第45話 ミストラル工房の薄命天才少女
「おお~いセレナ。今帰ったぞ」
運達が会計を済ませ、スマホの設定をしていた頃、ドワーフの男が店に入って来た。
「あ、お父さん! お帰りなさい!」
「なんだセレナ。今日はやけに元気が良いじゃないか?」
「あのね、スマホ、全部売れたの」
「そうか……だが、あの値段で売れたところでなぁ」
「違うの。全部仕入額以上で、買ってくれたの……このお兄さん達が」
「全部ぅ!? ……って、兄ちゃん達、さっきの新婚さんじゃねぇか」
「「あ、さっきの」」
そのドワーフの男は郊外で壁材を見ていた時に出会った男だった。
その後、運達は自己紹介を済ませた。
「しかし、よもやここがかの有名なミストラル工房だとは思いませんでした」
五十鈴が言った。
「そうだろうなぁ。今や見る影も無いもんだからなぁ」
「何があったのですか?」
「時代の変化について行けなかったのが悪かったんだろうなぁ」
ドワーフの男、フィガロは語った。
「ウチは古くからミストラル工房って、ちったぁ名の知れた鍛冶屋だったんだ」
「ええ。ミスリル武器と言えばミストラル工房、大陸では常識です。実は私の剣も祖父から譲り受けたものですが、ミストラル工房製なんですよ」
「そりゃあ長い間大切に使ってもらって武器も喜んでいるだろうよ。どれ、見せてみな」
「はい」
五十鈴はフィガロに剣を渡した。
「ほおお。これは凄い。ミスリルの武具は魔力や精霊を宿す力を持つが、この剣は長い年月を掛けてその力を醸成させている。物自体も大業物だ……今時、こんな武器は大陸中を探しても滅多なことじゃ手に入らんぞ」
「確かに凄ぇ切れ味だったもんな、俺の装甲を紙切れのように」
五十鈴は返却された剣を誇らしげに受け取って鞘に戻した。
「だがなぁ。ご存知のとおり、国内にあった鉱山からはもう何十年も前からミスリルがとんと採れなくなっちまったんだ」
「そんなに前から……」
五十鈴は自身の剣を見つめた。
「で、鍛冶屋に代わる事業として親父の代から始めたのが建設業って訳だ。何だかんだ言っても物作りはドワーフの血みたいなモンだからな」
「それでセレナちゃんは元は建設業って言ってたんだね~」
久遠はセレナに微笑みかけた。
「ご、ごめんね。私、知らなくて」
「いいのいいの」
少女達の会話を目を細めて見つめながらフィガロは続ける。
「で、オラの本業も親父から引き継いだ建設業って訳なんだが……解るだろ? 郊外に建ち並ぶあの安価な異世界の手法を用いた住宅を見ればよ」
「客、取られちまったんだな?」
「ここは中立国ってことで人が集まる好機だったってのに、オラはそれを活かせなかった」
「まぁ、現代知識無双のチート生産者が相手じゃ運が悪かったとしか言えないな」
「お兄ちゃん、何とかならない?」
「流石にビジネスでフェアに戦ってる奴を力でぶっ飛ばす訳にもいかんだろ」
「確かに、それは人として駄目だね~」
「可哀想だが、スローライフ系って言うのか? 分野違いには手も足も出せないな」
「下手に他の分野の人を巻き込んじゃうのも悪いか~」
運と久遠はフィガロに向き直る。
「ま、幾らオラ達より進んだ文明知識を用いていようが負けは負けだ。だが、仕事せんことには生きて行けんからな」
フィガロは腕を組んでため息を吐いた。
「で、だ。次にオラは、友人の伝を頼りに近年盛んになっていたトラクターの部品生産に手を出したんだ」
「う。……流石に俺にもその先が読めたんだが」
「そうだ……エンジン供給が止まればトラクター生産も止まる。オラは終わった」
「すみません、私達エルフ族が……」
「いやぁ、奥さんが謝ることじゃねぇよ……最初に言った通り、オラが時代の変化についていけなかったせいなんだ」
「お父さん……ごめんね? 私が何も出来なかったから」
「お前のせいじゃない……すまないな、セレナ」
頭を寄せるセレナを抱きしめながらフィガロは言った。
「セレナはドワーフらしからぬ病弱な身体なんだが、その分頭が良くてな。ドワーフとしての物作りの血も色濃く受け継いでいて、機械には滅法強いんだ」
「「機械?」」
「ああ。それで転移者がほぼ確実に持っているスマホとやらが直せたら、更には作れたらビジネスチャンスになると思ったんだが……」
「なけなしのお金も、なくなっちゃったの」
「流石にスマホはハードルが高過ぎるだろ、俺達だって中身まではまるで解らねぇぞ」
「でもね? 壊れてる物も、画面が点くところまでは、行ったんだよ?」
「「はぁ!?」」
驚いたのは運と久遠だ。
「セレナちゃん、もしかして自力で……科学の結晶であるスマホを?」
「たまたま点いただけじゃねーのか?」
(まさか電波が無いから使えないだけで、本当は直せてたりするのか……?)
二人とも開いた口が塞がらない。
「ああ。セレナは仕組みさえ解れば魔法も織り交ぜて大抵の物は作っちまうんだよ、特に現物なんかがあれば間違いなくな。この間なんか転移者が言っていた炊飯器? とやらを聞いた話だけで作っちまった」
「超絶チート天才じゃねーか」
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん」
机の下で久遠が運の袖を引っ張った。
「あのね……ごにょごにょ」
「あ~、なるほど」
運と久遠は示し合わせ、机の上に一つの箱を取り出して見せた。
「この箱、なぁに?」
「これは、電子レンジと言う」
「電子、レンジ?」
「詳しい仕組みは俺にも良く解らんが、この中に食べ物を入れてスイッチを押すと、目には見えない線状のエネルギーが食べ物内の水分を振動させ、その時に発生する熱で冷めた食べ物がすぐに温まる……だったかな? そんな代物だ。試してみよう」
運は街を見て回る際に購入していた焼き菓子の余りをレンジに入れて実践した。
「うわ、あっちっち。これ凄い」
実際に温まった焼き菓子を触ってセレナは驚いた。
「他にも物を冷やして長持ちさせる機械や火を起こす機械等があるんだが、どうだ?」
「どう、って……作れるかどうか、ってこと?」
コクリ、と運と久遠は頷いた。
「うん。多分。大丈夫だと思う」
瞬間、机をバンッ! と叩き身を乗り出す運と久遠。
「「君が欲しいっ!!」」
「えええ~っ!? お、お父さ~ん」
フィガロの背中に隠れようとするセレナ。
フィガロは呆れ顔で頭を掻いた。
「あのなぁ兄ちゃん。子供は夫婦で作るもんだぞ?」
「へわっ!? ……あわわわわ、運殿の」
「ああフィガロ。さっきから勘違いしてるようだが、五十鈴とは夫婦じゃないぞ」
「うぅ……」
一人変な動作をしている五十鈴を余所に話は進む。
「ん? ああ! そうだったのか、早とちりしちまったか! わははっ!」
「それに、欲しいって言ったのは娘としてじゃない。その腕、その技術が欲しいんだよ。もちろんフィガロ、あんたの建築家としての腕も含めてな」
「兄ちゃん……どう言うことだ?」
運はニカッと笑って言った。
「俺、いや俺達は、町を作ろうとしてんだ」
「「は?」」
今度はドワーフ親子の開いた口が塞がらなくなった。
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