第42話 今はまだ名も無き荒野
「俺がエヒモセスに転移してきた一番最初のスタート地点があの荒野だったんだ」
運は語った。
「あの時はまだ、この大陸がどんな形をしているかなんて知らなかったけどな」
エヒモセスでは大陸中央が広大な荒野となっており、その西側にイロハニ帝国、東側にホヘト王国と言う大きな国が二つあった。
「しかも転移の場所とタイミングが最悪でな。イロハニ帝国とホヘト王国の戦場の真ん中だぞ? 俺は生き延びるために無我夢中で兵士の海を走って逃げた」
「そして逃げた先、東のホヘト王国内ネナの町で私達は再会したんだよね、お兄ちゃん」
「だな。だけどホヘト王国では俺の前に転移してきたトラック運転手が騙されて殺されていたことが判った。そして俺の戦場での噂も流れ始めて……王国にはいられなくなった」
「それで、運殿はホヘト王国から南下し、チリヌ公国を目指していたのですね?」
「そうだな。五十鈴とはその道中で出会ったんだっけ」
「はい。そこで命を助けていただいたばかりか、オクヤの里まで送り届けてくれることに」
「へえ~。五十鈴ちゃん、そぉ~だったんだぁ」
「それで惚れたのか」
「へわっ!? ミュー、フィリー! 変なこと言わないで」
場は和やかに笑いを含みながら話を進めるが。
「後は皆知っての通り。久遠や里の皆と協力して商売を始めようとしていた矢先、公国軍が攻めてきてオクヤの森は燃えてしまった」
仲間達は辛い面持ちでそれを聞く。
「幸い交流のあった近領のマケフ領で何とか仮の住居を置かせてもらっている状況だが、領主とてチリヌ公国内の一貴族。きっと俺達を守るために無理をさせてしまっているに違いない」
「それで、運様は誰の物でもない荒野に自分達の町を作ろうとなさったのですね?」
「ま、そんなところだな」
大陸での位置関係としては荒野の南にルヲワ共和国、東南にチリヌ公国が存在する。そしてルヲワ共和国の西側がイロハニ帝国と接しているのが大陸の構図である。
「でもお兄ちゃん。何で荒野が荒野のままなのか、私言ってなかったっけ?」
「旅の途中で聞いたような気もするが」
「あ~、忘れてるでしょ! 荒野にはね。毎年春になると北のテア山脈から強力なドラゴンが降りて来るんだよ?」
「ああ……だから荒野に町を作っても一年に一度、焼かれちまうんだったな」
荒野の北側にはテア山脈が存在し、それはホヘト王国の北側まで全て連なっている。
「それに運殿、テア山脈には他にも恐ろしい魔物が多数生息していると聞きます」
「そーそー。テア山脈の更にその北側は、かの恐ろしい魔王国だからねぇ」
「魔王……本当にいたのかよ」
「お兄ちゃんが勇者さん達をやっつけてなければ、私、今頃勇者パーティとして魔王討伐に向かってたかもね~」
「「へっ?」」
ミュー、フィリー、カレンが変な声を上げた。
「あ、勇者パーティでお察しいただけたかと思いますが、実は私、これでも帝国の聖……」
「「勇者をやっつけた!?」」
「……ぶー」
自分のことでないと解って一人頬を膨らませる久遠。
「ああ、皆には言ってなかったな。俺、転移してきて間もない頃、勇者達に絡まれたんで久遠以外はやっつけちまった」
「運様。な、なんと言うことを……」
「ん? 何か不味かったか?」
「運。魔王は勇者じゃないと倒せない……世界が終わる」
「あはは~。運さんらしいけど、既にやっちゃったものはしょ~がないよね~」
「ま、マジ?」
運の頬を冷や汗が伝った。
「ま、まあ……あれだ。魔王の方は俺が責任持って、後で時間見つけてやっつけておくから心配しないでくれ」
「あっは。運さんなら本当にそんな感覚でやっちゃいそ~!」
「運に討伐宣言されちゃった魔王、ドンマイ」
ミューとフィリーは何処か楽しげだった。
「ともかく。今はそんな魔王よりもドラゴンだ、ドラゴン」
運は強引に話題を逸らした。
「ドラゴンは何で春になると荒野に降りて来るんだ?」
