第48話 VSドラゴン(1)
冬を越え、春を迎えてもその年はイロハニ帝国とホヘト王国間に戦争の兆しは見られなかった。
「きっとお兄ちゃんのトラック無双のせいだと思うよ」
「俺だって、あの時は必死だったんだ」
「おまけに勇者パーティ壊滅。帝国にとってよっぽど大きな損害だったんだろうね~」
「そりゃ悪かったって」
「ま、そのおかげで私はお兄ちゃんと会えたから良いんだけどねっ!」
「そう言うことにしておけ」
「旅も、楽しかったね」
「大変なこともあったけどな」
「でも、その度に乗り越え……踏み潰して来たね、トラックで」
「何故言い換えた?」
「今度こそ、安寧の地になると良いね」
「無視かよ」
トラックは久遠と五十鈴を乗せ、荒野へと辿り着いた。
「前にも言ったけど、ドラゴンは言葉の通じる相手じゃないよ?」
「それは自分で確かめる」
「転移転生者が50人束になって掛かっても、返り討ちだったと聞いたことがあります」
「それでも引く訳にはいかないな」
「頑張ろっ!」
「そうですね、皆に吉報を持ち帰りましょう!」
トラックはドラゴンを探して荒野を彷徨った。
「にしても、一口に荒野と言うが色々な地形があるんだな」
「そうですね。テア山脈から染み出た水の湿地帯もあれば、なだらかな斜面が続く山岳地帯、平地にも緑が多いところや、綺麗な花が咲いているところも……私も長らくエヒモセスで暮らしておりますが、全く知りませんでした」
「そう言えばエルフは長命って聞くが五十鈴……げふっ!」
「駄目ですよ運殿。女性の年なんか気にしては」
「そうだな……すまん」
「気にしてないですよ」
「……」
運と五十鈴のやり取りを久遠は不思議な目で見ていた。
「ちょっと気になってたんだけどさ、お兄ちゃんと五十鈴さん、何かあった?」
「どうしました久遠殿? いきなり」
「いつもと変わらないと思うけどな」
「そう?」
久遠は首を傾げた。
「会ったばかりの五十鈴さんなら、さっきにしたって、へわっ!? とか言いそうだと思ったんだけどな……。少なくとも運転中の横腹にちょっかいは出さないような?」
「お恥ずかしい限りです……あの頃はまだ、男性としての運殿に慣れてなくて」
「今はそうじゃないってこと?」
「そうですね、日に日に信頼は増すばかりです」
「やめろよ五十鈴、流石に照れる」
「事実を述べたまでです」
「わ~……これは……」
平然と言ってのける五十鈴に久遠は少し引いて見た。
「私も負けてられないな……」
「そうですね。ドラゴンに勝利を収めましょう!」
「う~ん?」
久遠は首を傾げた。
更にトラックは距離を進み、やがて荒れ果てた大地の上で眠りにつく1匹の巨大なドラゴンを発見した。
「ようやく見つけたな」
「どうする? 今のうちに攻撃する?」
「弱体化魔法を掛けておきましょうか?」
「いや、まずは話しかけてみる……お前らも来るか?」
久遠と五十鈴はブンブンと首を横に振る。
「それじゃあ少し離れた所で見てろ。五十鈴、久遠を頼む」
「任されました」
「き、気をつけてねお兄ちゃん」
二人の言葉を背中越しに受けながら手を上げてドラゴンに近付いていく運。
「おーいドラゴン。ちょっと起きて話を聞いてくれ」
ドラゴンに反応は無かった。
「なあ、良いだろ? こっちに敵意は無いんだ」
その後も暫く、徐々に声量を上げて語りかけるが全く反応が無かったため運は大声を出すことにした。
「おおーいっ! いい加減、目ぐらい開けてくれたっていいだろおぉ~っ!!」
するとドラゴンは一度だけ目を開け、運の姿を見ると欠伸をするように炎を吐いた。
「うわっと、いきなりかよ」
咄嗟に泡の魔法で自身を包み込んで身を守る運。
「まぁいきなり声を掛けられて腹が立つのは解る。が、いきなり炎ってのは駄目だな?」
運は少し考えた後、妙案を思いついた。
「心の広い俺様はまだ攻撃しない。しないんだが……そのデカい鼻の穴に春のそよ風を送ってやろう。トラック魔法エア・コンディショナー」
「ふが、ふが……」
「お、効いてる効いてる」
そのドラゴンの様子が興に入った運は更に風を強めて送った。
「お兄ちゃん、何か悪ふざけしてない?」
その様子を遠めに見て久遠と五十鈴は呆れ顔だった。
「してますね……ドラゴンの鼻に風を送って遊んでいます」
「ドラゴンで遊んじゃうんだ……」
「あ、久遠殿気をつけて下さい。ドラゴンがくしゃみしそうですよ!」
「え、やばっ!! 五十鈴さん、全力で障壁張って!」
「承知しましたっ!」
次の瞬間だった。
「へっくち!」
ドラゴンがくしゃみをした。その衝撃と巻き起こる魔力暴走によって炎が生じ、周囲一帯は一瞬にして焦土と化す。
そしてそれによって吹き飛ばされた運の身体がゴロゴロと久遠、五十鈴の前に転がった。
「はぁ……はぁ……たかがくしゃみでこの威力。久遠殿、軽く死ぬところでしたね」
「はぁ……はぁ……ホントだよぉ~。やっぱ人間の敵う相手じゃないって~」
