第49話 VSドラゴン(2)
ドラゴンの咆哮と共に両者は飛び出し、空中で激しく激突する。それは両者一歩も引かない互角の衝突であった。
「ちいぃっ! 今の俺様でも押し切れねーのかよっ!」
何度かの激突を経ても衝突は拮抗していた。
「がおー!」
続いてドラゴンが放ったのは翼を羽ばたかせての突風だった。魔力を伴った突風はトラックの向かい風となってそのスピードを殺す。
「くそっ! 互角どころかこの突風を使われると押し負ける……!」
運は突風の煽りを正面から受けないよう立ち回らねばならなかった。自然とトラックは突風から垂直に逃げるためドラゴンを中心として周りを走らされることとなる。
「がおー!」
そこに織り交ぜられるドラゴンブレス。
「うわっ! あぶねー!」
トラックはブレスを魔法も使わずに回避した。が、そこに待っていたのは更なる突風。大きな車体が突風に煽られれば当然のようにそのハンドルも取られる。
「うっ! やべぇ!」
そしてそこに猛スピードで迫るドラゴン。
(やべぇな、こんな無防備な状態で突撃を食らったらひとたまりもねぇ)
運の思考は加速して状況回避の方法を模索する。
(こんな時、あの大和ってパイロットならもっと機体を上手く使ったはずだっ!)
トラックは荷台を切り離して本体を分離、ドラゴンの突撃を間一髪でかわした。
ドラゴンは今までに見せなかったトラックの動きに警戒したのか、一瞬攻撃の手を休めたが、すぐにまた突撃を再開した。
「また突撃合戦するなら突き合ってやるよ!」
迎え討つ体勢のトラック。だがドラゴンは激突の直前で動きを変えた。
ギラリと鈍く光るドラゴンの爪。
「爪っ!?」
トラックは咄嗟に身を翻したが、その爪は完全に避け切れなかったトラックの装甲を軽く引き裂いていく。
「嘘だろ……? 今の俺様のトラック装甲を紙切れみてーに斬ってくのかよ」
ドラゴンは休む間も与えずにその爪をトラックに向ける。
「こんなにスパッと斬れるのは五十鈴の居合い斬りみてーだな。だが、あの時は確か……!」
トラックは爪に対し荷台を剣のように振るってそれをいなした。
「がおー! がおー! がおー!」
パリィ! パリィ! パリィ!
トラックは信じられぬ速度で荷台を振るい、いなす。
「五十鈴さん……何かトラックの動き、有り得なくない?」
「ええ! 運殿ですからね、当然の如く有り得ないです」
地上では久遠と五十鈴がそれを呆然と見上げている。
「が、がおー。がおー」
ドラゴンはトラックの動きに圧倒され一度距離を取った。そして次に大きく翼を広げると、小さく無数の鱗をその身から切り離し、トラックに差し向けた。
「ま、不味い。あれはドラゴンスケイル!!」
「五十鈴さん、それって!?」
「ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬いと言われています。あんなもの、たった一枚でも我々にとっては致命傷になり得ると言うのに……」
「嘘でしょ!? それがあんな花吹雪みたいに……!?」
それは舞い散る花びらのように一瞬にしてトラックを包み込む。ところが運本人はその中にいても平常心を失わなかった。
「そう言や、俺様が黒騎士の周りを回ってた時がこんな感じだったな。だが逆に、今の俺様はそんな鱗如きじゃ傷一つ付けられねー自信があるぜ?」
襲い来るドラゴンスケイルの中にあっても悠然と佇むトラック。
「す、凄い。あの中にいても平然としているだなんて……」
「ね、ねぇ五十鈴さん。もしかして、竜の鱗って激レア素材なんじゃ……」
「そ、そうですね。確かに伝説級の素材だと思います……ですが久遠殿、それが……?」
「いっけぇー! お兄ちゃーん! その技もっと使わせてぇー!!」
「く、久遠殿っ!?」
「ち、違うの。これは鱗を使わせてドラゴンの防御力を削ごうと言う作戦っ!」
「そ、そうですよ、ね……?」
そんな地上での会話を余所に激しさを増す空中の戦闘。ドラゴンは効き目無しと判断するや否や鱗を戻し、再度ブレスの構えを取った。
「お、またブレスだな?」
しかし次に吐き出されたのは今まで同様の炎では無く、奇妙な色の煙だった。
「こりゃあ何か特殊効果を持ってんな? 状態異常はドリアード戦で懲りてんだよ!」
トラックは勢い良く荷台を一振りし、風圧でその状態異常ブレスを掻き消した。
