第18話 エルフ × Tシャツ


「まだ夜明けまでは少し時間があるな、少し仮眠を取ろうか」


「すみません。私までトラックの中で休ませていただいて」


「気にしないでくれ。むしろ狙われる五十鈴を外で休ませることなんか出来ないからな」


「むしろお兄ちゃんに襲われる心配の方が」


「お前は余計なことを言うな」


「いて」


 五十鈴は苦笑いで兄妹のやり取りを見ていた。


「気にしないで休んでくれ。俺は念のためトラックの場所を変えておく」


「……お気遣い、感謝します」


「久遠、後ろで休ませてやってくれ」


「はーい」


「ありがとうございます。ですが、私はこの通り先程の忍者との戦闘で汚れておりまして。この上更に寝台スペースを汚してしまうのは心苦しく……」


「律儀だなあ」


「お兄ちゃん、着替えとか無いの?」


「Tシャツとかならあるけど」


「いい! エルフにTシャツ、凄くいい!」


「Tシャツ……?」


「着替えましょ着替えましょ! 五十鈴さん、こっちこっち」


「は、はい……」


 五十鈴は久遠に連れられて寝台スペースへ移動した。


「さて、俺はトラックを移動させておくか……」


 運はナビ画面を操作して周辺情報を探り始めた。


「この森、結構大きいんだな……ん。奥に湖っぽいのがあるな」


「湖!?」


 寝台スペースから遮光カーテンを開けて久遠が顔を覗かせた。


「きゃあ!」


「どうした五十鈴? うお! ……俺は見ていない」


 ちょうど着替え中の五十鈴が胸元を隠して顔を赤く染めていた。


(妹よ、グッジョブ!)


「あっ! ごめんね五十鈴さん! つい……」


「いえ、大丈夫です……」


「お兄ちゃんは記憶から抹消して」


「はい」


(五十鈴、素晴らしい。実に素晴らしいものを)


「で、湖って?」


「ああ。ナビを見ていたら、どうやらこの森の奥に湖っぽいのを見つけたものだから」


「素敵! 水浴び!」


「お、なるほど。それは良いな。俺、昨日お風呂入ってないから」


「お兄ちゃんは後で。まずは五十鈴さん。一緒に水浴び、しよ?」


「そう……ですね。折角ですから、着替える前に」


 五十鈴は元の服を着直した。


「と言う訳で、お兄ちゃん。月明かりの湖へゴー!」


「あいよ。入浴セット、出しておきな」


「はーい」


「今は夜中だし誰も見ていないだろ。森は飛び越えて行くか」


 トラックは空を走って森の木々を越え湖に辿り着いた。その湖畔にはトラックを停められる適度な空間があった。


「お兄ちゃん。覗くのは私だけだからね!」


「12歳の子供を覗くかよ!」


「くぅ~。こんなことなら妨害魔法も習得しておくべきだったな~。五十鈴さん、ダークサイト使えない?」


「一応使えますよ? でもどうして」


「お兄ちゃんに掛けておかないと」


「おい!」


 五十鈴はまた顔を赤らめて服の上から胸元を隠した。


「で、でも。私は大丈夫です……命の恩人にそんな魔法は掛けられませんし、信用していますから……」


「わ~……これは……」


 久遠は運を見た。


「はい! 大丈夫です! 絶対に覗きません!」


 運は慌てて両手で目を覆った。


(ま、衝突回避支援システムがあれば目が見えなくても……)


「おや? 何かのスキルか魔法の気配が……近くに魔物でもいるのでしょうか?」


 その瞬間、久遠の首がグルリと回って運を見た。その目は本気マジだった。


「い、いや……ちょっと魔物がいないかの確認をしたんだ。どうやらこの辺りにはスライム等の弱い魔物が少しいるくらいのようだな。ははは……」


(マジか……エルフの察知能力、敏感すぎるだろ……)


「お兄ちゃん?」


「は、はい。何も悪いことはしません」


「そうじゃなくて。ちょっと目を瞑って」


「はい……」


(あ~……久遠にはバレてるな)


 運は言われるがまま目を瞑った。暫くして。


(ん? なんだこれ、柔らかい)


 目を開けると、運を抱きしめる久遠の身体が目の前にあった。


「こら。目を瞑ってって言ったのに」


「12歳の子供に胸を押し付けられても」


「これはハグだもん。それに、これから成長するんだから良いんだもん……これで我慢して大人しくしてなさい」


「はい」


 その様子を五十鈴は優しく見守っていた。


「戻る時はノックするからね。だから、なにをしてても平気だからね、お兄ちゃん?」


「なに?」


「妹よ、そう言う気遣いは不要だぞ」




 月明かりの中、水浴びを終えた三人は寝台スペースで久遠を中心に川の字になった。


「さっぱりしたね~」


「はい! その、ボディ……ソープ? は、凄く良かったですね!」


「限りがあるから大切に使わないといけないけどね」


「ほらほら、そんな話してないで寝るぞ。夜明けも近いんだ、少し仮眠したら出発だからな」


「「はーい」」


 こうして三人は眠りについた。




 翌朝。


(ん? なんだこれ、めっちゃ柔らかい。しかも超良い匂い……あ、また久遠がくっ付いて来たんだな? 仕方ない奴だ)


 運はそれを押し剥がそうと手をやったが。


(ん? ポヨン? で、でかい。まさか……)


「うわ、五十鈴!?」


「うう~ん、むにゃむにゃ」


 寝ぼけて更に飛びついて来た五十鈴の谷間に埋もれて呼吸困難となる運。


(Tシャツおっぱ……な、なんて破壊力だ。俺、もう死ぬかも知れん)


「あああああああああっ!!」


 その時、叫び声が上がった。


「お兄ちゃん、五十鈴さん! 何やってんの~っ!」


「モガ! モガモガモガ……」


「五十鈴さん! 離れて! 離れてえ~!」


「むにゃむにゃ……あ、おはようございます久遠さん……すぴー」


「そうじゃなくて! 前! お兄ちゃんが!」


「ん? 運殿? …………へわっ!?」


 状況を理解して飛び上がる五十鈴。


「あわわわわわわ……」


 その顔は真っ赤である。


「す、すみません……私その、寝相が……少し悪くて……うう。申し訳ありません」


「いや、俺は大丈夫だから」


「ええ、お兄ちゃんはそうでしょうね!」


 鼻の下を伸ばす運に頬を膨らます久遠だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る