珊瑚を巻いて、飲み込んで
葱巻とろね
手繰り寄せて、近づける
太陽が頭を照り付けるお昼時、私たちはショッピングに行く前に空腹を満たすため、ファミレスへと足を運んだ。
予約表に私の苗字を書き、名前が呼ばれるのを待つ。ふと、カバンのふくらみが小さいことが気になり中を確認した。
「あ、待って、財布忘れちゃった」
「えっ、ウソ。取りに帰る?」
「いや、お兄ちゃんが家にいるから持ってきてもらう」
私はスマホの電源を入れてトークアプリを開く。
『メイ、財布忘れたから持ってきてよ』
すぐに既読が付いた。お兄ちゃんはいつも家に
『どこ』
『モール近くのファミレス。行ったことあるでしょ』
『気が向いたら行く』
友人のイズミは私のスマホを一瞥して言った。
「お兄さん来るの?」
「大丈夫だよ。食べ終わる頃には絶対来る」
メッセージの口調は気だるげだが、妹の頼みは聞いてくれる。いい兄だ。
しかし、アイコンが食べ物なのはやめてほしい。今の私にしてみれば、飯テロ以外の何物でもないのだ。
「二名でお待ちの
私の名前が呼ばれるまでに時間はかからなかった。つっぱったクッションの長椅子に座り、私はイズミと向かい合わせでメニューを広げる。
窓から蝉の響きが伝わってくる。外の景色は日光も相まって輝いて見えた。冷気にありつけたはずなのになんとなく暑い。
「ねぇセイカ。突拍子もないこと、言っていい?」
「なぁに?」
「運命の人っていると思う?」
運命の人といえば、自分と価値観が同じだったり、一緒にいると心が落ち着く人のことだろうか。私もイズミも高校生だ。やはり恋愛の話は好物なのだろう。私はあまり経験がないので適当に返した。
「いるとおもう」
「そうだよね! 私、運命の人を見つけたいの」
イズミの話し方に大きな抑揚が付いた。立ったメニュー表に遮られて表情は見えないが、どこか嬉しそうなのが聞いて取れる。
私は運命の人を見つけるといっても、自分の中では勝手に現れるものだと思っていたのだ。困惑から彼女の言葉にオウム返しをした。
「運命の人を見つける?」
「そうそう。会いたいじゃん」
「あぁ……なるほどねぇ」
イズミは私が思っていたより夢見がちな乙女だったのか、と心のどこかで驚きを感じてしまった。運命の赤い糸とか信じるタイプなのだろうかを思いつつ、私は驚きを隠すようにタブレットを手に取る。私は誘惑に負けてカルボナーラ、イズミはミートパスタを頼んだ。
私の考えとは反していたが、小さい頃からの友人の悩みは放っておけないものだ。私は恋愛に疎い頭をフル回転して解決法を編み出す。
「じゃあ、イズミの……理想の人は?」
「理想の人?」
夢見がちな乙女は首をかしげる。理想の人の具体像が分かれば、ぼんやりと運命の人が分かると思ったのだ。
「身長とか、性格とか」
「身長かぁ。どちらかといえば高い方が好きかな。かっこいいし」
「性格は?」
「活発な人の方が一緒にいたとき楽しそうかな~」
「高身長で活発……
水戸山くんは私たちと同じクラスのサッカー部だ。学校行事もリーダーとしてクラスを引っ張ってくれる。クラスに一人は欲しい人材だろう。
「ないね」
「……ないんだ」
「コミュニティに一人は欲しいけど一定の距離を保ちたい……感じ」
「あぁ……」
「あと、多分彼女さんいるよね」
「うーん……じゃあ、
曽山君は中肉中背の大人しい子だ。いつも本を読んでいて眼鏡をかけている。性格の面でいえば水戸山くんと正反対だ。自分の知らない話を聞かせてくれて新しい世界が広がりそうだと思う。
「うーん。……なくはない」
「じゃあ__」
「ただ……恋人じゃなくて友達に欲しいかな」
「あぁ……」
「私はもう__」
イズミが何か言いかけた途端、いい匂いが鼻をかすめた。
「カルボナーラとミートパスタです」
「あ、ありがとうございます」
私の目の前にカルボナーラが運ばれる。兄のアイコンを見てしまったせいで、やむを得ずパスタを選んでしまった。本来ならハンバーグを食べに来たはずだったのだ。
仕返しで飯テロ返しをしてやろうと思い、カメラアプリを起動する。
「イズミ~。ミートパスタも撮っていい?」
「いいよぉ。お兄さんに送るの?」
「そうだよ。ん、ありがと」
我ながら食欲がそそられる写真を撮れたと思う。これでお腹を空かせとけ、と恨みを込めて送った。
「んふふ。いただきまぁす」
「いただきます……あ、イズミ、何か言いかけてなかった?」
「へ……あぁ、何でもないよぉ」
友人の朗らかな顔を目の前に、細長いパスタを巻いて口に入れた。濃厚なクリームソースに頬がとろけそうだ。カルボナーラに罪はない。それは口がおいしさを通じて分かっている。窓の外をよそ目に、雑談と共に食べ進めた。
ふと、一つ疑問が浮かんだ。
「そういえば、イズミって誰かと付き合ったことあるの?」
これまでを振り返ってみれば、イズミが誰かと付き合ったという話を聞いたことがない。
「う、うーん……」
「どうなんだよぉ」
口元が緩んだ彼女の顔を前に、自分の口角も自然と上がってしまう。やはり友人の好きな人を聞くのは心が躍る。
「……あったよ。先輩と」
「えっ、あるの!? 先輩と!?」
躍った心はショックを受けた。恋愛経験がない私は裏切られた気分だ。しかも先輩。青春の塊ではないか。羨ましい。だが、彼女は誰が見ても可愛い。
確かに、小学生の頃から『イズミに告白したけどフラれた』という噂は何度も聞いたことがある。同級生に興味がなかった彼女に年上の彼氏がいたとしても不思議ではない。私は平静を装うように質問した。
「ど、ど、どんな人なの?」
「どんな…………セイカに似てたかな」
長考した答えが『私に似ている』。私は数秒、時間が止まった感覚がした。
「い、意味は?」
「……人が困っていたら助けてくれるところ。同じなの」
「ほ、へぇ」
衝撃が大きすぎて気の抜けた声がこぼれてしまった。これは遠回しに私が好きだ。絶対モテるよと言われているのと同じではないかと思ってしまう。私は照れ隠しのために話題を戻した。
「あ、理想の人の話なんだけど。…田村くんは?」
田村くんは学年で人気がある生徒だ。イズミは可愛いし、お似合いだと思う。
「美男美女カップルで楽しそ__」
「セイカ」
芯の通った声が耳を突き抜けた。思わず身体が固まってしまう。
「……どうしたの?」
「セイカは勘違いをしているよ」
「勘違い?」
イズミは丁度、空になったお皿にフォークを置いて、肘をつき、指を組む。
「理想の人と運命の人は違う」
「それは、そうだけど……理想の人から運命の人が見つかるかなって……」
「それも勘違い」
「えっ」
空気がピリつく。顔の間近にダーツが刺さったかのように感じて血の気が引いた。
「イズミは運命の人を見つけたいって」
「私、運命の人が誰だか分かっているの」
思わずフォークを持つ手が止まる。エアコンの風が寒く感じる。イズミの言葉の意味が汲み取れない。
「ど、どういうこと?」
口元で組んだ指が頬へと移動する。表情は緩み、目線は私から外れている。
「運命ってすごいと思ったんだ」
その刹那、彼女の光の宿っていない
「だって、彼とまた、巡り合えたのだから」
スマホの通知音がなった。私のだ。心臓の鼓動が早くなる。心を落ち着かせようとコップに入った冷水を一気に流し込む。彼女は恍惚な表情を浮かべ続けている。
「ダメだと思っていても、やっぱり好きだったの。運命を引き裂くことはできなかったんだよ……!」
目の前の友人は両手で口を押えた。それでも、どこか不気味な笑みは声と共に溢れ、こぼれている。冷汗が止まらない。そんな話、聞いたことがなかった。
「やっと会えた……これで、また、ヨリを戻せる」
スマホから再び通知音が鳴る。恐る恐る画面を見るとお兄ちゃんからだった。
『俺の好きなミートパスタ送るって、機嫌取りか? 何も出ないのは分かってるだろ』
『それよりファミレスに着いたぞ。どこにいるんだ?』
珊瑚を巻いて、飲み込んで 葱巻とろね @negi-negi
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