「が、がおー……」
「お? どうやら困ってきたようだな?」
「が、がおー!!」
ドラゴンは虚勢を張るように再び強く咆哮した後、今までに見せたことのない速度でトラックの周りを飛び回り始めた。
「うおっ! 何だこいつ、早く飛ぶことだけに集中するとこんなに速かったのか!」
その飛行速度は最早目で捉えることが困難な程だった。
(まるで忍者マスターだな……あの時は五十鈴の奴、心の目で見ろとか言いやがって……そんなん出来る訳ねーだろと思ったもんだけど、さ)
「うおりゃあああっ!」
トラックの突撃が初めてまともにドラゴンに直撃した瞬間だった。
(これまで戦ってきた経験がレベル以上に俺様を強くさせたってことか)
そしてドラゴンを中心とする無数の線を引くように走り抜けるトラック。
「オラオラオラオラオラオラ……オラァ!!」
「が、がう、が……」
サンドバッグになりながらも必死に反撃の隙を探すドラゴン。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ァ!!」
ドラゴンはみるみるうちにボコボコになっていく。
(そして勇者達との戦闘で得たものは……特にないなぁ)
やがてトラックは更に上空へ舞い上がると、ドラゴンに向かって垂直に落下し、その一撃はドラゴンを完全に地に沈めるに至った。
「よっし。討伐完了」
「が、お……」
「これで締めだ。カウンターウエイト」
ドラゴンの首を拘束するように乗せたトラックに鉄塊のスキルを使用することで、ドラゴンを完全に無力化したにも等しい形となり、勝負は決着した。
運は身動きの取れなくなったドラゴンの前に立ち、再び話しかけた。
「さて、勝負は決した訳だが、まだ言葉を交わさないつもりか?」
運はドラゴンに尋ねた。
「……」
「じゃあ、俺達も決断しねーといけないけど」
「解った……ボクの負けだよ」
「「ド、ドラゴンが喋ったぁ~!?」」
久遠と五十鈴は飛び上がって驚いた。
「やっぱりな。荒野の花を避けたり、こっちの動きに合わせて攻撃変えてきたり、それなりに知能があるとは思っていたが、やっぱ言葉も解るんじゃねーか」
「うん……解る」
「どうして今まで人間と対話してこなかったんだ?」
「その前に……この機械、重たいよぉ」
「ん、ああ、悪かったな」
運はトラックを収納してドラゴンの拘束を解いた。
「これで大丈夫か?」
「……本当に解いちゃったの? ボク、ドラゴンなのに」
「何だ? まだやんのか?」
「ひぃっ! もうしないよぅ!」
「なら話せよ、訳を。何故人間と対話してこなかったのか。何故毎年荒野に降りてきて人間を拒絶するのか。俺達が知りたいのはそこなんだ」
「それだけ? それだけのためにボクと戦ったの?」
「俺達の目的はその先にあるんだがな。できればお前とも話をしてみたかったところだ」
「それでもし、ボクが話を聞かなかったら?」
「異世界送り確定だ」
「ひぃっ! 解ったよぅ!」
ドラゴンは頭を抱えて伏せたかと思えば、その身体はシュルシュルと小さくなり、やがて人型となった。
「っ!? 五十鈴さん!」
「ええ! ダークサイト!」
「うお、何だ? いきなり目の前が真っ暗になった……? おーい五十鈴、何やってんだよ。妨害魔法が俺に掛かっちゃったぞ?」
「運殿に掛けたんです!」
「な、何故……以前俺に魔法は掛けられないとか言ってたのに……」
「見せたくないものは見せたくないんです!」
そう言っている間に久遠が人型になったドラゴンに自分のローブを掛けた。
ドラゴンはメスだったのだ。
「はい、もう良いですよ運殿。魔法を掛けてしまってすみませんでした」
「それは良いけど……ドラゴン、お前、人型にもなれるのか」
「ボク、お前じゃなくてダイナ」
「「ダイナ?」」
「ボクの名前。偉大なるドラゴンラグナの娘、ダイナ」
「へええ。じゃあもしかしてドラゴンって他にも沢山いるのか?」
ダイナは少し目を伏せて答えた。
「多分、この大陸にドラゴンはもうボクしかいない……」
「どうしてだ?」
「自然に滅んだんだ。その
「「さが?」」
「君達ももう気付いているんでしょ? ボク達ドラゴンは弱者の言葉を聞かない」
「だから人間の言葉も聞かなかったんだな?」
ダイナは頷いた。
