第44話 ドワーフの街
ルヲワ共和国に辿り着いた運達がまず興味を持ったのは、郊外に数多く建設されつつある建物群だった。
「凄いな。こんなに沢山もの新しい建物が建とうとしているのか」
「運殿、それはルヲワ共和国が中立だからです。争いが無い土地を望む者は多いですから」
「とは言え、帝国にも公国にも武器を供給している姿勢はどうなのかって言う声もあるんだけどね~」
「そうなのか久遠?」
「ルヲワ共和国からすれば昔から続いている帝国への武器供給はともかく、公国側にはトラクターの部品を売ってるだけってことになるけど」
久遠は続ける。
「エルフから動力、ドワーフから部品を仕入れて、公国が組み上げたのが機動兵器トラクターなんだよ」
「へええ。そうだったんだな」
「もしかしたら、エルフからのエンジン供給が無くなった影響で生産に打撃を受けている人もいるかも知れないから、二人とも気をつけてね」
「「は、はい」」
運と五十鈴はまるで久遠の従者であるかのように後ろを歩いた。
「しかし、家の骨組みだけを見れば俺達の世界と大差無いように見えるな」
運が建設途中の民家が立ち並ぶ区画を見て言った。
「束石から梁、母屋や棟木まで同じだな」
「お兄ちゃん、詳しいの?」
「少し建設現場に関わったことがあるくらいだがな」
「そうだったんだ」
「でも、その割には昔からある区画の建物とは造りが明らかに違うな」
「もしかして、最近になって転移転生者が持ち込んだ技術でしょうか?」
「なるほどな、詳しい奴がいたのかも知れないな」
「しっかり現代知識無双してる人がいるんだね~。これだけ建ち並んでいればきっと儲かってるんじゃないかな~」
「だろうな。こういう生産系異世界ライフもあるってことか」
「ねぇお兄ちゃん! もしかしてその転移転生者の協力を得られれば建物作りはバッチリなんじゃない?」
「ああ、選択肢としては悪くないかもな」
そう言って運は未完成の建物に近付いて壁を軽く小突いたりした。
「壁材は……凄いな、サイディングの家まであるのか」
「凄いの?」
「うん、まあ。あっちの世界では普通だけど、この技術、やっぱ転移転生者が関わってんな」
運は旧区画と新区画の建物を見比べた。
「ま、でもこっちじゃ圧倒的に多いのは安価なモルタルみたいだがな」
「モルタル?」
「聞いたことくらいあるだろ? 砂、セメント、水を混ぜて作るもんだ」
運がそう言った時、通りがかったドワーフの男が口を挟んできた。
「水? かぁ~っ! 水ねぇ?」
「ん? 違ったのか?」
「いいや? 違わねぇな。似たようなのは出来るだろうさ、安上がりでなぁ」
「似たような……てことは、似ていても違うんだな?」
「まるで違うねぇ。防火防水、湿度調整、断熱性に通気性、耐久性に耐震耐衝撃性。当然のように防魔性まで、あらゆる面で粗悪品だ、そいつは」
「そうなのか? モルタルは向こうの世界でも普通に使われてるんだが」
「ふん。兄ちゃん達、ホンダ工務店のモンか?」
「「ホンダ工務店?」」
「何だ、違うのか」
「いや、ちょっと珍しい造りの建物が目に入ったものだから立ち寄ったんだ」
「家に興味でもあるのか?」
「まあそんなところかな。家を建てたいと思ってる」
「お! 何だ新婚さんか! わはは! 羨ましいな兄ちゃん、エルフの奥さん、偉くべっぴんさんじゃねぇか!」
「わ、私が運殿の奥さん……?」
五十鈴は染まる頬を両手で隠した。
「ん? いや五十鈴は別に……」
「ねえ! おじさん! 私は!? 私だって奥さんの可能性もあるよねっ!?」
運の言葉を遮るように久遠が割って入る。
「ええ……? 嬢ちゃんは……兄ちゃんの娘にしては大きい歳だしなぁ。妹さんかなぁ?」
「ぶー」
久遠はふて腐れて引っ込んだ。
「ところで、さっきの壁材の件なんだが……」
「おっと。すまない兄ちゃん、オラちょっと急いでたんだ。変に疑ったように声掛けちまって悪かったな」
ドワーフの男は片手を挙げて去り際の挨拶をした。
「家ってのは、その地域に適した材質ってのがあると思うぞ。兄ちゃんも奥さんのために良い家を建ててやんな。じゃあな」
そう言ってドワーフの男は駆け足で去って行った。
「何だったんだ……?」
運が振り返ると、そこには両極端の表情をした久遠と五十鈴がいた。
「うふふ。私、奥さんだそうですよ?」
五十鈴はそう言って運に腕を絡めた。
「私だって、あと数年もすれば成長するもん」
久遠は悔しそうに運のもう片方の手を握った。
その後、三人はルヲワの街中を歩いて回っていた。
「ドワーフの町って言うから、てっきり職人的な硬いイメージの街を想像してたんだけど、今まで見てきた街の中で一番発展していると言うか、近代的な感じだな」
