第50話 始まりと終わりの町
荒野の中心に運と仲間達が勢揃いしていた。
「じゃあここに、俺達の町を作るその第一歩として、記念の樹を一本植えよう」
「かしこまりました、運様。大きく太く立派な樹に育つよう祈りましょう」
カレンは目を閉じ、両手を合わせて祈った。
「ご主人様。そしたらその樹の周りにはあの白い花をたっくさん咲かせようよ!」
「それは良い考えだな。ところで、あの白い花って何て名前なんだ?」
「名前なんて無いよ? 荒野に咲く白い花、それで十分じゃないか。最も、人が勝手に名前を付けてる可能性はあるけど」
ダイナは一同を見渡すが誰も答えられる者はいなかった。
「植物に詳しいフィリーでもダメかぁ~」
「荒野だけに咲くのかも……それにしても、この花不思議。魔力を持ってる」
ミューとフィリーが言った。
「魔力を持った花って貴重なのか?」
運の問いにフィリーが答える。
「多少の魔力なら多くの植物が持つ。でもこの花の魔力は特に純粋で、量が多い」
「それは多分、母さんが長年この地に魔力を注いで来たからだと思う。荒野で花が枯れないように、誰かに踏み潰されても負けないようにって」
「ドラゴンの魔力……もしかして、物凄くレアかも~」
ミューの目が輝いた。
「なんでそんな花が見向きもされなかったんだ?」
「魔力が透き通るほど純粋過ぎて、人間には気付かれなかったんじゃないかな~?」
「それに不毛の荒野にさして珍しい訳でもない、雑草扱いだったとか」
「そんなもんか」
運は言った。
「折角だし、名前でも付けて大事にするか」
「それなら、ボクはこの町の名前が良いな」
「お、それ良いな採用……と、言いたいところだが、そもそもこの町の名前って何だ?」
運は一同を見渡すが、当然誰も答えられない。
「お兄ちゃん、まだ名前も決めてないでしょ」
「……そうだったな」
「どうするの? 町の名前」
「ん? ん~……そんなものは皆で決めれば良いだろ」
「そうは行きません! 町を作ると言い出したのは運殿なのですよ?」
「ええ~。面倒だな……」
「あっは。運さんらしいね~」
「運の考えなしは今に始まったことじゃない」
ミューとフィリーは呆れ顔だった。
「兄ちゃん、適当に決めちまえ」
フィガロが急かす。
「ん? ……じゃあ、『ん』」
「ご主人様、流石にテキトー過ぎ」
「待ってダイナちゃん。もしかしたら、ここを最後の町にする、絶対に守り抜くって言う、運お兄ちゃんの覚悟の表れなのかも知れないよ? 私は良いと思うな、『ん』」
おっとりした表情でセレナが言う。
「え~? 絶対そんなこと考えて無いでしょ、お兄ちゃんのことだから」
「それに運殿、流石にちょっと言い難いのでは?」
「花の名前も『ん』になっちゃうよぉ」
久遠、五十鈴、ダイナに気圧され、運は顔を背けつつ言った。
「それじゃあ……『アン』にしたらどうだ?」
エルフ3人娘がこれに良い反応を示した。
「確かに考えてみれば、この荒野は運殿にとって始まりの地でもあったのですね」
「なっるほどぉ~! 始まりの『ア』に終わりの『ン』だね、五十鈴ちゃん!」
「安寧の地の、『アン』でもある。ナイスネーミング、運」
一番意外な顔をしていたのは運である。
「お、おう。そうだろう?」
「怪しい……けど、私も賛成するよ、お兄ちゃん」
「運様。私も賛成いたします」
「オラもだ兄ちゃん」
「私も。運お兄ちゃん」
「花にも似合うとっても可愛い名前だよ、ご主人様!」
久遠、カレン、フィガロ、セレナ、ダイナが続き、その名は満場一致となった。
「決まりだな。俺達の町、ここはアンの町だ」
「「おおお~っ!!」」
今はまだ何も無い荒野の中心で、大きな声が上がった。
それからアンの町は多くのエルフ、ドワーフ、精霊の力によって急速に町の体を成した。
精霊の働きにより急速に樹木は育ち、開墾した田畑においては豊穣の限り。
当初必要だった物資等の調達もマケフ領主エアロスター夫妻の協力を得ながら万事順調にことは運んだ。