「だけどそれは人間に限った話じゃない。ドラゴン同士であっても同じ。強いメスは自分より弱いオスを全く相手にしない。いや、自分と同じくらいのオスでも見向きもしないようになってしまった……そんなことで子孫を残すことを放棄すればやがて種は滅びると解っているのに、ドラゴンのプライドが、血が、それを拒んだ。だから滅んだ」
「馬鹿なのか?」
「違うよお兄ちゃん。関わりの無い種族の言語をも理解している時点で本来ドラゴンは凄く知能の高い存在なんだと思う」
「ですが、知能が高くても愚かな存在は多いものです。例えば自国の領土をも焼いたチリヌ公国の人間のように」
「……そうだったな」
運達が再び視線を戻すのを待ってダイナは続ける。
「最後のドラゴンラグナは、それでも種の力を残すため、その力の殆どをこうして他種族の姿に変えられる能力に変換してボクを残したんだ」
「力の殆ど……って、本来のドラゴンはもっと強かったってことか?」
「前に五十鈴さんが言ってたでしょ? レベル、スキル、魔法……そんな次元じゃなく人間がどうこう出来るレベルじゃないって」
「では、近年各国がドラゴンに勝てる見込みを見出したと言うのは、転移転生者の増加によるものではなく……?」
「ボクに代替わりしたから、だろうね」
そう言ってダイナは涙を流した。
「悔しいよぅ。母さんが守って来たこの地を、ボクは守りきれなかった……解ってる。この後この地がどう荒らされようと、弱いボクの言葉に何の意味も無いことは」
そしてダイナは空を仰いで大声で泣いた。
一頻り泣いた後、ダイナは運の前に跪いて言った。
「ご主人様。以後、ボクは貴方に従うよ。この先、この地をどうするの?」
「「ご、ご主人様ぁ~!?」」
「ボクにもドラゴンの血が流れている……だから、ボクに勝った者がボクの全て。でももし、もしボクの我が侭を一つだけ聞いて貰えるなら!」
「この地に咲く白い花のことか?」
「っ!! ……流石はご主人様」
「安心しろ、無闇に踏み荒らしたりはしねぇよ」
「だけど人間は、いつもこの地で戦争を行ってきた」
「この先はそんなことさせねーよ。だからダイナ、お前も俺達に力を貸せ」
「「えええ~っ!?」」
久遠、五十鈴は声を上げて驚いた。
「俺達はここに、町を作る」
運は3人を見て言った。
「ここはもう、戦場にはさせない」
「ご主人様……」
「だがドラゴンが言うように弱い者の言葉に力は無い、それは真理だ。力が無ければここで俺達が町を作ったところで強国の蹂躙を受けるだけだからな。己の主張を通すためにはそれに見合うだけの力が要る。だからもう一度言う。ダイナ、俺達に力を貸せ。そうすればこの地の花は俺達が絶対に踏み荒らさせはしねぇ」
「うぅ……」
ダイナは嗚咽と共に再び涙を流した。
「母の愛した、この名も無き花を守れるのであれば、ボクは喜んでご主人様に従うよ」
「よし! ダイナ、これからはお前も俺達の仲間だ」
ダイナの表情は華やかに輝きを見せた。
「うんっ! 不束者だけど、どうか末永く可愛がって。ご主人様!」
「ダ、ダイナちゃん? それだとまるでお兄ちゃんに嫁ぐみたいな……?」
「ご主人様の
「そう言えばドラゴンは強者の子孫を残すとか何とか……って、運殿!」
「お兄ちゃん! まさかそう言うこと!?」
「ち、違うぞ久遠、五十鈴! 俺は決してそんな意味で言った訳じゃねー」
詰め寄る久遠と五十鈴に後ずさる運。
「ご、ご主人様が威圧だけで……す、凄い人達だ」
「あ、ダイナちゃんは気にしないで良いんだよ? これから皆で仲良くしようね?」
「よろしくお願いします、ダイナ殿」
久遠と五十鈴が振り返ってダイナに向ける笑顔はとても優しい。
「う、うん。久遠さんに、五十鈴さん。お手柔らかに……」
しかしダイナは見てしまった。
二人の表情が見えなくなる代わり、運の表情が引き攣るのを。
テア山脈にある洞窟の奥深く。
暗い闇の中、微かに灯る明かりに三匹の魔物の影が映し出されていた。
「ドラゴンが逝ったか」
「しかし奴はテア四天王の中で最弱……」
「ぽよぽよ」
「荒野が、荒れるな」
「荒れているから荒野なのだが」
「ぽよぽよ」
「何処へ行くルーテシア」
「別に、私がアレを倒してしまっても構わんのだろう? ゾエよ」
「ぽよぽよ」
洞窟には不穏な空気が漂っていた。
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