運の問いに皆は視線を合わせたが誰も答えを持ち合わせていなかった。
「そっか。原因が解ればあるいはと思ったが」
「その発想がお兄ちゃんっぽいよね」
「そうなのか?」
「そうですよ運殿。良いですか? エヒモセスにおいて人類はずっとドラゴンを目の仇にしてきたのですよ?」
「どうしてだ?」
「例えば現在の二大強国、イロハニ帝国とホヘト王国の争いにしても、その目的は大陸中央の荒野を支配することにあるのです。広大な中央地方を丸々支配下に置くと言うことは、大陸全土に目を光らせ、覇を唱えるにも等しいことなのですから」
「ん? でも年に一度ドラゴンが町を焼くから意味ないんじゃないのか?」
「はい、そこです。そのドラゴンがいるせいで大陸制覇に有効な荒野が不毛な土地のままなのですから人類が怒るのも当然です。ドラゴンは昔から倒すべき存在なのです」
「なるほど。でも、今までやっつけることが出来なかったんだよな?」
「はい。と言うのも、そもそもドラゴンと言う種族は人間にどうこう出来る存在ではなかったのです。レベル、スキル、魔法……そんな次元ではなく」
「はあ。じゃあ何で今更、両国はそんな不毛な荒野を巡って戦争を始めたんだ」
「それは近年、各国とも急激に増えた転移転生者の出現によって、ようやくドラゴンに勝てる見込みが出てきたからに他なりません」
「なるほどなあ。つまり、ドラゴンさえ何とか出来てしまえば荒野を制すると」
「そう上手く行くかは解らないけどね。だって仮にお兄ちゃんがドラゴンを倒したって、その後帝国や王国に挟み撃ちにされたらどうしようもないでしょ?」
「それはまあ、そうなんだが」
「少し無理があるんじゃない?」
「そうかなあ……なあ、ドラゴンて話は出来ないのか?」
「だからお兄ちゃん、話聞いてた? 今その発想がって話をしてたんだけど」
「それは良く解ったけどさ……じゃあつまり、ドラゴンは会話も成り立たないただの暴力の塊ってことなのか?」
「少なくともお兄ちゃん以外はそう考えてるよね」
「そっか……てことは、誰も試してはいないんだな」
運は少し考えた後に続けた。
「じゃあ……この先はドラゴンに会ってみてから考えるか」
「「ええ~っ!?」」
「そんなに驚くようなことか?」
「驚きもしますよ。運殿、まさかドラゴンとお話でもされるおつもりですか?」
「まずはそうだな」
「無理だよお兄ちゃん。ドラゴンが口を開けば言葉よりも先に炎が出て来るんだから」
「そしたらその時やっつければ良いや」
悩みも無く言い張る運に周囲は呆れたようにため息を吐く。
「てな訳で。春になったらドラゴンにでも会いに行くか」
一同苦笑いであった。
「お兄ちゃんだって、きっとドラゴンを目の前にすれば解るよ?」
「そしたらそん時だな。まずはドラゴンが山から降りてくるのを待つ」
「では運殿、それまではどうするおつもりですか?」
そこで運は改めて一同を見渡した。
「それまではルヲワ共和国で建築技術を何とかする。何せ俺達は、荒野に一から町を作ろうって言うんだからな」
「ヒト、モノ、カネ……沢山必要だねえ、お兄ちゃん」
「おう! その辺は頼りにしてるからな久遠」
「うえ~ん……これやりきったら、ただのギューじゃ済まないからね? お兄ちゃんっ!」
「ははは。解った解った」
「運殿! ヒトでしたらエルフ族に協力できることがないか私が聞いてみますね!」
「あっは! 私はもう運さんについて行くって決めたもんね~っ!」
「むしろ、エルフ族みんなでついて行けば良い」
五十鈴、ミュー、フィリーも笑顔でそれに応えた。
「あらあら。荒野の開拓にはドリアードやアーシーズが欠かせませんよね?」
カレンも嬉しそうに名乗り出た。
「みんな……ありがとう。俺、皆が安心して暮らせる町を作れるよう頑張るからな」
運は拳を握って皆に宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます