第47話 心ひとつに
「ふむふむ、確かにこれは珍しい症状だね~」
「本当。今まで良く頑張ってきた」
セレナを診察したミューとフィリーが言った。
「どうだ? 何とかなりそうか?」
運の問いに二人は親指を立てて答えた。
「もっちろ~ん! 改善への道のりは見えたよ~」
「大変だけど、これは治る症状」
「良かった。流石ミューとフィリーだな」
「でも……」
フィリーが俯き言った。
「森が燃えてしまった今、必要な薬草類が手元に無い……」
そこへカレンが名乗り出た。
「フィリー? それなら私達やアーシーズ、精霊を頼る場面でしょう? 任せて下さい。すぐに何とかいたしましょう」
「ありがとうカレン。これですぐに治療が始められる。でもフィガロ、セレナ。体質の改善には時間と根気が要る」
「大丈夫、大丈夫だ。な、セレナ?」
「うん。私、頑張る」
セレナはその小さな拳を握った。
「よぉ~っし!! それじゃあ私達、頑張っちゃうよ~!」
「セレナ、一緒に頑張ろ」
「うん!」
ミュー、フィリー、セレナの三人は顔を合わせて笑った。
「ミューもフィリーもありがとうな。費用については俺が持つ。金に糸目はつけねーから最善を尽くしてくれ」
「い、いいよいいよ~。大恩ある運さんからお金なんて受け取れないって~」
「ミューに同じく」
「お前ら、そんなんで良いのかよ?」
「むしろお礼を言いたいのは私達の方。何なら身体で払う。ね、ミュー?」
「えっ!? だ、駄目だよフィリー。そんな、子供の前で……」
「そう言う冗談はいいから、二人ともくれぐれもセレナを頼むぞ。何か俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「オッケー!!」
「任せとけ」
ミューとフィリーは明るく答えた。
「と、言う訳で良かったな。フィガロ、セレナ」
「運お兄ちゃん、ありがとう!」
「兄ちゃん……あんたってやつは……」
フィガロは涙を流した。
「兄ちゃん。オラ、この恩は絶対に忘れねぇ。兄ちゃんのためならどんなことだってやってやらぁ」
「そいつは頼もしい限りだな、よろしく頼むぞ」
「おう! 町の一つや二つ、オラが作ってやるとも!」
「お、おう。意気込みは有り難いが、流石に一人じゃ無理だろ」
「そりゃそうだが、兄ちゃんもあんまりドワーフを嘗めんなよ? オラの仲間達を連れて来てやっから、あっと言う間に出来ちまうぜ?」
「運殿。そのことについてなんですが、実はエルフ族の中でも民の殆どが運殿について行きたいと申しておりまして。自分達の家は自分達で作る。フィガロ殿にご指導いただけるのであれば労働力は幾らでもありますよ」
「ま、マジか」
「運さん、もちろん私とフィリーも行くからね~」
「これからもよろしく」
「何か凄ぇことになってきたな」
運は周りの反応に驚くばかりだった。
「凄いなんてものじゃないよっ! お兄ちゃん解ってる?」
久遠が声を上げた。
「エルフの皆がついて来てくれるだけじゃなく、ドワーフが力を貸してくれる。更にドリアードやアーシーズ達のおかけで豊穣は約束されてる上に、これからは向こうの世界と同水準の消耗品や電化製品まで作れちゃうってことなんだよ?」
「久遠殿。それはエヒモセスに革命が起こるかも知れない、そう言うことですか?」
「そう。で、そんな町が大陸の中心に出来ちゃうなんてことになれば……」
その場の誰もがそれを想像して言葉を失った。
「とんでもねぇ話だ……何度も聞くが、兄ちゃん。お前本当に何モンなんだ?」
「いや、俺はただのトラック運転手だ。皆が凄ぇだけで、俺は何にもしてねーだろ」
「そうじゃない。そうじゃないよお兄ちゃん! お兄ちゃんはこれだけの人の心を一つにまとめちゃったんだよっ!?」
運は一歩引くが、それには久遠を始め、一同口々に詰め寄った。
「最初から凄いお方だと思ってはいましたが……運殿、これは最早ただ力が強いだけで成せることではありませんよ?」
「運は皆を惹きつけちゃった責任を取るべき」
「運さん、私達も一生懸命支えるからね~」
「あらあら。私達精霊も忙しくなりそうですね」
「兄ちゃん、オラ達に出来ることなら何でも言ってくれ」
「運お兄ちゃん。私も発明、頑張るね」
全員に背を押されるようにその中心に立つ運。