時折荒野を通る人との交流を通じ、アンの町の出現は忽ち大陸に知れ渡ることとなった。
「なぁ久遠、あの辺りにカラオケボックスでも作ろうぜ?」
「ダメ! そっちは居住区」
「じゃあ、あっちは?」
「工業区」
「ええ~。めんどくせーなー」
「あのねぇお兄ちゃん。折角一から町を作るんだから、ちゃんと都市計画はしないと!」
「運殿、ここは大人しく久遠殿に従った方が身のためでは?」
「さ、流石はご主人様の妹だね。ボクには手も足も出ないや」
「荒野には色々な地形があるから上手く活用して行かないと……あっ! そうだ。アーシーズ達が言ってたけど、山岳地帯の近くに温泉が出そうだって」
「温泉っ!? 久遠殿、ぜひそれは!」
「うっわ~っ! ボクも楽しみ~!!」
「お前ら……無事に飼い慣らされてんじゃねーか」
運はため息を吐いた。
「結局、久遠に任せときゃ何とかなるんだろうなぁ」
そして徐々に広がりつつある町を一望して運は言った。
「俺達の町、あっと言う間に大きくなっちまったな」
「何言ってんの。お兄ちゃんが皆の心を一つにまとめたから出来たことなんだよ?」
「しかし運殿、そうなると帝国や王国の反応が気になる頃ですね?」
「五十鈴さん安心して。もし攻めて来ようものならご主人様に教えて貰ったボクの必殺技、ほろ……滅びの何だっけ?」
「滅びの
「そう! それで焼き払ってあげるよ」
久遠は頭を抱えた。
「またお兄ちゃんは変なこと教えて……でも大丈夫。そんなことにはならないと思うから」
「なんだ久遠、また何か変なことを企んでるんじゃないだろうな?」
「内助の功って言ってよ~っ!」
「な、内助の功!? 久遠殿。兄上である運殿に対し、それは一体どう言う意味……?」
五十鈴は穏やかでない表情で久遠を見たが、久遠は自分の口先に人差し指を当てて見せ誤魔化した。
「んで? 何やったんだ久遠?」
「荒野を通る人達にね、アンの町が如何に素晴らしいかを教えてあげたの」
「それがどうしたんだ?」
「その噂を聞いた特に転移転生者がね、生活水準の向上を期待して結構集まって来てるんだよね~。何だかんだ言って、誰もがより良い生活をしたいんだから」
「久遠殿。それはつまり、各国の力を削ぎつつ、アンの自衛力を高めていると?」
「五十鈴さん、あったり~! 最早、帝国や王国がおいそれと手を出せるような小さな町じゃないんだよ、アンの町は」
「そう言えば俺達の旅は最初から久遠がブレーンだったな。やっぱ俺にはお前が必要だ」
「く、久遠殿。なんと恐ろしい戦略を……私も負けていられません……」
「でも五十鈴さんだって、最近じゃギガさんに代わってエルフ族のまとめ役になることも多いんでしょ? 既にアンの町には欠かせない存在だよ?」
「ちょっと、ニュアンスが違うのですが……」
五十鈴は運と久遠を交互に見ながら言った。
そんな様子を見ながらダイナが口を開く。
「もしかして、久遠さんも五十鈴さんも、ご主人様の
「「なっ!?」」
飛び退く久遠と五十鈴。
「それならボクも、負けたくないなぁ」
「な、何を言ってるのかな~? ダイナちゃ~ん?」
「これは3人、後で良く話し合う必要がありそうですね……」
少しだけ、三者間に不穏な空気が漂った。
「お前ら、これから忙しくなるんだから仲良くしろよな」
そんな3人から呆れ顔を逸らしつつ、運は遥か彼方の空を見て言った。
「俺達の、本当の戦いはこれからなんだからよ」
「「あっ」」
久遠、五十鈴、ダイナは互いに目を合わせた。
「運殿、その言霊には何か不吉なものを感じます」
「解る。ボクも何かが終わってしまうような感じがした」
「ほんとそれ……」
そしてその後、自然に笑い合う3人。
「でもさ、お兄ちゃんならどんな不吉なことも踏み潰して行くよね、トラックで」
「運殿はやはり、突撃あるのみですね」
「何処までもついて行くよ、ご主人様!」
「おう。しっかりついてこいよ、お前ら」
アンの町は、順風満帆である。
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