第7話

18時30分。創護社、テイルダイバー司令室。

 僕と莉乃姉は鳳凰と箱を調べ終えるのを部屋中央にあるテーブル前の椅子に腰掛けて待っていた。

 ドアが自動で開き、資料を持った影草さんがテイルダイバー司令室に入って来た。

「調べ終わったわ」

 影草さんが資料をテーブルの上に置く。

「どうだったんですか?」

 少しでも早く、どうだったか知りたい。

「アウトリュコスが関係している事が分かったわ」

「アウトリュコスが関わってる」

 莉乃姉は驚いているようだ。

「これを見て」

 影草さんは資料を机の上に置く。そして、資料の写真を指差した。写真には黒い箱の裏面にアウトリュコスの死神のマークが写っていた。

「……死神のマーク」

「本当なんだ」

「今回はデモンストレーションのようね。私達に対する」

「……そうですか」

「それじゃ、アウトリュコスのメンバーはもう」

「えぇ。この町にもう潜んでいるはずよ」

 影草さんは真剣な顔で言った。

「……ですよね」

「それってだいぶやばいですよね」

 莉乃姉の言うとおりだ。だいぶ、いや、かなりヤバイ。もう町に居るって事は着々と何かを起こす準備をしているってことだ。

「そうね。だから、私達は今まで以上に頑張らないといけない。市民の為にも、この町にある創作物の為にも」

「はい」

「頑張ります」

「ありがとう。他のメンバーには私から連絡しておくわ。2人はお疲れ様。帰っていいわよ」

「分かりました。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 僕と莉乃姉は影草さんに頭を下げた。

 気が抜けない日々が始まる。些細な事も気をつけないと。そうじゃないと、市民も創作物も守れない。

 僕らは頭を上げた。その後、テイルダイバー司令室を後にした。


 7月30日。午前10時。

 テイルダイバーの仕事まで時間がまだある。それに記憶保存の仕事は今日はOFF。その代わり、明日は昨日より倍の数読まないといけないけど。だから、今は自由時間だ。

 調べるものをする為に北エリアにある御伽町立図書館へ訪れていた。

 御伽町立図書館は日本一の本の所蔵量を誇る。ここに来れば、どんな本でも見る事ができると言われるほど。

 ファンタジー作品の資料集が置かれている棚の方へ向かう。

 どんなふうに設定を作っているか知りたいからだ。昨日、おじさんに言われた通り、影響されてもいいから作品を一作書き切る為に。

 ファンタジー作品の資料集が置かれている棚に着いた。棚にはファンタジー小説、ファンタジー漫画、ファンタジーゲーム、様々なジャンルの資料集が置かれている。

「あれ、あの人って」

 視界の先には昨日話を聞いてもらったおじさんが資料集を立ち読みしていた。

「また会いましたね。おじさん」

 僕はおじさんに駆け寄って言った。

「君は昨日の」

 おじさんは僕に気づき、資料集を読むのを中断した。

「はい。巌谷賢と言います。昨日、自己紹介出来なかったので」

「そうだったね。私の名前は西条誠(さいじょうまこと)。よろしく」

「……え?さ、西条誠って。あの、夢降る町の著者の西条誠さんですか?」

「若いのによく知ってるね。そうだよ。その西条誠だよ」

「す、すごい! ぼ、僕、夢降る町を見て、小説家になる事を決めたんです。うわー凄い。本物に会えるなんて」

 声の調整が出来ていない気がする。でも、それは仕方が無い。だって、この世で一番会いたかった人に昨日会っていたなんて。驚きだ。それに知り合いになったんだって。

「巌谷賢。静かに。ここは図書館だよ」

 西条さんは人差し指を自身の口に当てて、小声で注意してきた。

「あ、そうでしたね。すみません」

 僕は高ぶる感情を抑えて、小声で言った。

 奇跡と言う事象は確かにある。それが今、この瞬間だ。

「私が書いた作品が本当に良かったのかい?」

「はい。手に入るものは全て手に入れています。全部読みすぎてボロボロですけど」

「そうかい。申し訳ないね」

 西条さんは悲しそうな声で言った。

「……西条さん?」

 なんで、悲しい顔をするんだろう。気に障る事を言ってしまったか。いや、そんな事言っていない気がするけど。

「いや、なんでもないよ。ありがとう」

「はい」

「そうだ。巌谷君。ここには神創記が所蔵されていると聞いたんだが、本当にあるのかい?」

「神創記ですか。ありますよ」

 神創記(しんそうき)。全ての創作の原点と呼ばれる書物。神創記が完全に黒改されれば全世界の歴史が変化する。大勢の人達の記憶が変わり、最悪の場合、生まれた事さえ無かった事になるかもしれないと言われている。

