第30話 運転中の横顔は何故か格好良い


「おや? お二人とも今日はお出掛けですか?」


 運と久遠の元を訪ねて来た五十鈴が言った。


「あ、五十鈴さん! 実は今日から、マケフ領の様子でも見て来ようかと思って」


「なるほど。ご商売の拠点探しですね」


「はいっ!」


「そう言えば私もフィリーから貰いましたよ試作品。早速使ってみましたがとても良い仕上がりで」


「ですよね〜! これで消耗品切れに怯えることも無くなりました〜」


「ふふ、私も。これからこんな高品質なものが使えるだなんて夢のようです」


「シャンプーやトリートメントは如何でした?」


「最高です! 髪もこんなにサラサラに。動く度に嬉しくなってしまいます。心無しか良い匂いもするような気がしてきて……」


「あ〜。すみません私、今日は鼻が詰まってるんです……お兄ちゃん代わりに嗅いでみてあげて?」


「「へ?」」


「ね? お兄ちゃん。商品の質を確かめなくちゃ。これも仕事だよ?」


「お、おう。……そういうもんか」


「運殿!? あわわわ……」


「すまんな五十鈴、ちょっと我慢しててくれ」


 運は肩まで伸びる五十鈴の髪をすくって匂いを嗅いだ。


「くぅ〜っ……」


 五十鈴は顔を赤くし目を瞑り耐えていた。


「凄く良い匂いがする」


「良かった〜!」


「うう……」


 五十鈴は身体中の力が抜けたかのように肩を落とした。


「これだけ品質が良ければ人気も出そうだな」


「うん! バンバン捌くよ〜っ!」


「私も応援しています」


「そうだ! 五十鈴さん! 今度は化粧品にも手を出すんですよ〜! 楽しみにしていてくださいね!」


「それは素敵ですね! 楽しみにしています」


「後は洗剤とか……色々考えながら並行してやっていかないとな〜」


「久遠、逞しい奴だよ、我が妹ながら」


「スマホって便利だよね〜。お兄ちゃんがトラックごと転移して来てくれて本当に助かったよ〜」


「それだと俺がオマケみたいじゃないか」


「そんなことないよっ! トラックに乗った王子様だよっ!」


「あんま格好良くねぇな、それ」


「そう? 私は大好きだよっ!」


 久遠はそう言って定位置になりつつある運の背中に抱きついた。


「そうだっ! 良かったらマケフ領見学に五十鈴さんも来る?」


「私は……ご一緒したいのも山々なのですが、そろそろ公国の動向も怪しくなって来た頃合ですので……」


「そうですか……大丈夫、私達もいざと言う時は必ず戻って参戦しますからね!」


「ありがとうございます。それでは私はここから良い物件が見つかることをお祈りしています」


「ありがと五十鈴さん」


「あ、そうでした。帰り道でしたらドリアード達が里に辿り着ける手伝いをしてくれるそうですよ。ご心配なく」


「わ。ありがとうございますっ!」


「いえいえ、お気になさらず」


「それじゃ行ってきま〜すっ!」


 運と久遠は五十鈴に手を振って森を後にした。




 森を出てトラックに乗り換えた二人はマケフ領を目指して走り出した。


「やっぱりトラックの旅も素敵だよね〜」


「今回は日帰りも可能な距離だけどな」


「それでもお兄ちゃんと一緒だと嬉しいな〜」


「場合によっては次が旅の終着点になるのか? もちろん元の世界と行き来する方法も探すとしてだが」


「安寧の地にはなるかも知れないね。ただ、それにはオクヤの里を守り抜かないと」


「そうだな。生活の糧ってだけでなく、戦争の火種が燻ってるようじゃ安寧とは言えないもんな」


「お兄ちゃんが世界最強になっちゃえば良いのにな〜。誰も手が出せないくらいに」


「流石にそれは俺だけの力で何とかなるようなもんじゃねーよ」


「ね〜。今思ったんだけど、私もトラックに乗り込んでヒールしながら戦ったら最強じゃない!?」


「いや、俺にはG耐性のスキルがあるから全力でブチかませるけど、久遠には無理だろ」


「そっか〜、残念」


「でも、俺に出来るのは今のところ戦闘くらいだからな、久遠がいなかったら大変だった」


「えへへ〜。仲良く助け合っていこうね、お兄ちゃん!」


「おう!」


 トラックは旅を楽しむように大地を駆けた。


「久遠。戦争、怖くないのか?」


「そりゃあ怖くないって言えば嘘になるけど、そんな覚悟はもう孤児院を出た時からしてるからね」


「そうか」


「お兄ちゃんは?」


「怖い、と言うか不安だな」


「不安?」


「皆のことを守れなかったらどうしよう……って」


「そっか……やっぱりお兄ちゃんは勇者さん達とは違うな」


「そうか? 今にして思えば勇者達もあの忍者達みたいな下衆と違って人々のために戦ってた訳だし、立派なもんだったじゃないか」


「でもね。結局はレベル、スキル、能力値……って、自分の強さだけに拘ってた」


「だけどそれはエヒモセスじゃ普通なんだろ?」


「それはそうだけど……でも、お兄ちゃんは違うよね?」


「俺か? 俺は別に強さなんかどうだっていいからな。ま、皆を守るために必要があるなら強くもなるだろうが」


「……ほら。そういうところ」


「ん? どういうことだ?」


「……誰かのためが一番最初に来るところだよ」


 久遠は運転中の運の横顔を見つめた。


「もう! これ以上惚れさせんなっ。血は繋がってないんだから」


 久遠は自分の頭を運の肩に寄せた。


「おい、だから運転中にくっ付くなよ」


「やだもん。離れないもん」


「危ないだろ」


「離れたくないもん」


「ったく。一体どうしたんだよ……」


 トラックの旅には、時に言葉少なめの時もあるようだ。

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