第19話 商材


 広い大陸をトラックで数日の旅。


 道中は常に賑やかであったが、五十鈴の案内もあって、やがて一行はオクヤの里を内包するオクヤの森へ辿り着いた。


「ここからは徒歩になりますが宜しいでしょうか?」


「もちろん」


 運、久遠、五十鈴の三人は徒歩でオクヤの森へと立ち入った。


「マスター。この森に結界の存在を確認しました」


「なんだ?」


「主に認識阻害の効果があります。条件を満たした者に効果を発揮し、方向感覚を狂わせる等して森の外に排斥させる仕組みとなっているようです」


「良くある迷いの森と言うやつか」


「!? 流石は運殿、まさか結界の存在に気付かれるとは」


「へっ? そうなのお兄ちゃん」


「うん、まあ。ナヴィが言うにはな」


「精霊との対話を当たり前のように。運殿の実力は計り知れませんね」


「精霊のおかげだよ」


「ご謙遜を……しかしみなさんは平気ですよ、私が付いておりますので迷うことなくオクヤの里まで辿り着くことが出来るはずです」


「へええ。凄い魔法なんだなあ」


「そうですね。こと魔法に関してはエヒモセス随一の種族だと自負しておりますから」


 三人はやがてオクヤの里へと辿り着いた。


「ふうん、ここがエルフの里か。特に何も無いんだな」


(うおおおおおおおっ!! エルフッ! 夢にまで見たエルフの里おおおっ!!)


 運は内心が漏れないように必死だった。


 幾つかの木の根の下を潜り暫く歩くと、やがて広い空間に出た。


「凄い。五十鈴さん、もしかして先程何気なく潜って来た木の根は」


 久遠が五十鈴に目を輝かせて問うた。


「はい。エルフ族は里内に張り巡らされた転移魔法で移動しています」


「うわあ凄い。こんなのエルフ族にしか出来ないよ」


「そうですか? 私達は感覚で利用していますので何とも……たまに里に来るお客様が良く迷子になってしまうとは耳にしますが」


「久遠、下手にはしゃいで迷子になるなよ」


「じゃあお兄ちゃんにくっ付いてる」


 そう言って久遠は運の背中におんぶするよう飛び付いた。


「うふふ、仲が良いんですね。……それでは、少しこちらでお待ちいただけますか? 私はこれから族長に会って来ますので」


「解りました」


 そして一度踵を返しかけた五十鈴はそこで思い止まって向き直った。


「あ、そうでした。もしよろしければ旅の間に使用したボディソープ、シャンプー等のお薬を少量でも構いませんので私に売っていただくことは出来ないでしょうか?」


「ん? 少しならタダであげるけど、どうした?」


 そう言いながら運はすぐにそれらを取り出していた。


「本当ですか!? ありがとうございます! 実は、凄く品質が良かったものですから是非欲しくなってしまって」


「ああ。確かに五十鈴、良い匂いしたもんな」


「……へわっ!?」


 五十鈴は顔を赤くして胸元を隠した。


「あ、ごめん。あれは忘れるよう努力する」


「そんなに簡単に忘れられても、それはそれで傷付く気もします……」


「それじゃあ覚えていたいな」


「セクハラ親父!」


 運の背後から後頭部にチョップが入った。


「ごめんごめん。お詫びにこれは全部あげる。まだ詰め替え用の予備があったはずだから」


「いえ、本当に少量で大丈夫なんですよ。実は、里には魔法以外にも薬学に精通している者がおりまして、植物に由来する物でしたら成分等を分析して近い性能の物を造り出せると思ったものですから」


「なるほど、森は薬草の宝庫という訳か」


「はい。鉱物の類も多少は採取できると思いますし、仮に文明的に不足している分があっても、その辺りは魔法で代替します」


「五十鈴さんそれ素敵! 実は消耗品は無くなったらどうしようと思ってたの」


「そうですよね久遠殿! 一度使ってしまっては、あれはもう止められません」


「そう! そうなの五十鈴さん! やっぱり女の子は清潔でいたいもんね」


「はい!」


「お兄ちゃん! 持ってる消耗品は全部あげて!」


「ええっ!? どうして」


「これはチャンスよ! 思い出してみて? 私達の当面の問題だった二つの件を」


「えっと、狭い場所で戦えない弱点と、生活費だったか?」


「そう! そのうち狭い場所での戦闘は……ぷっ。フォークリフトモードで? 解決?」


「おい馬鹿にするなよ? ちょうど今、格好良いデザインを構築中なんだからな」


(全部ナヴィ任せだけど)


「いいのいいの、そんなことは。でね? もう片方の生活費についてなんだけど、お兄ちゃん輸送に関してはバッチリじゃない?」


「そうだな」


「で、さっき五十鈴さんも言ったよね? 一度使ったら止められないって」


「ああ、なるほど。そう言うことか」


「つまりは久遠殿、商売をなさるおつもりですね?」


「ダメ、ですか? 当然、作り手となっていただくエルフ族にも十分な利益をお約束できると思うんですが……。失礼ながら、エルフ族はブースターエンジンの開発をお辞めになった以上、何か代わりとなる事業を始められた方が良いかとも思いますし」


「……久遠殿の仰るとおりです」


 五十鈴は少しの間思慮を巡らせた。


「大変素晴らしく、魅力的なご提案だと思います。私個人としても実現を切望してやみません。ですが、規模によっては一族全体に関わりますから、その件も含めて一度族長に話してみます」


「是非、お願いします!」


 そう言って久遠は運の背中から下りてボディソープ等のボトルを運から取り上げ、五十鈴に全部持たせた。


「こんなに貴重な品を惜しげも無く。本当に運殿は……」


「いいのいいの五十鈴さん! お互い様なんだから」


「お二人とも、何から何まで本当にありがとうございます」


 五十鈴は二人に一礼をするとまた別の木の根を潜って消えて行った。


 見送った久遠は運の方へ振り返ると満面の笑みでピースサインを送った。


「これが上手くいけば当初の問題は両方とも解決だね!」


「それに消耗品問題も解決だな。本当に久遠がいてくれて助かることばかりだよ」


「でしょ~? 何なら喜びのあまり抱きしめてくれたって良いんだよ?」


「ははは。この話が上手くまとまったら言われなくてもそうしたい気分だよ」


「わ。……じゃあ、頑張ろうっと」


「おう、頑張れよ」


「何言ってんの! お兄ちゃんも頑張るんだよっ!」


 そう言って久遠は再び運に飛び付いた。

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