第54話 国と教会
街は文化やインフラ、自治機能共に発展し、運営の安定が見えた段階で主要人物を集めた会議の場が設けられていた。
「皆のおかげでアンはここまで大きな問題も無く発展してこられた。改めて皆にはお礼を言いたい、ありがとう」
一同は思い思いの反応を示しながら運の言葉に耳を傾けていた。
「報告を受けた限りでは各分野とも大きな問題は無く何より嬉しく思っている。ただ、アンで暮らす仲間達により良い暮らしを提供したいことに変わりはない。各分野とも引き続き研鑽に努めてくれ」
一同から前向きな返答が上がった。
「さて、早速だが今回集まってもらったのは当初から心配されていた他国からの干渉についてだ。各分野からの報告内容について、まとめたものを手元の資料に記載している」
「要点としますと、イロハニ帝国は沈黙、ホヘト王国、チリヌ公国、ルヲワ共和国の3国は交易希望となっております」
運を補佐する立場で五十鈴が発言し、奈治と本田が続く。
「大陸に残るはカヨタ獣王国、レソツ魔王国ですか……」
「その2国はそれぞれ独自の特色を持っていますからね。それに国境が直接荒野に面している訳ではありませんから、今はそれ程心配をする必要は無いかと思います」
カヨタ獣王国は帝国の北、レソツ魔王国は更にその北に位置し、荒野北のテア山脈を回り込むような位置関係にある。
「帝国の沈黙が気になりますが、一番避けたかった武力衝突について、少なくとも王国、公国、共和国の3国とは避けられそうですな」
「いや、その3国との協調を固めちまえば実質帝国も武力侵攻は出来ねぇだろうよ」
ギガとフィガロが続く。
「ま、アンがこれだけ抑止力を持ってしまえば当たり前の話だよね〜」
「しかも切り札ダイナの存在を知られずにこの状態、良い立ち回り」
ミューとフィリーも口を出す。
「ひとまず、安定の局面に入ったと思っても良いのかなぁ?」
セレナが控えめに発言した。
それに対して久遠が神妙な面持ちで言った。
「あと一つ、大きな組織が残ってるよね」
一同、固唾を呑む。
「帝国に本拠地を構え、国境を越えて大陸中に大きな影響力を持つ超巨大組織、ラムウ教」
「宗教か……久遠、それは厄介なのか?」
「私のいた孤児院も教会が維持していたくらいだからね。人々の生活に浸透している分、反感を買えば多くの人を敵に回すことになってしまうから……下手な対応は出来ないよ?」
「信者ってのはどんな感じなんだ?」
「大陸中に存在するよ。何せ獣王国と魔王国以外の各国では、偉い人に王冠を被せてるくらいだからね……正直、アンで暮らしてる住民の中にも既に一定数の信者がいるはずだよ」
「不味いのか?」
「付き合い方次第かな……実はもう、私のところにも教会からの接触があったんだ」
「今日皆を集めた本当の理由はそれか」
「私一人で決められる問題じゃないからね」
久遠は一同を見渡した。
「簡単に言ってしまえば、ラムウ教を受け入れるかどうか、なんだけど……各分野から皆の意見を聞かせて貰いたいな」
「だそうだ。皆、久遠様にビビらず率直な意見を……いてっ」
「お兄ちゃんは余計なこと言わないで」
「はい……」
一同は苦笑いだった。
宗教に関する良し悪しは様々ある。
当然それらは俎上に上ったうえで各分野の見方から吟味された。
「さて、各分野からの意見を聞いてみると色々なことが見えて来るな」
「総合的に見ると、どうやらラムウ教は我々に敵対どころか、まるで擁護するかのような姿勢ですね」
運が切り出して五十鈴がまとめた。
本田、奈治、ギガ、フィガロが続く。
「各国内で好戦的な輩を抑える動きが見える他、新しい技術や文化を含むアンとの交易にも積極的なようです」
「それにアンの住民にも信者はいますが、彼等の多くは質素堅実で穏やか、争いを好まない性分のようです。自治にも協力的で、治安の面から見れば有り難い存在ですね」
「キャンター枢機卿の親族たるエアロスター領主夫妻を見ても、その善良な性格は推し量れようと思いますが」
「各分野、概ね友好的ってことだな」
意見のまとまりを待って、一同の視線は再び運に戻った。
「それで? 皆はこう言っているけど、どうするの? お兄ちゃん」
「話を聞く限りでは受け入れても問題無いんじゃないか? それに既にアンの住民にも信者はいるんだろ? 俺は仲間達にはなるべく自由を認めていきたいと思っている」
「運殿はこう言っていますが、皆さんは如何ですか?」
五十鈴の問いに一同から前向きな反応が示された。
「ではラムウ教については特に規制はせずに受け容れる方向で良いな?」
「「賛成」」
運の問い掛けに一同賛成の形で議論はまとまった。
「良し。ではこの件は住民にも良く周知しておいて欲しい。また、何か動きがあれば情報共有をしていきたいと思う。皆もそのつもりでいてくれ」
運がそうまとめた後、久遠が小さく手を上げて発言した。
「お兄ちゃん、最後に私から一つ良いかな?」
「どうした久遠。思うところは何でも言ってくれ」
「皆が教会に前向きなところに水を差すようで悪いんだけど、私から皆にはね、少なくとも完全に気を許すことは無いようにお願いしたいんだ」
「警戒……久遠殿には何か教会に対する不安があるのですね?」
久遠は視線を下げた。
「具体的に言えることじゃないんだけど……例えば、宗教って普通は信者が賢くない方が御し易くて、運営側にとっては都合が良いんじゃないかなって思うものだから」
「なるほど。久遠殿が気にされているのは、我々から輸出される文明の類を積極的に受け容れている教会側の姿勢が不自然に見えると言うことですね?」
「うん。信者が娯楽や快楽を覚えることに危険を感じないのかなって」
「確かに久遠に言われてみれば、現状で害は無いにしても、何を考えているのか解らない点が不気味だな」
「でしょ? だから、皆には少なくとも警戒を怠らないようにして欲しいと思って……」
久遠が見渡すと一同は緊張の面持ちで頷いた。
「皆ありがとう。でも、私の思い過ごしだったらごめんなさい」
「そんなことないぞ久遠。色んな奴が色んな意見を持ち寄るから組織ってのは強くなるんだ。これからも頼りにしてるからな」
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
「と言う訳だ。俺も注視するから、皆もこの件はくれぐれもよろしく頼む」
一同揃った返事で議論は終了した。
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