「お、おう。これは流石にちっとは気張らねーといけねーみたいだな」
運は言った。
「となると、少し見切り発車になっちまったが、荒野のドラゴンだけは何とかしねーとな」
「大丈夫? お兄ちゃん」
「今更ダメなんて言える訳ねーだろ。絶対に何とかするっきゃねー」
運は表情を引き締めた。
「大丈夫だ。これだけ多くの皆が俺を支えてくれてんだからな、心強ぇよ。それに、俺はもうどんなことがあっても負けねえ、皆を守るって誓ったんだ」
そして最後にニカッと笑って見せた。
「俺が何とかする。だからみんな、黙って俺について来い」
「うっわ~お兄ちゃん、そういうこと言っちゃ……」
詰ろうとする久遠の声を掻き消すように。
「「おおお~っ!!」」
その場の全員が立ち上がって腕や大声を上げた。
久遠はその様子に言葉を飲み込みながらも小さく笑った。
「まとまっちゃった……お兄ちゃん、カッコ良いじゃん」
皆が心を束ね、盛り上がりの中で締められた会合の後。
五十鈴は運が一人となるタイミングを見計らって声を掛けた。
「あの、運殿。少しお話できませんか……?」
「ん? どうした五十鈴、そんな暗い顔して」
「はい……」
「何か不安なことでもあるのか?」
「……はい」
「そうか……じゃあ、座って話すか」
「ありがとうございます」
二人は近くのベンチに腰掛けた。
「で、話したいことって何だ?」
「町を……作った後について、です」
「ドラゴンを何とかする前から、もうそんなことまで心配してんのか?」
「……私が心配しているのは、運殿のことです」
「俺のこと?」
「はい……ルヲワ共和国にいる時は、恐くて聞けませんでした」
「恐い?」
「運殿が、元の世界に帰ろうとしていることについて、です」
「あ……」
「運殿は、安寧の地として自分達の町を作ると仰ってくれました」
「そうだな」
「その一方で、この地を去ってしまうとも」
「……そうだな」
「嫌です」
「五十鈴?」
「私にこんなことを言う資格が無いのは百も承知です……ですが、運殿が元の世界に戻ってしまうと聞いた時、私の心は、どうしようもなく乱れてしまったのです」
「そうだったのか」
「運殿が目標のために頑張っているのに、何故こんな気持ちを抱いてしまうのか……自分でも良く解りません。ですが、運殿の力になりたい。それもまた私の正直な気持ちなのです」
運はただ頷いて返した。
「こんな不安定な気持ちのままで、私は本当に運殿を支えられるのでしょうか……いいえ、違います。本当に言いたいことはそんなことではありません」
五十鈴は正面から運を見据えた。
「私は、運殿と一緒にいたいのです。だから、貴方が離れて行ってしまうのが恐いのです」
「……ありがとう。そんな風に言ってくれて」
五十鈴は寂しげに少し視線を落とした。
「少し、期待していた言葉とは違いました」
そして少し自虐的な笑みを見せた。
「黙って俺についてこいって、さっきみたいに言ってくれれば良かったのに……」
「すまない……俺達のいた世界に、エルフはいないんだ」
「そう……なんですね」
「だけどこれだけは約束する。もし元の世界に戻れたとしても、俺は必ずまたこっちに戻って来る」
「本当……ですか?」
「ああ。どんなことがあろうと、俺は元の世界に戻る方法を探し出す。久遠を連れて帰らないといけないからな。向こうでずっと久遠の身体を守ってくれている父さんに会わせてやらなきゃならない」
「そう……だったんですね」
「ああ。だけど、それが済んだら」
「戻って来てくれるのですか?」
「確約は出来ない。何せ、向こうには魔法とかスキルみたいな能力が無いからな」
「……」
「でも、俺もまた、こっちに戻って来たいとは思ってるよ」
「……嬉しいです」
五十鈴は安堵の表情を見せた。
「今は俺、そんなことくらいしか言えないけど」
「十分です」
五十鈴は笑って答えた。
「今の言葉だけで十分。また私、明日から心を一つにして頑張れそうです」
そう言って五十鈴は運の肩に頭を預けた。
「今日は、ちょっと疲れちゃいました」
「じゃあ、ちょっと休んでいくか」
運も身体の力を抜いてベンチに背を預けた。
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