ。望むところっ」
女二人の笑顔に潜む韜晦は幾ばくか。
「ところで久遠殿、運殿を国王にするとのことですが、それはこのアンを国の規模まで発展させると言う意味でよろしかったのですか?」
「あれ? そんなこと聞いて、五十鈴さんもその気になってくれたの?」
「そうですね。運殿の伴侶の件はひとまず置いておくとして……アンを発展させると言う点には私も大賛成です。国と認められることで更なる安定が見込めるのであれば、私もそれに全力を注ぐのみです」
「あははっ! それじゃあ良い機会だし、私の考えを聞いて貰おうかな」
「是非に」
そこで少し間を置いてから久遠は尋ねた。
「では五十鈴さん。このエヒモセスで国として認められるにはどうしたら良いかなぁ?」
「既存の国を滅ぼして乗っ取る……とかですか?」
答えた五十鈴は至って真面目な顔だった。
「五十鈴さん。発想が恐いよ~……」
「いやいや久遠殿ほどでは……」
「ん?」
両者間で不穏な笑みの応酬があった。
「それに、そんなのお兄ちゃんが納得する訳ないよ~」
「そ、それはそうでした……では一体どうやって?」
「ヒントはさっきの会議の中にありま~す」
「あ! もしかしてラムウ教会ですか!?」
「正解で~す。実はエヒモセスでは、国の一番偉い人は教会から王冠を被せてもらっているのです。それほどまでに教会の力は大きいんだね。もちろん国として最低限の国力は備えている必要はあるけれど、今のアンの勢いならそれも不可能じゃないはず」
「では、あとは教会に認めて貰えさえすれば……って、もしや!?」
「あははっ。気付いちゃった?」
「久遠殿、まさか教会との接触はその時を見越していたと……?」
「さぁて。私はなにも?」
「なるほど。確かに近付いてくる教会側の思惑は読めませんが、それならそれでこちら側もアンを国とすべく教会を利用してやれば良いと言うもの」
女二人は物凄~く悪~い顔で意思疎通を図った。
「五十鈴屋、お主もワルよのぅ」
「いえいえ久遠様ほどでは……」
「「うぇっへっへっへ……」」
運の与り知らぬところで女性達による新たな陰謀が渦巻き始めていた。
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