「小説家として一度拝見してみたいんだ。案内してくれないか」

「はい。大丈夫ですよ。でも、電子版しか読めませんよ。一応、原本は様々なセキュリティーに守れて、展示はされていますが」

「全然大丈夫だよ」

「じゃあ、案内します。ついてきて来てください」

「すまないね」

「いいえ。昨日相談に乗ってもらったお礼です」

「そうかい。ありがとう」

 僕は西条さんを連れて、神創記が展示されている地下3階へ行く為にエレベーターへ向かう。

 色々と聞きたい事がたくさんある。どんな作品を幼い頃に読んでいたかとか。どれぐらいの執筆速度なんですかとか。新作はいつ出ますとか。でも、新作はいつ出すかは聞かない方がいいかもしれない。だって、ここ10年ぐらい出されていないし。

 エレベーターの前に着いた。僕はエレベーターの呼び登録ボタンを押す。すると、数秒もしない内にエレベーターが降りて来て、開いた。

 僕と西条さんはエレベーターに乗る。そして、行先階ボタンのB3を押す。その後、ドア閉めボタンを押す。

 エレベーターが閉まり、下降していく。

 エレベーターが止まり、ドアが自動で開く。

「着きました。この階にあります」

「そうか」

 僕と西条さんはエレベーターから降りた。

 地下三階には貸し出し不可な歴史的に重要な書物が強化ガラスに入れられて展示されている。その強化ガラスの周りにも色々とセキュリティが施されており、どんな人でも本に触れる事は不可能だ。

 今日は人が少ないな。まぁ、それもそうだろう。みんな、想蘇祭の準備で必死だろうから。

図書館に来て、ゆっくりと過ごす時間がないのだろう。

「こっちです」

 僕は西条さんをフロアの一番奥に連れて行く。

「こ、これが神創記かい」

「はい。これが神創記です」

 僕らの目に前には強化ガラスに入れられて展示されている神創記の原本がある。

 神創記の表紙はワインレッドに塗られており、文字は金色の糸で刺繍されている。

 数万年前のものだと言うのに劣化していない。その劣化していない理由は未だ解明されていない。それ以外にもたくさんの謎がある。

「こ、これが神創記か」

 西条さんが強化ガラスに触れようとした。

「駄目です。触れたら大怪我します」

 西条さんの左腕を掴んで止めた。

「す、すまない。つい、興奮してしまって」

「興奮するのは分かりますけど。止めて下さいね」

「あぁ。もう触れようとはしないよ」

「はい」

「ちょっとの間見てていいかい」

「どうぞ」

 西条さんは神創記を眺めている。電子版の神創記を読むこともせず。

 そんなに魅力的なのだろうか。僕にはまだその魅力が分からない。

 ズボンのポケットに入れているスマホのバイブが鳴る。

 僕はズボンのポケットからスマホを取り出して、画面を見る。

 画面には「影草さん」と表示されている。

 任務か。

 電話に出ようと、スワイプしようとしたが止めた。ここは通話禁止エリアだ。

「西条さん。ちょっと、外に出てきます」

「あぁ。どうぞ」

 僕はエレベーターに乗り、1階に向かう。

 スマホはバイブし続けたまま。あーこれは怒られる。

 エレベーターが1階で止まり、自動ドアが開く。

 僕は入り口から外に出て、画面をスワイプした。

「巌谷君。電話に出るのが遅くなった理由は?」

 影草さんの声がスマホから聞こえてくる。

「知人と御伽町立図書館の地下三階に居たからです」

「そう。それは仕方が無いわね」

「すみません」

「謝らなくていいわ。当たってほしい事件があるの」

「分かりました。すぐに向かいます」

「ごめんね。自由時間なのに」

「いいえ。仕事ですから」

「じゃあ、切るわ」

 通話が切れた。

 僕はスマホをズボンのポケットの中に入れて、図書館の中に戻り、エレベーターで地下三階に下りる。そして、西条さんのもとへ行く。

「すみません。ちょっと急用が出来まして、これで失礼します」

「そうかい。また会えたらいいね」

「あ、そうだ」

「どうしたんだい?」

 僕は胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。そして、電話番号をメモ帳に書き、書いたページをちぎる。その後、「これが僕の連絡先です。何かあったら電話下さい。この町ならどこでも案内できるので」と言って、千切った紙を西条さんに手渡す。

「あ、ありがとう」

 西条さんは紙を受け取ってくれた。

「それじゃ、失礼します」

「あぁ。さようなら」

 僕は西条さんに頭を下げた。その後、創護社へ急いで向かう。

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