大通りは様々な店が立ち並び、道行く多種族の人々で殷賑を極めていた。
「ドワーフは機械にも強いですし、隣接する帝国や公国とも積極的に貿易をしていますからね、人の交流が増えれば文化も栄えますよね」
「やっぱり戦争よりこっちの方が良いね、お兄ちゃん?」
「そうだな。もし荒野に町を構えたとしても、周りの国とは仲良くしたいもんだ」
「良いところはいっぱい学んで行こうね!」
「おう」
出店で購入した焼き菓子を頬張りながら三人は大通りを歩いた。
「え? うそ。お兄ちゃん、あれ見て」
久遠が大通りの一角を指差して言った。
「ん? 何だ?」
「スマホ売ってる」
「そんな馬鹿な」
運も久遠が指差す方を見た。
「本当だ……何故だ?」
「行ってみようよ」
三人はその店に立ち寄った。建物は古く、客足は無い。
店先に置いてある木箱の中に雑に入れられた素の状態のスマホはどれも電源が入っておらず、ところどころ破損している箇所も見られた。
「ジャンク品……てところか?」
「確かに。転移者が持って来たって、エヒモセスじゃ電波無いし使えないもんね。お兄ちゃん以外は」
「これが久遠殿が持っているスマホと同じ物なんですか?」
五十鈴がそう言った時、店からドワーフの少女が出て来て言った。
「あの……スマホ、ご存知、ですか?」
少女はか細く、薄い髪色と同様にその姿さえも消え入りそうな声だった。
「あ、すみません。いらっしゃい、ませ」
「こんにちは~。私達は旅の者です。珍しいスマホを見つけたので気になって」
歳が近く見える久遠が明るく返答した。
「どうしてこんなに沢山のスマホがあるんですか?」
「はい……その。新しい、事業を、模索中で」
「新しい事業ですか?」
「は、はい。私の家、元は、建設業でした」
「今は違うんですか?」
「は、はい。色々、あって……その。貴女もスマホ、持ってるんですか?」
「あははっ! お兄ちゃんのですけど」
そう言って久遠はスマホを取り出して見せた。
「凄い。こうやって使うんだ……」
「見るのは初めて?」
「ウチに回って来る前に、ほとんどエネルギーが、切れてしまっていて」
「そっか~。使えないから要らない、要らないから売る。皆そんな感じなのかな」
「は、はい。それで……直れば高く売れるかな、なんて考えていたのですが、思いのほか複雑過ぎて、諦めました……」
「で、こうして投げ売っていたんだ」
「は、はい……大赤字です」
少女はシュンと小さくなった。
「ねぇお兄ちゃん。もしかして、このスマホがあれば私達以外にも、五十鈴さんや他の皆との連絡手段として使えるかな?」
キランッ! と五十鈴の目が光った。
「いや、普通に電波が無いだろ」
「でも、お兄ちゃんとなら連絡できるよ?」
「ま、ナヴィに登録してもらえば出来るだろうな」
「便利だよ?」
「……それもそうだな」
「数も揃ってるし」
久遠は上目遣いに運を見上げた。
「……解ったよ」
運は目を逸らしながら言った。
「ありがとっ! お兄ちゃん!」
「で、幾らなんだ?」
「あ、あの。一つ、500クラットです……」
「じゃなくて、仕入れた額だよ」
「え? その、大体、一つ100,000クラット前後、です」
「何も知らねーの良いことにボッタクられてんじゃねーか……ったく、解ったよ。全部仕入れ値に少し上乗せして買ってやる」
「え? え? ……ぜ、全部、ですか?」
「まぁな。実はコレ、俺達にとっては貴重な機械なんだよ。これを逃したらもう余所で手に入るか解んねーから」
「で、でも。それ言わなければ、安く買えたのに……」
「いいのいいの。お兄ちゃん、こう言う人だから。ねっ五十鈴さん」
「ふふっ。ですね」
「で、でも。これ、全部壊れて……」
「ふっふーん。それが平気なんだな~」
「久遠殿は何でも直してしまうんですよ?」
「し、信じられない……」
「と、言う訳でだ。全部で幾らだ? 早いとこ計算してくれ」
「は、はい……ありがとう、ございます。少しお待ちを……」
少女は戸惑いながら店の奥に戻って行った。
「思わぬ出費だが、連絡手段の無いエヒモセスじゃ貴重な物が買えたな」
「ねぇねぇ。五十鈴さんや仲間達にも持っててもらうんでしょ?」
「そうだな。五十鈴、要るか?」
「うわあ……スマホ。私が、あのスマホですか。夢にまで見た……」
「五十鈴さんすっごく嬉しそうだよ、お兄ちゃん」
「よ、良かったな」
「はいっ! これで毎日、運殿と電話できますねっ!」
「「普通に話せよ」」
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