久遠も五十鈴もくしゃみ一つで限界ギリギリだった。
「いや~、それを至近距離で食らった俺様、もう死にそう」
二人の前で起き上がれない満身創痍の運。
「逆に何故死んでいないのかと言う疑問が生じますが」
「捨て置いた方が良いかも、五十鈴さん」
「ちょっと待って。回復して……」
そんな様子を睥睨しながら久遠は杖を構えた。
「ヒール」
「すまねぇ久遠、助かった」
「助かったは良いけど……ドラゴンさん、めっちゃ怒ってるんですけど?」
「ざ、残念ながら私達では全く力及ばずと言ったところでしょうか」
「マジ?」
と言っている間にも飛んで来る炎のブレス。
「やべえ! ウォッシャーバブル・バリア!」
咄嗟に3人を覆う障壁で何とかブレスを凌ぐものの、久遠も五十鈴も既に戦闘の意思を削がれたようなものだった。
「あはは……お兄ちゃん。ただのくしゃみ程度だったらまだしも、さっきのブレスだったら私達、全力で障壁張っても死んでいたかも」
「運殿、ここは一度引いて作戦を練り直した方が良いのでは?」
「う~ん、参ったなあ」
そう言っている間にドラゴンはその翼をはためかせて宙に浮かび上がった。
「本当に言葉が通じないんだなぁ」
「お兄ちゃんのバカッ! のんびり言ってる場合かっ!」
「運殿。戦略的撤退のご英断を!」
そう言っている間にも次々と空から襲い来るドラゴンブレス。それに対しバリアを連続展開することで身を守る運。
攻防は暫く拮抗した。やがて。
「バブルバリア! バブルバリア! バルル……噛んだ」
バリア展開、失敗。
「「ギャーッ!! 死ーっ!!」」
命の限り叫ぶ久遠と五十鈴。運は咄嗟にトラックを展開し、久遠と五十鈴を乗せてロケットスタートでそのブレスをかわす。
「うぅ……運殿、く、首が痛いです……」
「お兄ちゃん、私達ムチ打ちになっちゃったよぅ」
「す、すまん。お前らG耐性が無かったんだったな」
「これくらいなら自分でヒールするけど、ちょっと戦いについていけないよ~」
「せめて、運殿に強化魔法くらいはお掛けしますので……」
「あ、いいよ五十鈴。そういうのは」
運は五十鈴の申し出を断った。
「お、お兄ちゃん、強がるのは止めようよ~」
「そ、そうですよ。これは逃げても致し方無いレベルですよ」
「いや、逃げない。ここは力でドラゴンを平伏させるところだ」
「な、何言ってんのお兄ちゃん! なら尚更強化魔法を……」
運はそれを手で制した。
「いや、良いんだ。もしかしたら、それがドラゴンの習性なのかも知れん」
「「習性?」」
「ああ……見ろよ。さっきのくしゃみで焦土と化した土地を。所々、燃えてねぇ所があるだろ?」
「燃えてない……あ、本当だ」
「運殿、あの激しいブレス攻撃の中で良く見ていましたね」
「まぁな。しかもその後のブレスも、奴は燃えなかった場所を避けるように撃って来た」
「そうなのっ!?」
「一体、その場所には何があるのです?」
「花だ」
「「鼻?」」
「ああ。一見して草木も生えねぇような荒れ果てた土地だけどさ、所々咲いて見えるだろ、あの小さい白い花」
「あ、ああ。花ね。確かに、燃えていない所には全てあの花が咲いているみたいだね」
「で、でも運殿? それが今、どういった話に繋がるんです?」
「もちろんドラゴンが何故あの花を避けるのかは俺様にも解らねーよ? 解らねーけど、少なくともドラゴンには知能があるってことになるだろ」
「「!?」」
「その上でだ。今までドラゴンは言葉も介さずただ人間を追い返して来た訳だ」
「ど、どうしてなの? お兄ちゃん」
「そんなの俺様が知る訳ねぇ。知る訳ねーけど、一番ありそうな答えとしてはやっぱ、人間が取るに足りない存在だったからじゃねーのか?」
「「!?」」
久遠と五十鈴はただ驚きの連続の中にいた。
「だから運殿は、ドラゴンを力だけで捻じ伏せようと言うのですね?」
「……正気じゃない。正気じゃないよお兄ちゃん」
「こうなった以上、正気だろうが狂気だろうが取り合えずとっちめる。とっちめた後に向こうに対話の意思があれば良し。無ければそれはもう仕方がねぇことだ」
「お兄ちゃん……」
「運殿……」
「と、言う訳で。お前らは降りて何処かあの花のある場所にでも避難してろ。俺様はただ小細工無しであのドラゴンを捻じ伏せてやる」
運は久遠と五十鈴を白い花の近くに降ろし、ドラゴンに合わせて宙を走った。
「さて、どうやら待っててくれたみたいなんでな。礼と言っちゃなんだが、俺様がこうやって飛んでいれば、お前も遠慮なくブレスが吐けるだろ?」
静かに春風がそよ吹く中、お互いの動きを見極めながらゆっくり空中を旋回するドラゴンとトラック。
やがてドラゴンが攻撃予告とばかりに咆哮した。
「がおー!」
「「がおー?」」
少し間の抜けたような咆哮で死闘の幕は切って落とされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます