第20話 族長
暫くして五十鈴が戻ると、二人は族長の家に招かれた。
「初めましてお客人。私はこのオクヤの里の族長を務めておりますギガと申します。昨日は我が娘、五十鈴を助けてくださり誠にありがとうございました」
「とんでもない。当然のことをしたまでです。ね、お兄ちゃん?」
「そ、そうですよ」
「その上、ここオクヤまで運んでくださったそうで」
「旅は道連れと言いますからね」
「その件も伺いました。何でも偏見の目の少ない土地を求めて旅をなされているとか」
「そうですね。出来れば争いとは無縁の場所で暮らしていきたいのですが」
「今の世ともなりますと、それもまた難しいのかも知れませんな」
「やはり無理ですか」
「いやいや、そうは言っておりません。例えば近領のマケフ領などは如何でしょうか。都会ではありませんが静かに暮らすにはうってつけの土地柄です。農業が盛んで気候は穏やか。人々も温もりに溢れておりますし、我々も盛んに交流をしておりますよ」
「それは素敵な土地柄ですね」
「ええ。しかも領主様はあのラムウ教キャンター枢機卿の遠縁に当たるお方だとか。周りがおいそれと手を出せるお方ではありませんし、我々とも親しく接して下さる。もちろん領民からの信頼も厚いお方ですよ」
「あ、ああ~……そうですか」
「お兄ちゃんは良いよ、難しい部分は私が聞いてるから」
「すまないな久遠」
任せろとばかりに久遠は運に微笑み返した。
「それでギガさん。もし私達がそこに拠点を構えたいと言ったら何処か良い物件等を紹介していただくことは可能ですか?」
「そうですね、領主様にお願いしてみることくらいは可能ですよ」
「わあ。是非前向きにお話を進めたいと思います! できればその前に一度、実際にそのマケフ領の様子を見て来たいと思うのですが……」
「構いませんよ。娘の恩人でもありますし、お考えになる間、暫くこちらにご滞在予定でしたら里に泊まる場所も用意しましょう」
「何から何まで! ありがとうございます」
「何を仰います、お礼を申し上げたいのはこちらの方ですよ。何でも我が一族に新たな生業をもご提案くださったと娘から聞いておりますので」
「では!」
「ええ。私としても是非その件は前向きに検討したいと考えておりますよ。少々お時間を頂ければ私から一族の者へ周知をさせていただきますが」
「是非! お願いします」
「ありがとうございます。では取引の詳しい内容については後程詰めさせていただければと思います」
「はい!」
久遠は運に振り返って言った。
「良かったねお兄ちゃん! もし近領のマケフ領に拠点を構えられればオクヤの里とも連携も取り易いと思うし良いんじゃないかな? どう思う?」
「うん、良いと思うぞ。それにマケフ領は農業が盛んなんだろ? 農作物の出荷等でもお役に立てるんじゃないか?」
「それ! さいこう!」
「良し。じゃあこちらの意思は固まったな」
久遠は再度正面に向き直った。
「ギガさん。諸々の件、お願いしたいのですが」
「はい、わかりました」
ギガは軽く微笑んで返答した後、少し表情を強張らせて続けた。
「ですが……実は、問題が全く無い訳では無いのです」
「もしかしてエルフ狩りの件でしょうか?」
「その通りです。近頃、不穏な噂が流れていることはご存知でしょう?」
「はい。なんでも大規模な侵略が計画されているとか」
「公国内の一部の貴族が動いておりましてね。マケフ領主様を始め反対派の貴族もいるにはいるのですが、勢力としては劣勢と言わざるを得ない状況ですからね」
「難しい問題ですね」
「もちろん我々としても座して死を待つような真似はしませんよ。当然、森の結界強化を始め対策は何重にも取るつもりではありますが、予断を許さぬ状況には変わりがないのです」
「その、五十鈴さんからも伺いましたが……この地を離れるお考えは?」
「一族の英霊にかけて」
「そう……ですか」
「流石に公国軍に大きな動きが見える頃になれば、貴女方も里に留まることは避けた方が良いでしょうな。これは我々一族の問題ですから」
「はい……私達はそうならないよう祈っております」
「ありがとうございます」
ギガは頭を下げて会話を締め括った。
「さて。では今日は五十鈴に宿を案内させましょう。ごゆっくりと疲れを癒して下さい」
そう言ってギガは部屋の隅に控えていた五十鈴に目配せをした。
「運殿、久遠殿。それでは私について来てください」
その日はオクヤの里に泊まることになった。
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